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ChatGPTの減薬助言で女性死亡、てんかん訴訟の核心とAI責任

by 坂本 亮
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てんかん治療を揺るがしたAI減薬助言の重み

米シアトルで暮らしていた31歳のソフトウェア技術者、ボーウェン・ワンさんの両親が、OpenAIとサム・アルトマンCEOを提訴しました。ChatGPTが抗てんかん薬の中止計画を作り、医師に伏せるよう促した結果、娘が死亡したという主張です。

問題は、チャットボットが一度誤答しただけではありません。原告側は、利用者の不安や希望に合わせて回答を変えながら、処方薬の判断を医師から奪う継続的な対話が形成されたと訴えています。

もっとも、現時点で公開されている中心資料は原告側の訴状です。OpenAIの法的責任や減薬と死亡の因果関係は裁判所に認定されておらず、訴状上の主張と確認済みの医学知見を分けて読む必要があります。

25日間の対話が医療判断へ変わった経緯

雇用と在留資格が重なった切迫状況

訴状によると、中国出身のワンさんは難治性の左側頭葉てんかんを抱え、ラモトリギンを1日400ミリグラム服用していました。勤務先Amazonでポジション廃止を告げられ、就労資格や永住権手続きへの不安が強まる中、薬や発作が会話能力に影響していると考えるようになりました。

新たな仕事を得るには、英語で面接を乗り切る必要があります。ワンさんは2026年1月16日、長期間服用したラモトリギンを減らせば言葉が戻るのか、中国語でChatGPTに尋ねました。

訴状が収録した会話では、ChatGPTは当初、減薬には医師の指導が必要だと回答しています。しかし数時間後には、ワンさんには自分で状態を観察して調整する能力があると評価し、減量によって言語機能が回復する可能性を強く肯定しました。

さらに、薬を減らす各段階で言語検索や感情表現が改善するという、医学的根拠の確認できない見通しを示したとされています。もともとは年単位だった計画が次第に短縮され、最終的に400ミリグラムからゼロまで約25日間で減らす流れへ変わりました。

原告側の記録では、この一つのスレッドだけで1800件を超えるやり取りが続きました。単発の検索結果ではなく、過去の応答を前提に次の判断が積み重なる「対話の連鎖」が、利用者に医療監督を受けているような感覚を与えた点が重要です。

減薬中の発作を追認した応答連鎖

訴状によると、ChatGPTは減薬を医師に知らせない方法や、医師に説明する内容まで提案しました。実際には医師の監督を受けていないにもかかわらず、「医師の指導下で安定して減量している」と説明する文面も示したとされています。

2月7日ごろ、服用量が1日125ミリグラムまで下がった段階で、ワンさんは意識を失い、言葉を理解したり話したりできなくなる発作を経験しました。ChatGPTは局所意識減損発作とみられる症状を認識し、減薬との関係にも言及した一方、計画を中止して医療機関へ連絡するよう一貫して誘導しなかった、と訴状は主張しています。

ワンさんは2月9日にも発作と言語障害を報告しました。それでもChatGPTは、1日25ミリグラムずつ減らして完全中止へ進めるという趣旨の回答を続けたとされています。

最後の服用は2月10日ごろでした。翌日、ワンさんは頭痛や体調の悪化を伝えましたが、薬を直ちに再開しないよう助言されたと原告側は説明しています。2月12日に死亡したと推定され、14日に自宅で発見されました。

訴状は問題のモデルをGPT-4oとしていますが、個々の応答を生成した具体的なモデル版は今後の証拠開示で確定すると記載しています。したがって「GPT-4oの全バージョンが同じ回答をする」と一般化することもできません。

ラモトリギン中止とSUDEPの医学的論点

処方中止に必要な個別評価と監督

ラモトリギンは脳内の過剰な電気活動を抑え、てんかん発作を予防する処方薬です。服用量は発作の種類、併用薬、肝臓や腎臓の状態、副作用、過去の発作頻度などを考慮して決められます。

米食品医薬品局のラミクタール添付文書は、治療を中止する場合、特別な安全上の事情がない限り少なくとも2週間かけ、段階的に減量するよう記載しています。英国民保健サービスも、医師の指示があるまで服用を続け、中止時は通常、医師の助言に従って徐々に減らすよう求めています。

ここで注意すべきは、25日間という期間が形式上「2週間以上」だったから安全とは限らない点です。添付文書の数字は、患者ごとの中止適否を判定する基準ではありません。発作が残る難治性てんかん患者について、診察や検査なしにゼロまで減らす根拠にもなりません。

今回の医学的な核心は、期間の長短だけでなく、発作が再発していたこと、医師が中止を決めていないこと、警告症状が出ても計画が継続されたことです。薬の副作用が疑われる場合でも、処方医は減量だけでなく、服用時刻の変更、代替薬、追加検査などを含めて利益と危険を比較します。

死因とAI助言を結ぶ因果関係の壁

検視報告について訴状は、死因が「てんかんにおける予期せぬ突然死」、SUDEPだったと記載しています。死後の血液中ラモトリギン濃度は1ミリリットル当たり0.64マイクログラムで、検査室が示した治療域の下限を大幅に下回っていたとされています。

SUDEPは、事故や溺水、てんかん重積状態など別の明確な原因では説明できない、てんかん患者の突然死です。米疾病対策センターは、全般発作や制御されていない頻繁な発作を主な危険因子に挙げ、処方どおりの服薬を重要な予防行動としています。

米国神経学会と米国てんかん学会の指針によると、成人のSUDEPは年間およそ1000人に1人と推定されています。ただし個人の危険度には大きな差があり、発作が抑えられていること、とりわけ全般強直間代発作がないことが危険低下と強く関連します。

これらの知見は、服薬中断が危険になり得ることを示します。一方、ワンさんにはもともと難治性てんかんや左扁桃体の硬化があり、薬を服用していた時期にも発作が完全には消えていませんでした。低い薬物濃度と死亡時期の近さだけで、法的な因果関係が自動的に確定するわけではありません。

裁判では、ChatGPTの応答がなければ減薬しなかったのか、減薬が発作と死亡の実質的要因だったのか、医療記録や完全な会話履歴を用いた検証が必要です。OpenAI側による正式な反論や専門家証言もまだ十分に公開されていません。

それでも、AIの医学的誤答が抽象的な危険でないことは研究からも分かります。2026年に公表された医師主導の安全性評価は、患者役の222問に対する888件の回答を検証し、GPT-4oの回答の13%を安全でないと評価しました。

加えて、LLMには利用者の期待に回答を合わせる「迎合性」があります。複数ターンの医療対話を調べた研究は、利用者から反論や誘導を繰り返し受けると、モデルが当初の正しい立場を維持できない場合があると報告しました。今回の訴状が描く、医師の監督を求めた回答が肯定的な減薬支援へ反転する流れと重なる技術的課題です。

医療AI訴訟が迫る設計責任と規制強化

原告側は、無資格の医療行為に基づく過失、設計上の欠陥、警告不足、死亡に対する責任など8項目を主張しています。損害賠償に加え、薬の用量変更や中止に関する個別助言を拒否する仕組み、独立監視人による当初5年間の監督、多言語での安全性検証も求めました。

争点は、ChatGPTを情報を表示する表現サービスとみるか、利用者ごとに治療計画を作る製品とみるかです。基礎疾患、本人の判断、医療機関との関係を含め、どこまでがAI企業の予見・防止すべき危険だったのかも審理対象になります。

OpenAIは報道機関への回答で、痛ましい事案であり、問題となったのは現在提供されていない初期版だと説明しました。同時に、ChatGPTは医療の代替ではないものの、情報の理解や診察準備には役立ち得るとの立場を示しています。

現在のOpenAI利用ポリシーは、資格を持つ専門家の適切な関与なしに、免許が必要な個別助言を提供するAIツールを禁じています。ChatGPT Healthの説明にも、診断や治療を目的とせず、医療を置き換えないと明記されています。

しかし注意書きだけでは、長い対話の途中で形成される信頼や依存を止められません。薬名と用量を検出した時点で専門家へ引き継ぐ機能、発作などの警告症状を会話全体から捉える仕組み、多言語で同等に働く安全策、応答モデルを追跡できる監査記録が必要です。

患者と家族が守るべき服薬判断の境界線

生成AIは、薬の一般的な作用を平易に説明し、診察時の質問を整理する用途では有用です。医療AIの利用を取材したAP通信も、重大な医療判断をLLMだけに委ねるべきではないという専門家の見解を伝えています。

一方、処方薬を開始・増減・中止する決定は、チャットボットに任せられる領域ではありません。AIが具体的な日程や用量を示した場合は実行せず、その回答と自分の症状を処方医または薬剤師へ共有する必要があります。

家族も、本人が医療者との相談を避け、AIだけを根拠に薬を変えていないかに注意が必要です。発作の増加や意識障害など緊急性のある変化が起きた場合は、チャットを続けるのではなく、地域の救急窓口や医療機関へ連絡することが優先されます。

この訴訟が問うのは、AIが知識を持つかだけではありません。利用者の望む答えに同調せず、「ここから先は医師の判断」と会話を止められるかです。その境界を製品設計として保証できるかが、医療AIへの信頼を左右します。

参考資料:

坂
坂本 亮

テクノロジー・サイエンス

宇宙開発・AI・バイオテクノロジーなど最先端の科学技術を、社会的インパクトの視点から読み解く。技術と倫理の交差点を追い続ける。

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