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米中間選挙を覆う深刻な物価高、トランプ政策と家計不安の悪循環

by 三浦 愛子
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生活費が中間選挙を支配する異例の終盤戦

11月3日の米中間選挙を目前に、選挙戦を覆っているのは抽象的な景気論ではなく、ガソリン、食料、住居、医療といった毎日の支払いです。複数の世論調査で、生活費や経済は党派を越えた最重要争点となっています。

焦点はインフレ率の数字だけではありません。過去数年に積み上がった価格水準、賃金の購買力、金利負担をまとめた「暮らしやすさ」が問われています。成長率では堅調に見える米国経済と、有権者の厳しい実感との隔たりが、トランプ政権と共和党への逆風を強めています。

強いGDPと弱い家計を分けるインフレの実像

成長率だけでは見えない実質購買力の低下

米商務省によると、2026年7~9月期の実質GDPは前期比年率3.4%増となり、4~6月期の2.2%増から加速しました。消費、設備投資、政府支出が成長に寄与し、民間国内最終需要も年率4.9%増でした。情報処理機器や在庫への投資が伸び、企業部門には底堅さが残っています。

一方、家計が日々接する物価は再び上向きました。9月の消費者物価指数は前月比0.6%、前年同月比3.7%上昇しています。変動の大きい食料とエネルギーを除くコア指数も前年比2.6%上昇し、FRBが目標とする2%を上回りました。

FRBが重視する個人消費支出物価指数も9月は前年比3.6%、コア指数は3.1%上昇しました。四半期ベースの物価上昇率は鈍化しているものの、9月単月ではエネルギー高によって再加速しています。異なる期間を測った統計が、ディスインフレと再燃リスクの併存を映しています。

名目賃金が増えても、物価の上昇を差し引いた購買力は改善していません。労働統計局によると、9月の実質平均時給は前年同月比0.7%減、実質週給も0.1%減でした。個人所得統計では、実質可処分所得が前月比0.3%減少し、貯蓄率は3.8%まで低下しています。

つまり、消費の強さには所得増だけでなく、貯蓄の取り崩しも含まれます。株価上昇の恩恵を受ける高所得層や、AI関連投資に支えられた企業部門が景気を押し上げる一方、給与生活者の余裕は縮小しています。金融市場と実体経済の温度差が、選挙で表面化した構図です。

ガソリンと食料が増幅する体感物価

9月のエネルギー価格は前年比20.4%上昇し、ガソリンは34.2%、燃料油は74.2%上昇しました。ガソリン指数は前月比でも9.1%上がり、月間CPI上昇の半分超を占めています。米エネルギー情報局の集計では、10月26日時点の全種類ガソリンの全米平均は1ガロン4.405ドルでした。

燃料高は給油代だけの問題ではありません。ディーゼル価格の上昇は物流、農業、航空、建設のコストを通じて幅広い商品やサービスに波及します。イラン戦争に伴う供給不安が続けば、原油相場が下がっても、小売価格への反映には時間差が生じます。

食料品全体の上昇率はガソリンほど高くなく、9月の家庭向け食料価格は前年比1.8%上昇でした。しかし、内訳には大きな差があります。米農務省によると、生鮮果物は4.9%、砂糖・菓子類は5.5%、コーヒーを含む非アルコール飲料は3.8%上昇し、コーヒー単独では7.1%上がりました。

家計は平均指数ではなく、頻繁に買う品目の値札で物価を判断します。卵や乳製品が値下がりしても、給油、外食、果物、コーヒーの支払いが同時に増えれば、生活費が下がったとは感じにくいものです。インフレ率の鈍化は価格の下落ではなく、値上がりの速度が緩むことにすぎない点も、政策側と有権者側の認識差を広げています。

関税と戦争が政権責任へ変わる政治回路

党派を越えて広がる生活費への不満

ReutersとIpsosが8月末に実施した調査では、登録有権者の47%が生活費を中間選挙の投票先を決める単独の最重要要因に挙げました。AP-NORCの10月調査でも、経済を重要争点とした有権者は85%、生活費は84%に達しています。

この傾向は支持政党を問いません。Pew Research Centerの調査では、経済を「非常に重要」とした割合は全体で84%、共和党候補の支持者で82%、民主党候補の支持者で88%でした。移民、犯罪、外交では党派差が大きい一方、経済だけは両陣営の共通課題です。

NPR、PBS、Maristによる10月19~20日の調査では、生活費が最も念頭にあるとした有権者は34%でした。家計状況が前年より悪化したとの回答は38%に上り、民主党は下院選の全国投票意向で共和党を8ポイント上回りました。

AP-NORC調査では、トランプ大統領の生活費対応に対する不支持が約8割、経済運営への不支持も約4分の3に達しました。別の9月調査では、共和党支持者でも約6割が生活費対応を支持していません。有権者の不満は、単なる反対党の批判を越えて政権支持層の一部にも及んでいます。

政策選択と値札を結ぶ二つの因果経路

今回の物価高が共和党にとって厳しいのは、有権者が原因をトランプ政権の具体的な政策と結び付けやすいためです。主要な経路は輸入関税とイラン戦争に伴うエネルギー高です。パンデミック後の供給制約よりも、大統領自身の選択として認識されやすい特徴があります。

ニューヨーク連銀の研究では、2025年に導入された関税の約9割が米国の輸入価格へ転嫁されました。一律10%の関税を想定した試算では、消費財価格は12カ月後に2.6%押し上げられ、その約3分の2が輸入品からの直接効果、残りが国内生産コストなどを通じた間接効果です。

関税は外国企業だけが負担する税ではありません。輸入部材を使う米企業の原価を押し上げるほか、競合する輸入品が高くなれば、国内企業にも値上げ余地が生じます。FRBの別の研究は、2026年2月までのコア財における平時を上回る物価上昇について、関税の一次効果で説明できると分析しています。

もう一つの経路がエネルギーです。イラン戦争による原油・燃料供給への懸念は、ガソリン価格だけでなく、航空運賃、配送費、暖房費を押し上げます。APが紹介した試算では、戦争後のエネルギー高や金利負担などが平均的な家計に大きな追加負担を与えています。

もっとも、現在のインフレをすべてトランプ政策だけで説明するのは適切ではありません。住宅費、農畜産物の供給、天候、過去の金融緩和からの時間差なども価格を左右します。強い設備投資や経済成長は、関税による国内生産促進を訴える共和党側の反論材料にもなります。

それでも選挙では、厳密な寄与度より責任の分かりやすさが重要です。トランプ氏は2024年大統領選で物価引き下げを前面に掲げました。その約束と現状を比較されるため、好調なGDPだけで生活費への不満を打ち消すことは難しくなっています。

全国世論調査の民主党優位が、そのまま上下両院の議席に置き換わるわけではありません。下院は選挙区の構成、上院は各州の候補者事情に左右され、投票率のわずかな違いでも結果が変わります。ただし、接戦州や郊外選挙区では、生活費への不満が無党派層を動かす共通要因になっています。

投票後も残るインフレ再燃の三重リスク

第一のリスクは、イラン情勢とエネルギー供給です。停戦や輸送正常化が進めば、ガソリン価格の下落が総合インフレを押し下げます。反対に供給不安が長期化すれば、輸送費を通じた二次的な値上げが食料やサービスへ広がる恐れがあります。

第二は関税転嫁の時間差です。ニューヨーク連銀の分析では、輸入品への直接効果は比較的早く表れる一方、国内企業の原価上昇を通じた間接効果は半年から1年かけて強まります。選挙後に関税が維持・拡大されれば、足元の物価統計だけでは見えない圧力が残ります。

第三は金融引き締めの長期化です。FRBは10月会合で政策金利を3.75~4.00%に据え置き、インフレは依然高いとの判断を示しました。12人の投票者のうち2人は0.25ポイントの利上げを主張しています。高金利が続けば住宅ローンやカード債務の負担が重くなり、家計の「手頃さ」は物価が鈍化しても改善しません。

選挙によって議会の多数派が変われば、関税権限への監視、財政支出、医療費や住宅費への政策対応は変化し得ます。しかし、選挙結果だけで店頭価格が元に戻ることはありません。物価上昇率の低下と、既に上がった価格水準の負担軽減を分けて評価する必要があります。

有権者と市場が次に確認すべき経済指標

選挙後に重視すべきなのは、見出しのGDPだけではありません。ガソリンとディーゼルの小売価格、実質賃金と実質可処分所得、貯蓄率、関税の影響を受けやすい財価格を組み合わせて確認する必要があります。これらが同時に改善して初めて、景気の強さが家計へ届き始めたと判断できます。

有権者にとっては、どの政策が生活費をどの経路で変えるのかを見極めることが重要です。投資家には、エネルギー高と関税転嫁がFRBの利下げ余地を狭める展開への備えが求められます。今回の中間選挙は、成長率ではなく購買力を基準に政権を評価する選挙として、今後の米経済政策を左右します。

参考資料:

三
三浦 愛子

米国経済・金融市場

米国経済の構造変化を、金融市場・財政政策・産業動向の三軸で分析。ウォール街と実体経済のギャップを見抜く。

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