AIデータセンター特需、なぜ世界の灰色塗料市場を押し上げるのか
AI設備投資が灰色塗料へ届く新構図
AIブームの象徴はGPUですが、投資の裾野は半導体だけにとどまりません。国際エネルギー機関によると、世界の大手データセンター事業者による2026年の設備投資は7,000億ドル超に達する見通しです。建屋を支える鋼材やコンクリート、その表面を守る機能性塗料にも大きな需要が生まれています。
北米主要市場では、建設中のデータセンター容量が2026年上期に前年同期比24.8%増の7,481.1メガワットへ拡大しました。そこで大量に使われる灰色の塗膜は、単なる内装ではありません。火災、腐食、静電気、漏水から高価な設備と稼働率を守る、薄いインフラ層としての役割を担っています。
灰色の塗膜が担う三つの安全機能
データセンター用塗料といっても、同じ製品を壁から床まで塗るわけではありません。構造用鋼材には防食プライマーと耐火塗膜、床には導電性を調整した樹脂、配管や水設備には防湿・耐薬品性を備えた材料が使い分けられます。灰色という外観が共通していても、内部の樹脂、顔料、添加剤、膜厚は用途ごとに異なります。
火災時に膨らむ耐火膨張塗膜
鋼材を守る代表的な材料が、熱を受けると膨らむ耐火膨張塗膜です。UL Solutionsによると、一般的な塗布厚は0.03〜0.50インチで、規定の火災試験では元の約15〜30倍に膨張します。発泡して生じた炭化層が断熱材となり、鋼材の温度上昇と耐力低下を遅らせる仕組みです。
これは炎を消す塗料ではなく、構造が耐えられる時間を延ばす受動的な防火技術です。梁や柱の形状、設置環境、下塗りとの組み合わせによって必要な膜厚が変わるため、厚く塗れば安全性が単純に高まるわけではありません。認証された仕様と乾燥条件を守る施工管理が性能を左右します。
Sherwin-Williamsは、構造用鋼材を最大4時間保護する耐火膨張塗料シリーズをデータセンター向けに提示しています。一方、粉じんを出しやすいセメント系耐火材は、敏感な電子機器を収容する区域では適さない場合があります。表面が滑らかな塗膜は、清浄性と防火性能を両立しやすい点でも採用余地があります。
鋼材と配管を守る防食・防湿層
データセンターは温湿度を制御した建物ですが、腐食リスクが消えるわけではありません。冷却水設備、屋外機器、屋根、給排水設備では、水分や結露、薬品、温度変化にさらされます。鋼材表面を酸素や水から隔離する防食塗膜は、構造物と設備の寿命を延ばす最初の防衛線です。
防食方式は環境によって変わります。腐食性の高い場所では亜鉛、エポキシ、ウレタンなどを重ねた多層系が用いられ、比較的穏やかな屋内では水性アクリルなども選択肢になります。重要なのは、すべての場所に最高仕様を採用することではなく、湿度や摩耗、紫外線、保守周期に合う材料を選ぶことです。
PPGは、配管の結露や断熱材下腐食を抑える塗膜、サーバーラックや構造用鋼材向けの耐摩耗・防食材を一括して提案しています。建物だけでなく、冷却設備や水槽、非常用電源の周辺まで対象が広がるため、データセンター一棟当たりの塗装面積は外壁から想像するより大きくなります。
静電気を大地へ逃がす導電床
サーバールームの床では、静電気を管理するESD塗床が重要です。導電性材料を含むエポキシ樹脂などを施工し、床面から接地極まで電荷を逃がす経路を形成します。一般的な「帯電防止」と、規格に沿って抵抗値や人体帯電を管理するESDシステムは同じではありません。
EOS・ESD Associationは、床材、接着剤、下地、表面仕上げ、接地点を一つのシステムとして設計する必要性を指摘しています。絶縁性の接着剤やワックスが一層入るだけでも経路が切れ、見た目には正常でも性能を失う可能性があります。施工直後だけでなく、摩耗や清掃後の測定も欠かせません。
SikaのESD用エポキシ塗床では、規格試験による導電範囲や推奨膜厚が細かく規定されています。過剰な膜厚によってESD性能を失う場合もあり、色だけで性能は判別できません。灰色が多いのは複数メーカーで標準色として供給しやすいことも一因とみられますが、安全性を生むのは色彩ではなく塗膜設計です。
世界の塗料大手の決算に映る建設特需
米国塗料市場全体が急拡大しているわけではありません。米国塗料工業会は2026年の市場数量を前年比0.6%増と予測する一方、産業保全・保護塗料については65.2百万ガロン、28.1億ドルを見込みます。数量2.5%増、金額5.1%増という予測は、住宅用塗料よりインフラ向け高機能材に成長が偏っていることを示します。
PPGとSherwin-Williamsの伸長
PPGの2026年4〜6月期は、保護・船舶用塗料のオーガニック売上高が前年同期比で2桁増となりました。同製品を含むパフォーマンスコーティング部門の売上高は16億1,900万ドルで、前年同期比7.1%増です。もっとも、航空機や船舶なども含む部門であり、増収のすべてをデータセンター需要とみなすことはできません。
Sherwin-Williamsも同四半期に全社売上高を7.5%増の67億8,930万ドルへ伸ばしました。米国店舗部門では保護・船舶用分野が2桁増となり、商業分野を上回る伸びを示しています。両社の開示は、データセンター単独の売上高を示していないものの、建設・インフラ向け保護塗料の強さと整合します。
重要なのは、塗料の数量だけでなく製品構成です。耐火性、導電性、耐薬品性、速乾性を備えた材料は、一般的な壁用塗料より仕様設計や施工支援の比重が大きくなります。データセンター特需は、大量の「灰色」を売ると同時に、高付加価値品の比率を高める機会でもあります。
単品販売から一括仕様への転換
PPGとSherwin-Williamsはともに、構造用鋼材、床、配管、屋根、水設備までをまとめたデータセンター向け商品群を打ち出しています。塗料メーカーが個別製品の供給者から、建物全体の塗膜仕様を調整するパートナーへ移ろうとする動きです。
一括仕様には、下塗りと耐火材の不適合を避け、複数の施工会社に共通手順を展開しやすくする利点があります。データセンター事業者が地域をまたいで同型施設を建設する場合、製品番号、塗布条件、検査方法を標準化できれば、設計変更や手戻りを抑えられます。
色の統一にも同様の意味があります。人が長時間滞在する商業施設とは異なり、機械中心の空間では多彩な仕上げより識別性、調達性、補修のしやすさが優先されます。灰色は特需の本質ではありませんが、機能と施工効率を優先した結果を象徴する色です。
工場塗装と速乾性が生む時間価値
AIインフラ競争では、建設費だけでなく稼働開始までの時間が収益性を左右します。JLLによると、世界のデータセンター建設費は2020〜2025年に1メガワット当たり770万ドルから1,070万ドルへ上昇し、2026年には1,130万ドルへ達する見通しです。AI設備の内装・機器工事には、さらに1メガワット当たり最大2,500万ドルを要する場合があります。
塗膜の乾燥待ちや再施工は、全体から見れば小さな工程でも、高価な設備の搬入を遅らせます。このため、速乾材や少ない塗り重ねで性能を出せる製品、鋼材工場で事前に施工する方式の価値が高まっています。管理された工場内なら温湿度と膜厚を安定させ、現場の人手不足や天候の影響も減らせます。
モジュール化された電源設備や冷却設備が増えるほど、塗装の場所は建設現場から製造ラインへ移ります。これは販売経路の変化でもあり、塗料メーカーには工場での塗装工程設計、品質検査、世界各地への同一仕様供給まで求められます。AI特需が「塗料缶の販売」以上のサービス市場を形成する理由です。
電力制約と施工品質が左右する特需の持続性
灰色塗料の需要が計画通り伸びるかは、データセンターが実際に着工・完成するかに左右されます。北米主要市場で建設中容量の80.4%が予約済みである一方、送電網への接続、変圧器や発電設備の調達、地域住民の反対、許認可の遅れが供給を制約しています。電源を確保できない計画が延期されれば、塗料の発注時期も後ろ倒しになります。
需要予測にも幅があります。米エネルギー省は、米国のデータセンター電力消費が2023年の176テラワット時から、2028年には325〜580テラワット時へ増えると推計しています。予測幅の大きさは、AI利用の成長率、半導体の省電力化、施設の稼働率に不確実性があることを表します。
施工品質も見逃せません。耐火塗膜は下地処理、湿度、乾燥時間、認証膜厚を外すと性能が落ち、ESD床は不適切な清掃材や接地不良で導電経路を失います。塗料メーカーにとって、急増する需要を売上へ変えながら、熟練施工者と検査体制を確保できるかが最大の技術的課題です。
原材料、エネルギー、物流費の上昇も利益を圧迫します。PPGでは2026年4〜6月期に値上げでコスト上昇の約90%を相殺したものの、パフォーマンスコーティング部門の利益は前年同期比8%減でした。販売量の拡大が、そのまま利益の増加を意味しない点には注意が必要です。
市場を見る際に確認すべき四つの先行指標
灰色塗料の特需を追う際は、データセンターの発表件数ではなく、着工容量、電力接続、建設中施設の予約率、塗料大手の保護塗料売上を確認する必要があります。とりわけ、計画段階から実際の鋼材発注や工場塗装へ移ったかが需要実現の分岐点です。
同時に、機能性塗料を一括供給できる企業の受注構成、値上げによる数量への影響、施工サービスの拡張にも注目すべきです。AIブームが続く限り、塗料は目立たない恩恵分野であり続けます。ただし勝敗を決めるのは灰色という色ではなく、安全性能、認証、供給網、施工速度を一つのシステムとして提供する力です。
参考資料:
- IEA「Powering Artificial Intelligence」エグゼクティブサマリー
- 米エネルギー省「データセンター電力需要評価報告」
- CBRE「North America Data Center Trends H1 2026」
- JLL「2026 Global Data Center Outlook」
- American Coatings Association「The State of the U.S. Paint and Coatings Industry 2026」
- PPG「Data Centers」
- PPG「データセンター向け保護塗料・施工サービス発表」
- PPG 2026年第2四半期Form 10-Q
- Sherwin-Williams「Protective Coatings for Data Centers」
- Sherwin-Williams「Protecting Data Centre Integrity from Top to Bottom」
- Sherwin-Williams 2026年第2四半期決算資料
- UL Solutions「Mastic and Intumescent Coatings」
- EOS・ESD Association「Common Pitfalls with ESD Flooring Systems」
- AMPP「Coatings—the First Line of Defense in Protecting Structural Steel」
- Sika「Sikafloor-264 ECF」
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