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ホルムズ海峡通航料案、オマーン仲介とイラン支配の攻防を読み解く

by 安藤 誠
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ホルムズ再開協議に浮上した料金案

米国とイランの停戦履行協議で、ホルムズ海峡の「料金」をめぐる論点が急浮上しています。焦点は、イランとオマーンが海峡を通る商船から何らかの支払いを受け取る構想です。ただし、これは単純な通航料として制度化できる話ではありません。

ホルムズ海峡は、イラン南岸とオマーン領ムサンダム半島の間にある狭い海域です。米エネルギー情報局は、2018年時点で同海峡を通過した石油が日量平均2100万バレルに達し、世界の石油液体燃料消費の約21%に相当したとしています。国連貿易開発会議も、世界の海上石油貿易の約4分の1がこのチョークポイントに依存すると指摘しています。

今回の論点が重要なのは、船を通すか止めるかだけでなく、誰が海峡の秩序を設計するのかを問うているためです。イランは危機後、海峡管理を交渉カードとして使い、オマーンは軍事衝突を避けながら国際法に沿う制度案を探っています。料金案は、停戦後の中東秩序を映す小さな条文問題であり、同時に原油、LNG、保険、食料価格に直結する巨大な市場問題でもあります。

通航料とサービス料を分ける海洋法の境界

国際水路で認められにくい通過課金

オマーン案を理解するうえで、まず「通航料」と「サービス料」を分ける必要があります。ホルムズ海峡はイランとオマーンの領海を含みますが、国際航行に使われる海峡です。そのため、国連海洋法条約が定める通過通航権の考え方が、議論の基礎になります。

通過そのものに料金を課す仕組みは、国際社会から強い反発を受けます。米国や湾岸諸国が懸念しているのは、海峡沿岸国が「安全確保」や「管理」を名目に、事実上の関所を設けることです。商船が支払わなければ通れない制度になれば、自由航行の原則が崩れます。

ガーディアンは、オマーン側が通航そのものへの課金ではなく、航行支援や環境保全など特定サービスへの支払いとして設計しようとしていると報じています。この違いは形式論に見えますが、国際法上は決定的です。単なる通行料なら封鎖の延長と受け止められますが、航路標識、掃海、通信、救難、油濁対応の費用分担なら、沿岸国と利用国の協力として説明できます。

マラッカ型の協力費という逃げ道

オマーンが念頭に置くとされるのは、マラッカ・シンガポール海峡で使われてきた協力メカニズムです。そこでは沿岸国が一方的に通行税を徴収するのではなく、利用国や海運業界が航行安全設備の維持に協力する形を取ります。ホルムズでも同じ発想を使えば、沿岸国の費用負担と自由航行の原則を両立させられる可能性があります。

ただし、ホルムズはマラッカとは緊張の質が違います。マラッカの主な課題は混雑、事故、海賊、環境保全でした。一方、ホルムズでは戦争、機雷、ドローン攻撃、制裁、核協議が同じ海域に重なっています。サービス料が任意拠出に近い制度なら受け入れ余地がありますが、イランがそれを「承認料」や「安全保証料」に変質させれば、制度はたちまち政治的徴収になります。

このため、制度設計では三つの線引きが必要です。第一に、支払いが通過条件ではないことです。第二に、資金の使途が航行安全や環境対策に限定され、第三者が監査できることです。第三に、イランとオマーンだけでなく、湾岸産油国、主要輸入国、海運団体、IMOが参加する透明な枠組みにすることです。ここを曖昧にすれば、通航料案は停戦を補強する制度ではなく、次の危機の火種になります。

イランの交渉カード化とオマーンの均衡外交

海峡を手放したくないテヘラン

イランにとってホルムズ海峡は、戦後交渉で残された最も強いレバーです。AP通信は、米国とイランの暫定合意に、濃縮ウラン在庫の扱い、米国主導の石油制裁の猶予、ホルムズ海峡の自由通航回復が含まれると報じています。さらに、カタールに凍結されていた60億ドル規模のイラン資産解放も協議対象になっています。

この構図では、海峡を完全に通常運用へ戻すほど、イランの交渉力は下がります。だからこそイラン側は、自国の指定ルートや調整手続きにこだわります。AP通信は、イランの新たな海峡管理機関が、自国指定ルートの外では安全通航を保証しないと発信したと伝えました。これは単なる航行警告ではなく、誰の許可で船が動くのかをめぐる主権演出です。

イラン国内の力学も複雑です。ウォール・ストリート・ジャーナルは、ペゼシュキアン大統領ら文民指導部が凍結資産の解放と経済救済を重視する一方、強硬な軍事勢力はホルムズ支配に関心を集中させていると報じています。戦争で傷んだ経済を立て直すには輸出再開が必要ですが、革命防衛隊にとって海峡は抵抗の象徴であり、交渉資産でもあります。

マスカットが狙う対立の低温化

オマーンは、湾岸アラブ諸国の中でも独自の位置にあります。スンニ派王制国家でありながら、イランとの関係を断たず、米イラン間の水面下交渉でもしばしば仲介役を担ってきました。領土面でも、ムサンダム半島がホルムズ海峡の南側を押さえています。つまり、オマーンは中立を掲げるだけの第三者ではなく、海峡の当事国です。

今回の料金案でも、オマーンは二つの圧力の間に立っています。一方では、イランを排除して南側ルートを開けば、テヘランが妨害に出る恐れがあります。他方で、イランの拒否権を全面的に認めれば、海峡管理が革命防衛隊の政治判断に左右されます。ガーディアンが報じたように、オマーンが法的に練った長期管理案を提示している背景には、この袋小路を制度で解く狙いがあります。

オマーン案の政治的な価値は、イランに「収入」ではなく「参加」を与える点です。沿岸国としての顔を立てつつ、通航の自由は維持する。これは、イランを完全に屈服させる発想ではなく、支配欲を制度の枠内へ閉じ込める発想です。中東外交では、相手の威信を残しながら実質的な行動を縛る仕組みがしばしば必要になります。オマーンは、その古い技法を海洋法の言葉に置き換えようとしています。

原油輸送回復を阻む安全保証と市場リスク

船舶交通の回復を測る二つの指標

海峡の再開は、発表文だけでは判断できません。見るべき指標は、出ていく船と入ってくる船の両方です。Axiosは、6月24日にホルムズ海峡を出る石油量が1340万バレル、翌25日が1170万バレルに達したとする海事情報会社のデータを紹介しました。S&P Globalの集計では、6月24日に78隻が通峡し、戦争開始後で最多になったとも報じられています。

しかし、これは「正常化」と同義ではありません。AP通信は、前週の通峡が125隻と、その前の週の33隻から増えた一方、戦前の日平均130隻以上には届いていないと伝えています。さらに、出ていく船が増えても、空船が湾内へ戻ってこなければ、産油国は継続的な積み出しを組めません。海運会社、保険会社、乗組員が安全を信じられるかどうかが、実物供給の回復を左右します。

IMOが6月23日に発表した退避計画は、この点を象徴しています。同機関は、地域に取り残された約1万1000人の船員を退避させる大規模作戦を、イラン、オマーン、米国、沿岸国、海運業界と進めると説明しました。IMOは安全条件を確認したとしましたが、その後、オマーン沿岸ルート付近で商船が攻撃され、AP通信は退避計画の一時停止を報じました。航路の座標だけではなく、攻撃しないという政治保証が不可欠です。

価格を動かす保険と心理の連鎖

ホルムズ危機は、原油の実物不足だけでなく、保険料、用船料、在庫行動を通じて市場を動かします。UNCTADは3月の報告で、ホルムズ海峡の混乱がエネルギー市場、海上輸送、肥料、食料価格へ連鎖し、特に財政余力の小さい途上国を圧迫すると警告しました。ブレント原油が90ドルを超えた局面もあり、価格変動は中東から遠い国の家計にも届きました。

6月末には一転して、再開期待から市場は落ち着きを取り戻しています。Axiosは6月29日朝のブレント価格を72.51ドルと伝え、MarketWatchはモルガン・スタンレーがホルムズ再開の速さを理由に、2026年第4四半期のブレント見通しを80ドルから75ドルへ引き下げたと報じました。市場は、海峡が完全に安全になったというより、最悪期が過ぎた可能性を織り込み始めています。

ただし、料金案がこじれれば、安心はすぐに剥がれます。船主は砲撃や機雷だけでなく、誰にどの名目で支払えば制裁違反にならないのかを気にします。海峡利用にイラン系機関への支払いが絡めば、米制裁や保険契約の確認が必要になり、船は再び待機します。海峡は細い水路ですが、そこを通る契約、保険、決済、外交文書の網は非常に太いのです。

日本が注視すべき海峡管理の制度化

ホルムズ海峡の料金案は、日本にとって遠い中東の制度論ではありません。日本を含むアジアの輸入国は、湾岸産油国からの原油やLNGに長く依存してきました。ガーディアンは、危機前に同海峡を通過する石油の約8割、LNGの約9割がアジア向けだったとする分析を紹介しています。中国の備蓄余力が大きい一方、日本、韓国、インドなどは調達先分散と価格変動の両方に向き合う必要があります。

今後の注視点は三つです。第一に、オマーン案が通航料ではなく、監査可能なサービス料として設計されるかです。第二に、イランの海峡管理機関が実力で別ルートを妨害しないかです。第三に、米イラン協議で核、制裁、凍結資産、レバノン情勢が海峡管理と過度に抱き合わせられないかです。

読者が見るべき数字は、原油価格だけではありません。通峡隻数、空船の湾内回帰、戦争保険料、IMOやオマーンの航行通知、米国の制裁例外措置が重要です。ホルムズ危機の本質は、海峡を「開ける」ことではなく、誰も単独で閉じられない制度を作れるかにあります。オマーン案は、その制度化に向けた現実的な出発点である一方、イランの支配欲を合法化してしまう危うい入口にもなり得ます。

参考資料:

安藤 誠

南アジア・中東情勢

南アジア・中東を中心に、宗教・民族・歴史の深層から国際情勢を分析。長年の現地経験に基づく多層的な視座が持ち味。

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