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DeepSeekとHuaweiが崩すNVIDIA・CUDA支配

by 坂本 亮
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CUDA支配に向かう中国AI勢の反転攻勢

DeepSeekとHuaweiの連携が重要なのは、中国企業が単に「NVIDIA製GPUを買えない代替策」を探している段階を越え、開発者が使うソフトウェア層そのものを作り替えようとしているためです。AI半導体の競争力は、チップ単体の演算性能だけでは決まりません。モデルを訓練し、推論サービスとして安定稼働させ、開発者が少ない手間で最適化できる環境が必要です。

NVIDIAの強さの中心にはCUDAがあります。CUDAはGPUを汎用計算に使うための基盤であり、その上にcuDNN、TensorRT、NCCL、CUDA-X系ライブラリ、PyTorchやTensorFlowとの統合が積み上がっています。DeepSeekとHuaweiが狙うのは、この「慣れ」と「資産」の層です。中国のAI自立は、チップ国産化だけでなく、CUDAに相当する開発文化を育てられるかにかかっています。

DeepSeekが狙う開発者層の主導権

六つのモジュールが示す狙い

2026年9月末に明らかになったDeepSeekの動きは、HuaweiのAscend向けに6つのソフトウェアモジュールをオープン化するというものです。報道によれば、計算や通信を扱うライブラリに加え、DeepSeekの高水準チッププログラミング言語TileLangをAscend 950アクセラレーター向けに適応させた版も含まれます。さらに、128個のAscend 950チップを用いるスーパー・ノード構成で、計算と通信の双方を最適化したと説明されています。

これは、個別モデルの移植より一段深い意味を持ちます。モデルを特定のチップ上で一度動かすだけなら、変換ツールや互換レイヤーでも達成できます。しかし、巨大モデルの推論を安く、速く、安定して動かすには、演算子、メモリ管理、チップ間通信、量子化、並列化の細部まで継続的に詰める必要があります。DeepSeekが公開したソフトウェア群は、開発者がAscend上で同じ最適化作業を再利用できる土台を作る試みです。

NVIDIAが築いたCUDAの堀は、単なるAPI仕様ではありません。研究者が新しいモデル構造を試すとき、クラウド事業者が推論サーバーを増設するとき、ライブラリ作者が高速カーネルを書くとき、まずCUDA対応を前提に考えるという習慣そのものです。DeepSeekがTileLangをAscendに持ち込む動きは、この初期設定を変えようとするものです。

V4対応が先に作った実証環境

今回のソフトウェア公開には前段があります。DeepSeekは2026年4月、DeepSeek V4-ProとV4-Flashを公開しました。公式モデルカードでは、V4-Proは総パラメータ1.6兆、トークンごとの有効パラメータ49B、V4-Flashは総パラメータ285B、有効パラメータ13Bとされています。コンテキスト長は1Mで、オープンソース配布の資産はMITライセンスとされています。

Huawei側はこのV4公開に合わせ、Ascend 950PRや950DT、CANNを含む自社ソフトウェア基盤がDeepSeek V4に対応したと説明しました。South China Morning Postは、HuaweiのエンジニアがBilibiliとWeChatの配信で、Ascend SuperNode製品群がDeepSeek V4の推論に適応したと説明したと報じています。CANNはHuawei版のCUDAに当たる中核ソフトウェアです。

ここで重要なのは、DeepSeek V4の価値がモデル性能だけに閉じていない点です。V4がAscend上で動くことで、CANN、MindSpeed、vLLM-Ascend、TileLangといった周辺ソフトウェアの実験台が生まれます。大規模ユーザーの実トラフィックが流れれば、ソフトウェアの欠陥も性能の詰まりも表面化します。その修正サイクルこそ、CUDAに対抗する生態系を育てる燃料になります。

Huawei Ascendが抱える技術的な賭け

CANNオープン化が埋める移植コスト

Huaweiは2025年のHUAWEI CONNECTで、Ascendのソフトウェア基盤を開発者中心に開く方針を示しました。CANN技術運営委員会の設立、CANN演算子の公開、GE、Ascend C、MindIEなどの中核ソフトウェアのオープン化計画が発表されています。年1,500PFLOPS相当の計算資源と3万枚の開発ボードを投入するという説明もありました。

この動きは、DeepSeekとの連携と補完関係にあります。HuaweiがCANNを開き、DeepSeekが実際に巨大モデルを載せることで、チップメーカー主導の閉じた環境から、モデル開発者も巻き込む共同開発へ近づきます。HiAscendのCANN 9.1.0資料でも、Ascend 950DT対応、SMLAやmHCなどの演算子追加、DeepSeek V4などのオープンモデルへの適応が示されています。

MindSpeed-LLMの公開リポジトリにも、DeepSeek関連の対応が並びます。2025年にはDeepSeek-V3-671Bのモデルスイート、DeepSeek-R1系の機能、2026年4月にはDeepSeekV4-Flashの固定長データ事前学習対応が記載されています。まだ「Prototype」とされる項目もありますが、モデル、訓練、推論、重み変換をAscend上で扱う部品が増えていることは確かです。

推論需要が促すNVIDIA離れ

中国勢がまず狙う現実的な領域は、最先端モデルのゼロからの訓練よりも推論です。訓練は長時間の安定稼働、巨大なチップ間通信、高帯域メモリ、成熟したデバッグ環境を必要とします。一方、推論は大量のリクエストを低コストでさばくことが焦点になり、特定モデルに合わせた最適化の効果が出やすい領域です。

Reutersが配信しInvesting.comが掲載した記事では、DeepSeek V4公開後にHuawei Ascend 950への需要が急増し、ByteDance、Tencent、Alibabaなどが発注に動いていると報じられました。同記事は、Huaweiが2026年にAscend 950PRを約75万台出荷する計画だったとも伝えています。ただし、需要に対して供給が追いつかない可能性も指摘されています。

米国の輸出規制も、この流れを押しています。米商務省BISは2024年12月、先端半導体製造装置、HBM、関連ソフトウェア、140のエンティティ追加を含む規制強化を発表しました。NVIDIAも2025年4月のSEC提出資料で、H20の中国向け輸出にライセンスが必要になり、最大55億ドルの関連費用を見込むと開示しています。中国企業にとって、供給が政治判断に左右されるNVIDIA依存は事業継続リスクになっています。

だからこそ、DeepSeekとHuaweiの連携は「国産チップで米国をすぐ追い抜く」という単純な話ではありません。推論ワークロードをAscendに寄せ、開発者の最適化経験を蓄積し、クラウド事業者が利用料金と供給計画を立てられる状態にする。これができれば、中国国内市場ではCUDA以外の標準が育つ余地があります。

安定性と供給制約が残す現実的な壁

ただし、CUDA支配がすぐ崩れるわけではありません。CANNやAscend周辺の課題は、実証環境が広がるほど見えやすくなっています。2026年7月の研究では、Huawei Ascend 910上で大規模推論ワークロードを動かす際、信頼性確保のためにベンダープラグインへの複数のソース修正、高スループット機能の無効化、運用上の防護策が必要だったと報告されています。

vLLM-AscendのGitHub issueでも、DeepSeek-V4-FlashやV4-ProをA3環境で動かす際のハングやクラッシュが報告されています。これは失敗の証明というより、成熟途上のエコシステムで避けられない摩擦です。CUDAも長年の運用、ライブラリ、フォーラム、企業サポート、暗黙知の積み重ねで現在の地位を作りました。CANNが追いつくには、公開コードだけでなく、問題を直し続ける共同体の厚みが必要です。

供給面の制約も残ります。Ascend 950シリーズへの需要が伸びても、先端製造装置、HBM、先端パッケージングの制約は簡単に解けません。米国の規制は、NVIDIA製品の販売を抑えるだけでなく、中国側の製造能力にも圧力をかけています。DeepSeekとHuaweiの賭けは、ソフトウェアの工夫で制約を吸収しつつ、チップ供給が拡大する時間を稼ぐ戦略です。

日本企業が注視すべきAI基盤の分岐点

日本の企業や研究機関にとって、この動きは「中国製AIチップがNVIDIAを置き換えるか」という二択で見るべきではありません。注視すべきは、AI基盤が複数の陣営に分岐し、モデル、クラウド、半導体、開発ツールが地政学的に結びついていく点です。

確認すべき指標は三つあります。第一に、CANN、vLLM-Ascend、TileLang、MindSpeedへの外部開発者の参加量です。第二に、Ascend 950系の実出荷とクラウド価格、推論遅延の改善です。第三に、DeepSeekが推論だけでなく訓練でもAscend依存を深められるかです。

NVIDIAの優位はなお強固です。しかし、DeepSeekとHuaweiはその最も深い堀であるCUDAエコシステムに正面から手を入れ始めました。AI半導体競争の焦点は、GPUの演算性能表から、開発者が毎日触るソフトウェア基盤へ移っています。

参考資料:

坂
坂本 亮

テクノロジー・サイエンス

宇宙開発・AI・バイオテクノロジーなど最先端の科学技術を、社会的インパクトの視点から読み解く。技術と倫理の交差点を追い続ける。

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