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奴隷陶芸家デイヴィッド・ドレイクの子孫が挑む遺産回復

by 黒田 奈々
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詩を刻んだ奴隷陶芸家と子孫10年越しの遺産回復

19世紀のアメリカ南部で、奴隷でありながら巨大な陶器の壺を作り、そこに詩を刻み込んだ一人の男がいました。デイヴィッド・ドレイク、通称「デイヴ・ザ・ポッター」です。読み書きが禁じられていた時代に、粘土の上に自らの言葉を残した彼の作品は、現在では1点あたり100万ドル以上で取引されることもあります。

しかし、ドレイクの子孫たちが自分たちの先祖の存在を知ったのは、わずか10年ほど前のことでした。彼らは現在、先祖の芸術的・精神的遺産を取り戻すために活動を展開しています。2025年にはボストン美術館(MFA)との間で画期的な返還合意が成立し、奴隷制下の芸術家の権利を認める前例のない動きとして世界的な注目を集めています。

デイヴィッド・ドレイクとは何者か

奴隷でありながら陶芸の巨匠に

デイヴィッド・ドレイク(1800年頃〜1870年代)は、サウスカロライナ州エッジフィールドで奴隷として生まれました。エッジフィールドは当時、アメリカ南部有数の陶器生産地であり、12の陶器工場で76人の奴隷が労働に従事していたことが記録されています。

ドレイクは1820年代から1870年代にかけて、アルカリ釉薬を施した大型の壺を数千点制作しました。その技術は卓越しており、25ガロン(約95リットル)もの巨大な壺を作る能力を持つ職人はほとんどいませんでした。彼の作品はプランテーションで食料の保存や調理に使われ、奴隷主のルイス・J・マイルズの利益のために販売されました。ドレイク自身は報酬を受け取ることも、作品の行方を決めることもできませんでした。

禁じられた識字と詩の抵抗

ドレイクの作品を特別なものにしているのは、壺に刻まれた署名と詩です。当時のサウスカロライナ州では、奴隷に読み書きを教えることは法律で禁じられていました。にもかかわらず、ドレイクは1830年代から作品に「Dave」と署名し、日付を記し、韻を踏んだ二行詩(カプレット)を刻み続けました。

彼の詩にはユーモアが含まれることもありましたが、奴隷としての苦悩が行間ににじむものもあります。この行為自体が、抑圧に対する静かな抵抗であったと研究者たちは評価しています。国立美術館(ナショナル・ギャラリー・オブ・アート)やスミソニアン協会も、ドレイクの詩的陶芸を「抵抗の芸術」として位置づけています。

子孫たちの発見と活動

10年前の衝撃的な発見

ドレイクの子孫たちが先祖の存在を知ったのは、約10年前のことです。多くのアフリカ系アメリカ人の家族と同様、奴隷制によって断ち切られた家系のつながりを取り戻すことは困難を極めます。子孫の一人であるポーリン・ベイカーさんは「アフリカ系アメリカ人でなければ、家族の歴史に欠落があるという感覚は理解できないでしょう。つながりを見つけたとき、それはとても個人的な体験になります」と語っています。

現在確認されている子孫には、ポーリン・ベイカーさん、デイジー・ウィットナーさん、ジョン・ウィリアムズさん、プリシラ・ウィリアムズ・カロライナさんらがいます。彼らは「デイヴ・ザ・ポッター・レガシー・トラスト」を設立し、最年長の相続人5名が理事を務めています。約15名の家族が参加しており、ウェブサイトを通じて他の子孫の発見と参加を呼びかけています。

壺に触れた瞬間の感情

子孫の一人であるデイジー・ウィットナーさんは、先祖が作った壺に手を入れたときの体験を「心が砕けました」と表現しています。彼らにとってドレイクの壺は単なる美術品ではなく、先祖の芸術的・精神的な遺産であり、自分たち自身のアイデンティティの一部です。

ボストン美術館との画期的な返還合意

前例のない奴隷制下の芸術品返還

2025年10月、ボストン美術館(MFA)はドレイクの子孫との間で歴史的な合意を発表しました。対象となったのは、1857年にエッジフィールドのストーニー・ブラフ陶器工場で制作された2点の壺、「詩の壺(Poem Jar)」と「署名の壺(Signed Jar)」です。MFAはこれらを1997年と2011年にそれぞれ取得していました。

合意に基づき、MFAは2点の壺を正式にコレクションから除外(ディアクセッション)し、子孫が設立したデイヴ・ザ・ポッター・レガシー・トラストに所有権を移転しました。その上で、MFAは「詩の壺」を非公開の金額で買い戻してコレクションに再登録し、子孫は「署名の壺」の所有権を保持しつつ、美術館への長期貸出に同意しています。

奴隷制下の芸術品に対する初の返還事例

この合意は、奴隷制下で不当に奪われた芸術品の所有権を子孫に返還した、MFA史上初の事例です。専門家は「奴隷制下のアメリカ人が制作した芸術品に対して、倫理的返還の原則を適用した初めてのケース」と評価しています。

現存するドレイクの作品は約270点とされ、複数の美術館が6桁(10万ドル以上)の金額で購入しています。2021年にはクリスタル・ブリッジズ美術館が25ガロンの壺を156万ドルで落札し、オークション記録を更新しました。

現代アートへの影響と文化的意義

シアスター・ゲイツらによる再評価

ドレイクの遺産は現代の芸術家にも大きな影響を与えています。マルチメディアアーティストで陶芸家でもあるシアスター・ゲイツは、2010年にミルウォーキー美術館で開催した展覧会「To Speculate Darkly」でドレイクとの精神的なつながりを提示しました。シモーネ・リーなど、著名な現代アフリカ系アメリカ人アーティストたちもドレイクの作品に応答する形で創作を行っています。

MFAボストンが2023年に開催した展覧会「Hear Me Now: サウスカロライナ州エッジフィールドの黒人陶芸家たち」では、ドレイクを中心にエッジフィールドの陶芸史が包括的に紹介され、過去と現在をつなぐ文化的対話の場となりました。

約270点の残存作品と奴隷制芸術品返還議論の広がり

この返還合意は画期的ですが、いくつかの点に注意が必要です。まず、これはあくまで一美術館との合意であり、他の美術館やコレクターが所有する約270点のドレイク作品には直接的な影響を及ぼしません。しかし、判例的な効果として、他の機関でも同様の議論が始まる可能性があります。

今後の展望としては、デイヴ・ザ・ポッター・レガシー・トラストの活動がさらに広がることが予想されます。ウェブサイトを通じた子孫の発掘、他の美術館との交渉、そしてドレイクの芸術的遺産を広く伝える教育活動が進められるでしょう。

奴隷制下で生まれた芸術品の所有権という問題は、ナチス略奪美術品の返還運動やアフリカからの文化財返還議論と並ぶ、美術界の重要な課題として今後も議論が続くと考えられます。

奴隷制芸術品返還の先例とドレイク遺産継承の意義

デイヴィッド・ドレイクの物語は、奴隷制という抑圧の中で芸術と言葉を通じて抵抗した一人の人間の記録です。子孫たちは10年前に先祖の存在を知り、以来その芸術的・精神的遺産を取り戻すために活動を続けています。

ボストン美術館との返還合意は、奴隷制下で生まれた芸術品に対する所有権の問題に初めて正面から取り組んだ事例として、美術界に大きな影響を与えています。粘土に刻まれた詩は200年近い時を経て、子孫たちの手に戻りつつあります。

参考資料:

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黒田 奈々

カルチャー・エンタメ

エンタメ・アート・スポーツを横断的にカバー。ポップカルチャーの潮流とビジネスの交差点から、文化の「いま」を切り取る。

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