強まるエルニーニョ予測、歴史的飢饉が示す世界の食料危機への備え
急浮上したエルニーニョ強化予測の意味
2026年の太平洋赤道域で、エルニーニョ発生の見通しが急速に強まっています。米国NOAA気候予測センターは5月中旬、5〜7月にエルニーニョが現れる確率を82%、2026〜27年冬まで続く確率を96%と示しました。日本の気象庁も、夏までに発生する可能性を90%としています。
重要なのは、単に「暑くなる」という話ではありません。エルニーニョは熱帯太平洋の海面水温と大気循環が結びつく現象で、雨の降る場所、乾く場所、台風や干ばつの出方、穀物の収量まで変えます。過去には1877〜78年の世界的飢饉、1982〜83年、1997〜98年、2015〜16年の大規模な気象災害と重なりました。
この記事では、最新予測がどこまで強いシグナルを示しているのか、歴史上の飢饉とどこが似ていて、どこが異なるのかを検証します。さらに、食料安全保障、防災、日本の天候への含意を、科学的な不確実性を含めて整理します。
夏までの発生確率を押し上げた海の蓄熱
NOAAと気象庁でそろう高確率
NOAAの5月14日付けENSO診断は、北米マルチモデルアンサンブルが「来月までの形成」と「北半球の冬までの継続」を支持していると説明しています。発生確率だけを見ると、もはや低い可能性を警戒する段階ではなく、発生を前提に影響予測を細かく見る段階に移ったと言えます。
強度の見通しも注目です。NOAAのENSO強度確率表では、10〜12月期に「強い」エルニーニョが32%、「非常に強い」エルニーニョが33%、11〜1月期には「非常に強い」が37%と示されています。強い以上を合算すれば秋から冬にかけて6割を超える時期があります。ただし、NOAA自身も、どの強度区分も単独では37%を超えておらず、ピーク強度には大きな不確実性が残るとしています。
日本の気象庁も、2026年4月時点ではENSOは平常状態だが、熱帯太平洋はエルニーニョへ向かっていると分析しています。4月のNINO.3海域の海面水温偏差はプラス0.7℃で、海洋表層の暖水が東へ進んでいることも確認されています。気象庁の見通しは「夏までに発生する可能性が高い」とし、その確率を90%としました。
暖水の東進と大気結合の未確定性
エルニーニョは海面水温だけでは成立しません。貿易風が弱まり、暖かい海水が東太平洋へ広がり、そこで対流活動や気圧配置が変わることで、海と大気が互いを強める状態に入ります。NOAAは、この海洋と大気の結合が夏に十分強まるかが、巨大イベントになるかどうかの分岐点だと見ています。
WMOの6〜8月向け全球季節気候アップデートは、複数モデル平均でJJA期のエルニーニョ指標が約1.8℃に達すると予測しました。これは閾値を大きく上回る水準です。モデル間のばらつきが狭いことも、少なくとも夏時点の発生確度が高いことを示します。一方で、秋以降の強度は、数週間単位の西風バーストや雲活動の配置に左右されます。
コロンビア大学IRIの5月版クイックルックも、5〜7月にエルニーニョとなる確率を98%としています。NOAA、WMO、IRI、気象庁の数字が完全に一致しないのは、使う海域、指数、モデル群、季節平均の取り方が違うためです。しかし方向性はそろっています。2026年の前半に赤道太平洋が急速に暖まり、少なくとも年内はエルニーニョが主役になるという見方です。
この背景には、地球全体の海の高温もあります。コペルニクス気候変動サービスによると、2026年4月の北緯60度から南緯60度の海面水温平均は21.00℃で、4月としては観測史上2番目でした。中央赤道太平洋から米国・メキシコ西岸にかけて、4月として記録的な高温域も広がりました。自然変動としてのエルニーニョが、すでに熱い海の上に重なる構図です。
飢饉史が示す気候ショックの増幅条件
1877年型を特別にした三つの海域
今回の予測が歴史的比較を呼ぶ理由は、1877〜78年のエルニーニョが、観測史上でも特異な強さだった可能性があるためです。NOAAリポジトリに収録されたJournal of Climateの研究は、1876〜78年の世界的飢饉について、先行する冷たい熱帯太平洋、1877〜78年の記録的エルニーニョ、1877年の強い正のインド洋ダイポール、1878年の暖かい北大西洋が重なったと分析しています。
この組み合わせは、単一の海域だけで説明できない広域干ばつを生みました。インド、東南アジア、中国、ブラジル、アフリカの一部で降水異常が連鎖し、農業生産と公衆衛生を同時に傷つけました。気候の異常そのものに加え、当時の植民地統治、輸送、備蓄、救済制度の弱さが、被害を飢饉へ押し上げました。
別のJournal of Climate研究は、1877〜78年のNiño-3指数について、標準的な復元では月間ピークが3.5℃に達し、1982〜83年、1997〜98年、2015〜16年を上回るとしています。ただし、19世紀の海面水温データは観測密度が低く、復元方法によって不確実性が大きくなります。著者らは調整後の推定でも強いエルニーニョだったと結論づけつつ、現代観測のような精度では語れないことも示しました。
中国の1876〜78年干ばつを扱った研究では、干ばつが13省に広がり、陝西、河南、山西を中心に長期化したとされています。中心域では十分な雨が降らない期間が340日を超えたとされ、飢饉、蝗害、疫病が重なりました。ここから見えるのは、エルニーニョが「発生したから飢饉になる」のではなく、長期の降水不足、農業の依存度、政策対応の遅れが重なると社会災害へ転化するという構造です。
2015年の食料危機が示す現在の脆弱性
現代は19世紀より観測網、物流、国際支援が発達しています。それでも、強いエルニーニョは食料安全保障を揺らします。FAOは2015〜16年のエルニーニョについて、干ばつ、洪水、極端な高温・低温により世界で約6000万人の農業、食料安全保障、栄養状態に影響が出たと報告しました。
地域別には、エチオピアで1020万人が食料支援を必要とし、ハイチでは360万人が食料不安に直面したとされます。インドネシアでは乾燥の強い地域で水稲作付けが通常より最大40%少なく、2015年に森林・農地火災が260万ヘクタールに及びました。南太平洋ではサイクロン被害も重なり、フィジーの農作物被害が深刻化しました。
農業研究も、ENSOが作物ごとに違う影響を持つことを示しています。Nature Communicationsの2014年研究では、エルニーニョ年の世界平均収量について、大豆は増える可能性がある一方、トウモロコシ、米、小麦はマイナスから小幅プラスまで幅のある影響を受けると推定しました。別の研究は、ENSOの影響が北アフリカ、東南アジア、インド、南米の一部で強いとしています。
つまり、リスクは「世界の穀物が一律に減る」という単純な形ではありません。ある地域の干ばつが輸出余力を減らし、別の地域の洪水が物流を止め、さらに肥料価格や保険料、為替が重なることで、輸入国の食料価格に波及します。IMFの分析も、平均的なエルニーニョの経済影響は地域差が大きく、インド、インドネシア、日本、オーストラリア、南アフリカなどでは短期的な経済活動の押し下げが起こり得るとしています。
被害を左右する社会制度と予測の限界
エルニーニョの強度は、被害の強度と同じではありません。NOAAの強度確率表も、強いイベントほど影響が確実になるわけではなく、特定地域で特定の天候が起きる確率が上がるにすぎないと注意しています。海面水温のピークが同じでも、インド洋ダイポール、北大西洋の高温、季節風、土壌水分、作付け時期が違えば、被害地図は変わります。
気候変動は、この見通しをさらに難しくします。IPCC第6次評価報告書は、ENSOに伴う降水変動が21世紀末までに増幅する可能性が非常に高いと評価しています。一方で、ENSOの海面水温変動そのものがどの程度変わるかは、モデル間の不確実性が残ります。強いエルニーニョの頻度だけを見て安心や悲観を決めるのではなく、雨の極端化と地域ごとの水循環を併せて読む必要があります。
日本への影響も一枚岩ではありません。気象庁の統計では、エルニーニョ発生時の夏は西日本で気温が低い傾向、梅雨期は西日本日本海側で降水量が多い傾向があります。しかし2026年夏について、気象庁はエルニーニョ発生の可能性を織り込んだ上で、日本付近は高温になる可能性が高いとの見通しを維持しています。過去の平均的傾向だけで今年の暑さを判断するのは危険です。
備えの焦点は、気象現象の的中を待つことではありません。世界銀行は、自然災害が毎年2600万人を貧困へ押し下げ、福祉面の損失が年5200億ドルに相当すると分析しています。早期警戒、保険、現金給付、公共事業などの組み合わせは、被害の一部を事前に減らせます。エルニーニョ対策も、観測が確定してからでは遅く、農業、水資源、輸入調達、熱中症対策を前倒しで点検する段階です。
読者が今から点検すべき観測指標
今後見るべき指標は三つです。第一に、NOAAと気象庁が毎月更新するENSO監視情報です。Niño-3.4やNINO.3の数値だけでなく、貿易風、対流活動、海洋表層の暖水が大気と結びついているかを確認する必要があります。第二に、インド洋ダイポールと各地域の季節予報です。1877〜78年の教訓は、太平洋以外の海が被害を増幅し得ることでした。
第三に、食料と生活インフラの早期警戒です。農産物価格、主要輸出国の作柄、港湾や河川輸送、電力と水資源の制約は、気象ニュースより遅れて家計に響きます。日本の読者にとっても、猛暑、梅雨の長期化、輸入食品価格、災害保険料は別々の問題ではありません。2026年のエルニーニョは、海洋物理の現象であると同時に、社会の備えを測るストレステストです。
参考資料:
- Climate Prediction Center: ENSO Diagnostic Discussion
- Official NOAA CPC ENSO Strength Probabilities
- Global Seasonal Climate Update for June-July-August 2026
- IRI ENSO Predictions Plume: May 2026 Quick Look
- El Nino Monitoring and Outlook, Japan Meteorological Agency
- エルニーニョ現象が発生する可能性が高まっています, 気象庁
- Second-highest sea surface temperatures recorded during third-warmest April globally, Copernicus
- How confident should we be in a prediction of El Niño?, ECMWF
- Climate and the Global Famine of 1876–78
- How Significant Was the 1877/78 El Niño?
- A Long Lasting and Extensive Drought Event over China in 1876–1878
- UN urges stronger, coordinated international response to address El Niño impacts
- 2015–2016 El Niño: Early action and response for agriculture, food security and nutrition
- Impacts of El Niño Southern Oscillation on the global yields of major crops
- Chapter 8: Water Cycle Changes, IPCC AR6 WGI
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