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トランプ氏が対露制裁を停止、グラハム法の適用除外が招く米欧亀裂

by 石田 真帆
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対露制裁発動直前に広がった政策転換の衝撃

ドナルド・トランプ米大統領は10月16日、ロシアに対する新たな制裁と関税の大半を適用除外とする大統領令に署名しました。対象となった「リンジー・O・グラハム対ロシア・イラン制裁法」は、トランプ氏自身が9月18日に署名したばかりで、主要措置の期限は10月18日に迫っていました。

今回の決定は、議会制定法を大統領令で一方的に破棄したものではありません。同法115条が大統領に与えた広い免除権を使い、新法に基づく措置を発動直前で停止した形です。一方、従来の大統領令に基づく制裁は維持されます。

焦点は、制裁の有無だけではありません。米国がロシアにどれだけ一貫した圧力をかけられるのか、ウクライナや欧州に安全保障上の約束を信頼させられるのかが問われています。

グラハム法が築いた包括的な圧力装置

高官から影の船団まで覆う制裁網

グラハム法は、7月に死去した共和党のリンジー・グラハム上院議員が長期間にわたり成立を働きかけた法律です。上院では86対11で可決され、党派を越えた強い支持を得ました。グラハム氏が重視したのは、ロシア国内だけでなく、国外から戦争継続を支える資金・技術・物流の回路を遮断することでした。

同法102条は、ロシア大統領や主要閣僚、軍・情報機関の幹部、政権と結び付くオリガルヒを制裁対象として列挙しています。ロシアの防衛産業に工作機械、弾薬原料、光ファイバー、先端センサーなどを供給する外国人や企業も対象です。

さらに、制裁逃れに使われる「影の船団」の船舶、その所有者、運航会社、保険会社、船長、寄港を認める港湾運営者まで制裁範囲に含めました。資産凍結や米国への入国禁止に加え、ロシア中央銀行、ズベルバンク、VTB銀行、ガスプロムバンクなどを通じた金融取引への規制も盛り込まれています。

103条から111条には、ロシア関連の送金、米国市場での証券取引、新規投資、エネルギー部門への輸出・投資、ロシア国債の購入、制裁銀行への国際金融通信サービス、ウラン輸入を制限する規定があります。単なる個人制裁ではなく、エネルギー収入を軍事力へ変換する経済基盤全体を狙った設計です。

第三国の選択を迫る二次関税

強力なのが112条と113条です。112条はロシアから米国へ輸入される物品に最大500%の追加関税を課す権限を定めました。原油や天然ガスだけでなく、石油製品、石炭、石油化学製品なども対象です。

113条は、ロシア産原油・天然ガスの輸入量が多い上位国や、石油制裁逃れを支援する上位国からの全輸入品に、最大100%の関税を課す仕組みです。ロシアとの取引を続ける第三国に対し、米国市場へのアクセスとロシア産エネルギーのどちらを選ぶのか迫る二次的圧力でした。

ただし、100%関税は対象国だけでなく、米国の輸入企業や消費者にも大きな負担を及ぼしかねません。サプライチェーンが複雑な製造業では、ロシアとの直接取引がなくても価格上昇や調達先変更が生じます。制裁の威力が強いほど、同盟国や主要貿易相手国との調整が不可欠になる構造です。

大統領令後の主要措置は次のように整理できます。

対象グラハム法の本来の設計10月16日の決定後
102条高官、軍需支援者、影の船団への制裁新規適用義務を免除
103~111条銀行、投資、エネルギー、国債、ウランなどの規制適用を免除
112条ロシア産品への500%関税大統領令に税率を記載したうえで免除
113条主要なロシア産エネルギー輸入国などへの100%関税同様に免除
既存の大統領令従来の資産凍結などを継続引き続き有効

超党派合意と大統領裁量の同居

トランプ政権は8月、関税権限を法案から削除する修正案に反対し、関税はロシアを和平へ向かわせる重要な手段だと説明していました。それにもかかわらず、成立から約1カ月後には、その手段を一括して停止しました。

この経緯から浮かぶのは、政権が同法を自動的に発動する制裁装置ではなく、交渉で出し入れできる大統領のカードと位置付けていた可能性です。議会は「発動義務」を書き込みましたが、同時に広い免除条項も認めました。強力な法律と強力な大統領裁量が、同じ条文の中に併存していたのです。

115条の適用除外が映す政策判断の核心

免除と終了で異なる議会の統制

115条は、大統領が制裁、取引制限、関税を免除できると定めています。必要なのは、免除が米国の国益にかなうとの書面による認定と、その根拠を説明する報告書を事前に議会へ提出することです。

10月16日の大統領令は、認定書と報告書を議会へ提出したと明記しました。しかし、公開された大統領令そのものには「国益」の具体的内容が示されていません。判断がどの情報や費用対効果に基づいたのかを検証するには、議会へ送られた報告書の内容が重要になります。

注目すべきは、同法117条が定める「制裁の終了」と115条の「免除」の違いです。ロシアへの制裁を正式に終了する場合、ロシアがウクライナの自由で独立した政府の受け入れる和平協定に署名し、敵対行為を停止したとの認定が必要です。さらに議会には原則30日間の審査期間と、不承認決議の手続きがあります。

これに対し、115条の免除には同じ和平条件や議会審査の仕組みがありません。大統領令は、トランプ氏または国務長官らが追加措置を適切と判断するまで免除を続けるとしています。形式上は一時的な免除でも、終了時期が示されていないため、実務上は長期停止になり得ます。

残存する既存制裁と再発動の余地

「ロシアへの制裁がすべて解除された」と理解するのは正確ではありません。大統領令は、2026年3月に延長された国家非常事態に基づく既存の大統領令や、すでに制裁対象となっている人物・企業への措置には影響しないと明記しています。

一方で、新法が期待されていた理由は、既存制裁の対象外に残る船舶、仲介企業、外国銀行、軍民両用品の供給網を追加で捕捉できる点でした。その拡張部分が止まれば、既存制裁が残っていても、ロシアが取引経路を組み替える余地は広がります。

大統領令は米通商代表部に対し、ロシア産原油・天然ガスの購入国と制裁逃れを支援する国を監視し、大統領へ報告するよう命じています。したがって、制裁の選択肢自体が消えたわけではありません。監視を続けながら発動を保留し、交渉材料として温存する設計です。

ただし、経済制裁は発動後の損失だけでなく、「違反すれば確実に処罰される」という予測によって機能します。議会が期限付きで定めた措置が直前に免除されれば、企業や外国政府は将来の警告についても、実際には発動されない可能性を織り込みます。再発動できる法的余地と、再発動を信じさせる政治的信用は別問題です。

ディーゼル高騰をめぐる国益論

政策転換の背景には、米国の深刻なディーゼル高があります。米自動車協会のデータとしてAP通信が報じた全米平均価格は、9月22日に1ガロン6.53ドルの過去最高を記録しました。10月9日時点でも約6.28ドルで、前年同期の約3.68ドルを大きく上回っています。

米財務省外国資産管理室は10月9日、一般許可135号を発行し、ロシア産ディーゼルの販売、輸送、荷揚げ、輸入に関係する取引を認めました。トランプ氏は、ロシアがまず30万トン超を供給し、11月に50万トン、その後さらに100万トンと300万トンを市場へ出す計画だと発表しています。

この決定とグラハム法の免除は、ロシア産エネルギーを排除する政策から、供給増による価格抑制を優先する政策への連続した転換とみられます。ただし、これが議会へ提出した正式な国益認定の根拠なのかは、公開資料だけでは確認できません。

エネルギー専門家からは、ロシア産ディーゼルが既存の輸出先から米国などへ振り替えられるだけなら、世界全体の供給は大きく増えず、価格低下も限定的との見方が出ています。価格効果が小さい一方で、ロシアに輸出収入を与えるなら、安全保障上の代償との釣り合いが争点になります。

制裁の空白が招くウクライナと米欧の三重リスク

第一のリスクは、ロシアの戦争継続能力への圧力低下です。ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、新制裁の停止がロシアによる攻撃継続を促すと訴えました。冬を前にエネルギー施設への攻撃が続く局面では、追加制裁の見送りが軍事・外交交渉の力関係にも影響します。

第二は、米欧制裁網の分断です。EUは第21次制裁で影の船団への規制を広げ、すでに対象としていた632隻に41隻を追加しました。米上院議員らは、米国による指定が216隻にとどまるとして、EUや英国との足並みをそろえるよう求めていました。米国が追加指定を止めれば、欧州側の負担が増すだけでなく、ドル決済を使った封じ込めの効果も弱まります。

第三は、政策の予見可能性の低下です。制裁を急に発動すれば物価や貿易に衝撃が及びますが、発動期限直前の包括免除も企業の判断を難しくします。免除が交渉上の柔軟性を生むのか、それともロシアに時間を与えるだけなのかは、今後の譲歩や停戦行動によって検証する必要があります。

次の政策転換を見抜く四つの監視指標

今回の措置は制裁法の廃止ではなく、大統領判断による停止です。読者が今後確認すべきなのは、第一に議会へ提出された国益認定の具体的根拠、第二に通商代表部が報告するロシア産エネルギー購入国と制裁逃れの実態、第三に財務省による制裁対象や一般許可の変更、第四にロシアの攻撃と和平交渉の変化です。

議会では、ディーゼル取引を阻止する法案や115条の免除権を狭める動きが焦点になります。ただし、議会は選挙後まで休会中で、迅速な対抗措置は難しい情勢です。

エネルギー価格が下がっても、ロシアの収入増や米欧の分断が拡大すれば、短期的な家計支援と長期的な安全保障が交換されたことになります。価格、船舶指定、金融制裁、戦場の動きを一体として追うことが、この政策転換の実際の収支を判断する鍵です。

参考資料:

石
石田 真帆

国際安全保障・欧州情勢

欧州・中東の安全保障問題を中心に、軍事と外交の接点から国際秩序の変動を伝える。

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