米財政赤字2兆ドル目前、トランプ政権の歳出削減策に構造的限界
2兆ドル赤字が突きつける歳出削減の現実
米国の2026会計年度の財政赤字は1兆9,920億ドルとなり、前年度から約2,170億ドル、率にして12%拡大しました。歳入は5兆4,030億ドル、歳出は7兆3,960億ドルで、赤字の国内総生産比は6.2%です。コロナ禍の2021年度以来、5年ぶりの大きさとなりました。
景気後退下ではないにもかかわらず、経済規模の6%を超える赤字が続く点は軽視できません。トランプ政権は政府効率化や国内向け支出の削減を前面に出しましたが、実際の財政収支では利払い、社会保障、医療、国防などの増加が削減分を上回りました。
重要なのは、個々の歳出削減が存在したかどうかではなく、税収を含む政府全体の収支が改善したかという視点です。2026年度の数字は、行政経費の圧縮だけでは米国財政の中核的な赤字構造を変えられない現実を示しています。
利払いと義務的経費が押し上げた赤字構造
歳出は前年度から約3,860億ドル増えた一方、歳入の増加は約1,690億ドルにとどまりました。個人所得税と給与税は合計で約2,550億ドル増えましたが、法人税収が約700億ドル減少し、関税収入も約220億ドル減りました。
法人税収の減少には、2025年に成立した税制・歳出法によって、企業が設備投資などに対して大きな控除を利用できるようになった影響があります。雇用や賃金の増加による税収の伸びだけでは、税制変更と歳出拡大を補えなかった形です。
利払い費1兆1,430億ドルの重圧
CBOの9月財政報告によると、公的債務に対する純利払い費は1兆1,430億ドルに達し、前年度から1,150億ドル、11%増えました。単年度の利払い費は、メディケアの純支出1兆690億ドルや国防総省の軍事支出9,160億ドルを上回る規模です。
利払い費が増えた理由は、債務残高の拡大と長期金利の上昇です。短期金利の低下は一部を相殺しましたが、過去に低金利で発行した国債が満期を迎え、より高い金利の国債へ置き換わる影響が強まりました。政策金利が下がっても、平均調達金利がすぐ低下するとは限りません。
利払いは、行政サービスやインフラを新たに生み出す支出ではありません。それでも国債保有者への支払いとして優先されるため、金額が増えるほど他の政策に使える財政余地が狭まります。さらに利払いのための追加借り入れが債務を増やし、その債務が次年度以降の利払いを押し上げる循環も生じます。
米国の政府債務総額は2026年8月に40兆ドルを突破しました。政府内勘定を含む総債務と、市場が実際に吸収する公衆保有債務は区別する必要がありますが、国債発行量と金利への影響を見る際は後者の増加が特に重要です。
社会保障・医療・国防費の同時膨張
社会保障給付は約860億ドル増えて1兆6,540億ドル、メディケアは約770億ドル増えて1兆690億ドル、メディケイドは約550億ドル増えて7,230億ドルとなりました。三つの主要な義務的経費だけで、歳出は合計約2,170億ドル増えています。
高齢化、受給者数、医療単価に連動する支出は、年度ごとの行政判断で簡単に削減できません。給付制度を変更するには議会による法改正が必要であり、有権者への影響も大きいため、政治的な難度は政府契約や省庁人員の削減より高くなります。
国防総省の軍事支出も約480億ドル増加しました。研究開発や軍人関連費に加え、イランとの戦闘に伴う兵器、燃料、作戦維持費が重なっています。ただし、年度全体の国防費増加額と戦争の追加費用は集計範囲が異なるため、両者を単純に足し合わせることはできません。
この構成から分かるのは、財政赤字の主因が小規模な補助金や個別契約だけではないことです。社会保障、医療、国防、利払いという巨大項目を対象外にしたままでは、裁量的経費を大幅に削っても政府全体の支出増を止めるのは困難です。
関税還付とイラン戦争が崩した削減計算
トランプ政権の財政運営では、関税収入を増やす一方、政府機関の人員や契約を削減し、減税による経済成長で税収基盤を広げる構想が掲げられてきました。しかし2026年度には、法的な不確実性と地政学上の支出がこの計算を大きく狂わせました。
最高裁判決で逆流した関税収入
米連邦最高裁は2026年2月、国際緊急経済権限法であるIEEPAを根拠として、大統領が広範な関税を課すことはできないと判断しました。判決を受け、政権は対象関税を終了し、5月から輸入業者への還付を始めました。
CBOは2026年度中に約1,300億ドルの関税が還付されたと推計しています。年度前半には高い関税収入が計上されたものの、通年の関税収入は約1,720億ドルとなり、前年度を約220億ドル下回りました。
CBOの更新試算では、2026年度の純関税収入は2月時点の予測より約2,500億ドル少なくなりました。IEEPAに基づいて徴収された約1,660億ドルの大半が還付対象となったことが、予測との差の約半分を占めています。
政権は通商法301条など別の権限で関税を再構築しましたが、税率と対象範囲は従来より限定されます。CBOは政策変更により、2027~2036年度の累積赤字が2月時点の基準予測より9,000億ドル増えると試算しました。関税は財政収入になり得る一方、法的根拠、輸入量、免除措置によって大きく変動するため、恒久財源として扱うには不安定です。
戦費とDOGE削減額の非対称性
CBOの戦費分析によると、イランとの戦闘が始まってから2026年8月1日までに国防総省が負担した追加費用は約380億ドルです。低強度の戦闘が続く場合でも月20億ドル、7月並みの強度なら月30億ドルの追加費用が生じると試算されました。
政権は6月、イラン戦争などへの対応として876億ドルの補正予算を議会へ要請しました。このうち671億ドルが国防関連で、CBOは直接戦闘に結び付く部分を約423億ドルと分析しています。弾薬の補充や機密計画、作戦維持費は、戦闘が終わった後にも支出が続く可能性があります。
戦争は直接経費だけでなく、原油や輸送費を通じて財政へ波及します。CBOはイラン情勢によって、2027年1~3月期の総合PCEインフレ率が従来予測より0.5ポイント、コアPCEが0.3ポイント高くなると推計しました。2026年の3カ月物国債金利も約0.2ポイント押し上げられるとみています。
一方、政府効率化局であるDOGEは、契約、補助金、賃貸借の見直しによって1,100億ドルの節約を主張しました。しかし米政府監査院の検証では、一部の金額に誤りや根拠不足があり、補助金関連の96%について計算方法を確認する十分な情報が示されていませんでした。17億ドルの節約として掲載された国防関連契約が、実際には縮小も解約もされていなかった事例もあります。
DOGEの主張額は複数年度に及ぶ契約上の見積もりを含み、単年度の現金支出と同じ基準ではありません。それでも公表額を全て額面通り受け取った場合でさえ、2026年度だけで増えた利払い費1,150億ドルを下回ります。行政効率化の効果より、金利と債務残高による支出増の方が速いという規模の問題です。
ホワイトハウスの2027年度予算は、2025年の税制・歳出法で約2兆ドルの歳出節減を達成したと説明しています。これに対しCBOは、減税、歳出変更、経済効果、追加利払いを合算すると、同法が2026~2035年度の赤字を4兆7,000億ドル増やすと予測しました。
両者の差は、個別事業から得られる「総節減額」と、減税や追加支出も含めた「純財政効果」の違いです。政府部門の一部で支出を減らしても、それ以上に歳入を減らしたり別分野の支出を増やしたりすれば、財政赤字は拡大します。
高金利と借り換えが招く債務の自己増殖
今後の最大のリスクは、巨額の基礎的赤字と高い国債金利が相互に増幅することです。CBOの金利シナリオでは、2026~2036年の10年国債金利は基準予測で平均4.3%ですが、2026年10月1日の市場金利は5.2%でした。
金利が基準より0.5ポイント高い状態が続くだけで、2036年度までの累積赤字は1兆9,000億ドル増え、公衆保有債務のGDP比は基準の120.2%から124.4%へ上昇します。金利が1.5ポイント高いシナリオでは、累積赤字が6兆ドル増え、債務比率は133.1%に達します。
財務省は8月時点で、2026年7~9月期に7,390億ドル、10~12月期に6,280億ドルの民間向け純市場性借り入れを見込んでいました。大量発行が続けば、投資家が長期債保有の対価として求める期間プレミアムが上昇し、住宅ローンや社債など民間の調達金利にも波及する可能性があります。
ただし、巨額赤字が直ちに米国債の支払い不能を意味するわけではありません。米国は自国通貨建てで借り入れ、世界最大規模の国債市場とドルの基軸通貨性を持ちます。より現実的なリスクは、利払いが予算を圧迫し、不況、金融危機、災害、戦争に対応する余力を徐々に奪うことです。
IMFは2026年の対米審査で、連邦政府だけでなく州・地方政府も含む一般政府総債務が2031年にGDP比140%を超えると予測しました。CBOの公衆保有連邦債務とは定義が異なりますが、双方とも現行政策のままでは債務比率が上昇し続ける方向を示しています。
投資家が追うべき金利・入札・法案審議
米国債投資家は、単月の赤字額だけでなく、10年債と30年債の入札結果、海外投資家を含む間接落札比率、落札金利と入札前市場の差を確認する必要があります。需要の弱さが続けば、利下げ局面でも長期金利だけが高止まりする可能性があります。
財政面では、月次の純利払い費、関税収入と還付額、国防補正予算、2027年度歳出法案が重要です。とりわけ、戦費を通常予算の削減で賄うのか、追加借り入れに依存するのかによって、中長期の国債発行額は変わります。
2026年度の結果は、行政効率化が無意味だと示すものではありません。しかし、約2兆ドルの赤字を持続的に縮小するには、検証可能な歳出削減に加え、税収、社会保障、医療、国防を含む複数年の改革が必要です。投資家にとっては政権の節減額そのものより、議会を通過した政策の純財政効果と、国債市場が要求する金利を追うことが重要です。
参考資料:
- Treasury Confirms $2 Trillion Deficit for Fiscal Year 2026
- Monthly Budget Review: September 2026
- The Budget and Economic Outlook: 2026 to 2036
- Projections of Deficits and Debt Under Two Scenarios With Higher Interest Rates
- CBO’s Updated Budgetary Projections of Tariffs as of July 31, 2026
- Learning Resources, Inc. v. Trump
- Estimating the Cost of Combat Operations Against Iran
- FY 2026 Supplemental Funding Request
- DOGE Wall of Receipts: More Transparency Needed
- Budget of the U.S. Government Fiscal Year 2027
- Treasury Announces Marketable Borrowing Estimates
- Federal Reserve Monetary Policy Report
- IMF Executive Board Concludes 2026 Article IV Consultation with the United States
- US National Debt Hits a Record $40 Trillion
- US Annual Budget Gap Hits Nearly $2 Trillion
米国経済・金融市場
米国経済の構造変化を、金融市場・財政政策・産業動向の三軸で分析。ウォール街と実体経済のギャップを見抜く。
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