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トランプ政権が揺さぶる米国科学研究、助成縮小と人材流出の深層

by 坂本 亮
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米国の科学エンジンに走る制度的亀裂

米国の科学力は、政府が長期的な基礎研究を支え、大学が人材と知識を育て、企業が成果を製品へ変える分業によって築かれてきました。インターネットや衛星測位、医薬品、半導体といった技術も、この連鎖から生まれています。

しかし、トランプ政権の2期目では、予算削減案だけでなく、助成の停止、審査の遅延、研究機関の人員削減が同時に進みました。問題の核心は単年度の支出額ではありません。将来の発見を生む研究テーマ、人材、審査制度という「科学の生産設備」そのものが縮小している点です。

助成停止と人員削減が生む研究現場の空洞化

予算規模だけでは見えない助成の目詰まり

米国の研究支援は、一つの巨大な国立研究所へ資金を集める制度ではありません。NIHやNSF、国防総省、エネルギー省、NASAなどが大学や研究機関へ競争的資金を配り、多数の研究チームが異なる仮説を試す分散型の仕組みです。

全米科学財団の統計によると、2024年度の大学研究開発費は1170億ドルを超え、その55%を連邦政府が負担しました。保健福祉省による大学研究支援は355億ドル、国防総省は102億ドル、NSFは72億ドルです。生命科学だけでなく、物理学、航空宇宙、通信工学でも連邦資金への依存度は高くなっています。

この制度に最初の大きな衝撃を与えたのが、すでに採択された助成の停止です。Natureの2026年1月時点の集計では、2025年中にNIHとNSFで計7800件を超える助成が停止または凍結されました。裁判所の命令や大学との和解で多くが復活したものの、約2600件は同時点で再開されていませんでした。

2026年度末の数字にも目詰まりが表れています。全米大学協会の分析では、NSFの助成件数は6237件で、2021~2024年度平均より45%減少しました。NIHは研究予算のほぼ全額を会計上は割り当てましたが、新規助成件数は同期間の平均を11%下回っています。

資金を複数年分まとめて支給する方式が増えたことも、支出額と採択件数の乖離を生みました。同じ予算を少数の大型案件へ集中させれば帳簿上の執行率は保てますが、新しい仮説を試せる研究者は減ります。科学に必要な「失敗を許容する多数の試行」が細っているのです。

職員削減から博士課程縮小への連鎖

助成を扱う政府職員の減少も深刻です。米国物理学会が人事管理局のデータを分析した結果、NSFの職員数は政権発足後に30%以上、NIHは約20%、NASAは12%減少しました。研究者だけでなく、申請書の処理、契約、倫理審査を担う職員も失われています。

研究助成は専門家の査読だけでは完結しません。採択後にも予算の確認、利益相反の審査、研究対象者の保護、成果の監督が必要です。職員削減によって事務処理が滞れば、議会が予算を確保しても実験室へ届くまでに長い遅延が生じます。

影響は次世代の人材へ波及しています。全米大学協会が55大学から集めたデータでは、2026年秋の博士課程合格者数は前年より15%減少しました。留学生の出願は21%減り、国内学生の出願が増えても、大学側が資金の継続性を保証できず合格枠を絞る状況です。

博士課程の学生は教育を受けるだけでなく、実験、解析、後輩の指導を担う研究チームの中核です。一度小さくなった学年は数年間にわたり元へ戻せず、将来の教員や企業研究者の不足につながります。AP通信は、欧州やカナダなどが安定した資金と研究の自由を掲げ、米国の研究者を採用している実態も報じています。

選択的集中が変える基礎科学と安全保障の均衡

政治審査が変えるピアレビューの性格

トランプ政権は一連の政策を、単なる科学予算の削減ではなく、無駄の排除と国家目標への再編だと説明しています。2025年8月の大統領令は、裁量的助成が政権の優先課題と国益に合うか、上級の政治任用者が事前審査する制度を各省庁に求めました。

専門家による審査自体は残りますが、その勧告へ機械的に従わず、政治任用者が独自に判断する仕組みです。研究の質を評価するピアレビューと、テーマが政権方針に合うかを判断する政策審査が重なるため、採択基準は科学的妥当性だけではなくなります。

さらにOMBは2026年、政治任用者による審査や採択済み助成の終了権限を統一規則に組み込む案を示しました。ただし、この規則は議会が成立させた暫定予算によって、少なくとも12月11日まで最終化を禁止されています。NIHの公式通知も、現行制度が当面継続すると明記しています。

問題は、政権交代のたびに研究の継続性が揺らぐ可能性です。臨床試験や宇宙観測、長期的な環境調査は、途中で止めれば、それまで集めたデータの価値まで失われます。助成を一般的な政策補助金と同じ速度で切り替えることには、科学特有の損失が伴います。

AI・量子・国防へ向かう選択的集中

政権はすべての科学研究を縮小しようとしているわけではありません。AI、量子情報、先端材料、核融合、重要鉱物、軍事技術など、経済安全保障と短期的に結びつく分野へ資金を集める方向です。

2027年度予算教書は、NSF予算を2026年度成立額の88億ドルから40億ドルへ54.7%減らす一方、エネルギー省ではAIや高性能計算、量子、核融合を優先するとしています。NIHにも50億ドルの削減と研究所の再編を求めました。これらは議会が決定する前の要求額であり、成立予算ではありません。

2026年度にも議会は政権が求めた大幅削減の多くを退けました。したがって「科学予算が一律に半減した」と捉えるのは正確ではありません。それでも、執行の遅延やテーマ別の停止によって、議会が確保した総額とは異なる研究配分を実現できることが明らかになりました。

政権の科学政策報告書は、大学中心の助成制度が硬直し、研究者の事務負担や間接経費が膨らんだと批判しています。成果目標を明確にした大型プロジェクトや、大学・企業・国立研究所の連携には、基礎研究を実用化へつなぐ利点もあります。

しかし、特定技術への集中は、何が次の重要技術になるかを政府が事前に正しく予測できることを前提とします。AIや量子技術自体も、当初は用途が不明確だった数学、物理、材料科学の成果を大量に利用しています。応用分野だけを残し、その源流となる研究を細らせれば、投資対象を支える知識の供給が途切れます。

民間資金では埋まらない基礎研究の空白

米国企業は研究開発の有力な担い手です。科学工学指標2026によると、2024年には企業が国内研究開発費の75%を負担しました。一方、基礎研究に限れば連邦政府が最大の資金提供者で、全体の40%を支えています。

企業は製品化の見込みや知的財産を評価しやすい開発へ資金を投入する傾向があります。収益化まで数十年かかる研究、希少疾患、公開データの整備、長期的な自然観測を同じ規模で代替することは困難です。

全米科学・工学・医学アカデミーの分析でも、企業資金は大学研究費の約6%にとどまり、好奇心に基づく基礎研究を連邦政府の代わりに支えるのは難しいと指摘されています。産学連携を増やすことと、公的支援を置き換えることは別の政策です。

中国との競争も、この構造的な弱点を際立たせます。購買力平価で比較した2024年の研究開発費は、中国が1兆280億ドル、米国が1兆90億ドルと推計されています。論文数では中国が世界の31%、米国は12%ですが、米国は被引用度の高い論文やベンチャー投資でなお優位を保っています。

つまり米国は、科学力をすでに失ったのではなく、優位を生んだ制度を競争が最も激しい時期に組み替えています。短期的な国家目標への集中が成功しても、幅広い基礎研究と海外人材の吸引力を損なえば、長期の安全保障では逆効果になり得ます。

議会・司法の防波堤と残る三つの長期リスク

第一のリスクは、失われた人材と暗黙知の回復に長い時間がかかることです。装置の運用、審査、長期データの管理は文書だけでは継承できません。職員を再雇用しても、以前と同じ研究能力が直ちに戻るわけではありません。

第二は研究ポートフォリオの偏りです。大型のAI・国防研究が成果を上げても、感染症、社会科学、気候、健康格差などの研究が同時に細れば、将来の危機に対応する選択肢は減少します。科学政策では、個別案件の効率だけでなく、予測不能な事態へ備える多様性が必要です。

第三は制度への信頼低下です。GAOはNIHと医療研究品質庁による資金留保が、議会の予算権を守る留保統制法に違反したと判断しました。ハーバード大学を巡っても、地裁が26億ドル超の研究資金を回復させ、政府の控訴が続いています。

議会と裁判所は政策を制限できますが、遅延中に失われた実験期間や採用機会までは戻せません。法的な勝敗だけでなく、資金が実際に研究室へ届くまでの期間を検証する必要があります。

研究力再建へ確認すべき政策指標

米国科学の状態を判断する際は、予算総額だけでなく、新規助成件数、審査期間、未執行額、研究機関の職員数、博士課程の入学者数を追う必要があります。とりわけ12月11日以降のOMB規則と、議会が決める2027年度の成立予算が当面の焦点です。

研究制度の改革は必要ですが、政治的な統制と科学的な説明責任は同義ではありません。読者や政策担当者は、AIなどの重点投資が増えたかだけでなく、失敗を許容する基礎研究の母集団が保たれているかを確認すべきです。それが米国の技術力、医療、安全保障を測るより確かな指標になります。

参考資料:

坂
坂本 亮

テクノロジー・サイエンス

宇宙開発・AI・バイオテクノロジーなど最先端の科学技術を、社会的インパクトの視点から読み解く。技術と倫理の交差点を追い続ける。

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