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アルゼンチン軍事独裁50年、記憶の危機が深まる

by 長谷川 悠人
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クーデター50年、五月広場に数万人が集結した背景

2026年3月24日、アルゼンチンは1976年の軍事クーデターから50年を迎えました。数万人がブエノスアイレスの五月広場に集まり、軍事政権による犠牲者を追悼しています。しかし、この節目の年に大きな影を落としているのが、ハビエル・ミレイ大統領の政権による人権団体への資金削減と歴史修正主義の推進です。

推定3万人が「消された」とされるラテンアメリカ最悪の独裁体制の記憶を、現政権がどう扱おうとしているのか。本記事では、50周年の追悼行事、ミレイ政権の政策、そして国際社会の反応について解説します。

軍事独裁の歴史と被害の実態

1976年クーデターと「汚い戦争」

1976年3月24日、アルゼンチン軍はイサベル・ペロン大統領を追放し、軍事政権を樹立しました。1983年まで続いたこの独裁体制は、反体制派に対する大規模な弾圧を行い、「汚い戦争(Guerra Sucia)」と呼ばれる時代を生み出しました。

人権団体によると、推定3万人が「失踪」させられました。左翼ゲリラ運動のメンバーだけでなく、労働活動家、学生、ジャーナリストなど幅広い市民が標的となりました。

奪われた子どもたち

独裁政権の最も痛ましい遺産の一つが、拘留中に生まれた約500人の赤ちゃんが軍関係者やその関係者に違法に養子として渡された問題です。「五月広場の祖母たち」を中心とする粘り強い活動により、これまでに約140人の身元が特定されていますが、残りの多くはいまだ見つかっていません。

ミレイ政権による「記憶の解体」

人権機関の格下げと予算削減

2023年に就任したミレイ大統領は、緊縮財政政策の一環として人権関連機関の大幅な縮小を進めています。国家人権事務局は「事務次局」に格下げされ、権限と予算が削減されました。職員の約60%が解雇されたと報告されています。

五月広場の母たちへの影響

政権は「五月広場の母たち」への国家補助金を打ち切りました。同団体が放送していた公共テレビ番組も廃止されています。1977年から軍事政権に抗議し続けてきたこの団体は、アルゼンチンの人権運動の象徴的存在です。

裁判への影響

ミレイ政権は軍事独裁時代の人権侵害裁判への積極的な参加を停止しています。証人支援が縮小され、公聴会の記録も中断されました。2025年時点で、独裁時代の人道犯罪で拘禁されている被告の84%が自宅軟禁の扱いを受けています。

歴史修正主義の台頭

犠牲者数の矮小化

ミレイ政権は「失踪者」の数を9,000人未満と主張し、民主化以降確立されてきた「3万人」という推計に異議を唱えています。さらに、独裁期間中は「両陣営による行き過ぎがあった戦争だった」という「二つの悪魔」論を展開し、軍事政権の責任を相対化する姿勢を示しています。

イサベル・ペロンの再評価

クーデターで追放されたイサベル・ペロン元大統領に対する一部での再評価の動きも議論を呼んでいます。歴史の解釈をめぐる世論の分断が、50周年という節目にあって一層鮮明になっています。

50周年の追悼行事と国際社会の反応

大規模な追悼デモ

2026年3月24日、数万人の市民がブエノスアイレスの五月広場に集結しました。デモ行進は五月広場から7月9日通りまでの約1キロメートルに及び、通りは参加者で埋め尽くされました。政権の歴史修正主義に反発する市民の声が大きく響いた形です。

国連の警告

国連の人権専門家グループは、ミレイ政権下のアルゼンチンで「記憶・真実・正義」をめぐる「憂慮すべき後退」が起きていると警告しています。2024年以降の政策が、民主化後に積み上げてきた人権保護の成果を損なうものだと指摘しました。

世論調査が示す国民意識

ブエノスアイレス大学世論調査研究所の調査によると、アルゼンチン国民の71%が軍事独裁の統治を「悪い」または「非常に悪い」と評価しています。また、70%が責任者の訴追継続を支持しており、国民の多数が歴史修正主義に同意していないことが示されています。

記録消滅の危機と国際社会・国内世論の行方

アルゼンチンの状況は、世界各地で見られる「歴史記憶をめぐる政治闘争」の一例です。ミレイ政権の緊縮政策は経済的な理由で正当化されていますが、人権団体への資金削減が持つ政治的意味合いは無視できません。

高齢化する「五月広場の母たち」や証人たちの証言が失われる前に、記録の保存と継承をどう進めるかは喫緊の課題です。国際社会の監視と国内世論の動向が、今後の政策の方向性を左右することになるでしょう。

ミレイ政権の歴史修正主義と71%の国民意識が示す対立構図

軍事クーデターから50年を迎えたアルゼンチンでは、ミレイ政権が人権機関の格下げ、団体への資金打ち切り、裁判への関与停止を進めています。一方で、数万人規模の追悼デモや国連の警告が示すように、記憶の継承を求める声は依然として力強いものがあります。

71%の国民が独裁を否定的に評価する中、歴史修正主義がどこまで浸透するかは不透明です。「汚い戦争」の記憶は、アルゼンチンの民主主義の根幹に関わる問題であり、今後の動向は国際的にも注目されています。

参考資料:

長
長谷川 悠人

米国政治・外交

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