海外出身の養子が直面する強制送還リスクの実態
DHS調査で浮上した数万人規模の国際養子市民権空白
幼少期に海外から米国へ養子として迎えられ、米国人として人生を歩んできた人々が、強制送還の恐怖に直面しています。推定1万8,000人から7万5,000人の国際養子が、法律上の空白により米国市民権を取得できていないとされ、トランプ政権下の厳格な移民取り締まりの中で、その脆弱な立場が浮き彫りになっています。
2026年1月以降、国土安全保障省(DHS)が養子縁組書類の不備を調査する「オペレーション・トゥルー・ペアレント」を開始し、少なくとも49件の類似事案が発覚しました。養子の権利擁護団体には相談が殺到し、身を隠す養子まで出ている状況です。この記事では、この問題の構造的な原因と当事者の苦境、そして解決に向けた動きを解説します。
市民権の法的空白はなぜ生まれたか
2000年児童市民権法の限界
この問題の根幹は、2000年に制定された「児童市民権法(Child Citizenship Act)」にあります。この法律は、米国市民に養子縁組された海外出身の子どもに自動的に市民権を付与するもので、国際養子の地位を大きく改善しました。
しかし、この法律には重大な制限がありました。適用されるのは、法律の施行日(2001年2月27日)時点で18歳未満だった養子に限られ、それ以前に成人していた養子には遡及適用されなかったのです。つまり、1983年以前に生まれた国際養子の多くが、この法律の恩恵を受けられませんでした。
養親の認識不足と制度の複雑さ
2000年以前は、養子縁組と帰化(市民権取得)は完全に別の手続きでした。多くの養親は、養子縁組が完了すれば市民権も自動的に付与されると誤解していました。しかし実際には、養親が別途、帰化申請の手続きを行う必要がありました。
この手続きを知らなかった、あるいは完了しなかった家庭の養子は、成人後に自分が市民権を持っていないことを発見するケースが少なくありません。パスポートの申請、運転免許の更新、学生ローンの申請といった日常的な手続きの中で初めて問題が表面化することもあります。
当事者が直面する深刻な状況
イラン出身養子の強制送還命令
2026年2月、象徴的な事案が大きな注目を集めました。1970年代にイランから米軍の退役軍人に養子として迎えられた50代の女性が、DHSから退去手続きの通知を受けたのです。
この女性は犯罪歴がなく、半世紀にわたり米国で生活してきました。通知の理由は、入国時のビザの種類に問題があり、養親が帰化手続きを完了していなかったことに起因するとみられています。キリスト教徒であり、養父が米軍でイランに関わっていたことから、イランへの送還は生命の危険を伴う可能性があると訴えています。
オペレーション・トゥルー・ペアレントの影響
2026年1月にDHSが開始した「オペレーション・トゥルー・ペアレント」は、養子縁組の書類に不備がないかを体系的に調査するプログラムです。弁護士によれば、このプログラムの開始以降、少なくとも49件の同様の事案が浮上しています。
養子の権利擁護団体は、トランプ大統領の第2期就任以降、相談が「殺到している」と報告しています。自分の市民権の状態に不安を感じ、身を隠す養子もいるとされ、当事者のコミュニティに深刻な恐怖が広がっています。
問題の構造と影響の規模
推定数万人が影響下に
市民権を持たない国際養子の正確な数は把握されていませんが、推定で1万8,000人から7万5,000人とされています。特に韓国からの養子が約1万8,000人と最も多く、ベトナム、グアテマラ、エチオピアなどからの養子も含まれます。
市民権がないことの影響は強制送還のリスクだけにとどまりません。パスポートの取得、運転免許の更新、公的な福祉サービスへのアクセス、雇用など、日常生活のあらゆる場面で支障が生じます。市民権を持たないまま軽微な犯罪(マリファナ所持など)で有罪となった場合、強制送還の対象となる可能性もあります。
過去の強制送還事例
この問題は今に始まったことではありません。これまでにも数十人の国際養子が実際に強制送還されています。送還先は本人が記憶もない出生国であり、言語も文化も知らない場所で生活を強いられるケースがあります。
ただし、トランプ政権の厳格な移民政策と「オペレーション・トゥルー・ペアレント」の開始により、問題の規模と緊急性がこれまでになく高まっていると専門家は指摘しています。
立法による解決の動き
養子市民権法案の長い道のり
この法的空白を埋めるための立法努力は、2015年から続いています。「養子市民権法案(Adoptee Citizenship Act)」は、児童市民権法の年齢制限を撤廃し、すべての国際養子に市民権を付与することを目指すものです。この法案は2015年、2018年、2019年、2021年、2024年と繰り返し提出されてきましたが、いずれも成立に至っていません。
2025年9月には、メイジー・ヒロノ上院議員とアダム・スミス下院議員が「養子および米国家族保護法(PAAF Act)」として超党派で法案を再提出しました。内容は従来の養子市民権法案と同様ですが、名称を変えて支持の拡大を図っています。
超党派の支持と政治的障壁
注目すべきは、この法案が超党派の支持を得ていることです。共和党のドン・ベーコン下院議員やスーザン・コリンズ上院議員も共同提案者に名を連ねています。養子縁組は保守層にとっても重要なテーマであり、家族の価値を重視する共和党の理念とも合致するためです。
にもかかわらず法案が成立しない最大の理由は、移民政策全般が政治的に敏感なテーマであり、「非市民への市民権付与」と受け取られかねない法案は、厳格な移民政策を掲げる議員の反対を招きやすいという構造的な問題があります。
合法入国の養子が直面する政治的障壁と対処の現実
この問題を理解する上で重要なのは、影響を受けているのが「不法移民」ではなく、幼少期に合法的に米国に入国し、米国人の家庭で育てられた人々だという点です。本人の意思や行動とは無関係に、法制度の空白と養親の手続き不備によって生じた問題です。
今後の見通しとしては、個別の事案での法的対応と並行して、立法による根本的な解決が求められています。ただし、2026年中間選挙を控え、移民政策が政治的争点化する中で、法案成立への道のりは平坦ではありません。
当事者や養子縁組に関わる家庭は、養子の権利に詳しい弁護士への相談や、市民権の状態を確認する手続きを早急に進めることが推奨されています。
児童市民権法の欠陥と10年超の立法停滞が示す制度の限界
海外出身の国際養子が市民権の法的空白により強制送還のリスクに直面している問題は、米国の養子縁組制度と移民法の構造的な欠陥に起因しています。2000年の児童市民権法が年齢制限を設けたことで取り残された推定数万人の養子が、トランプ政権の厳格な移民政策の下で新たな脅威にさらされています。
超党派での立法努力は10年以上続いていますが、いまだ成立に至っていません。幼少期から米国で育ち、米国人としてのアイデンティティを持つ人々が、生まれた国への送還を恐れて暮らすという事態は、制度の早急な是正を求めるものです。
参考資料:
- How Do Trump’s Immigration and Deportation Laws Affect International Adoptees? - League of Women Voters
- A U.S. veteran adopted an orphan from Iran. Decades later, ICE is trying to deport her - NPR
- Some US Adoptees Fear Stricter Immigration Policies, Mass Deportations - Human Rights Watch
- Intercountry Adoptee Rights and Safety Guide: What to Know in 2026 - The Ties Program
- FAQ: U.S. Citizenship and Intercountry Adoptees - Adoptee Rights Law Center
- Hirono, Collins, Smith, Bacon Lead Bipartisan Legislation - Senator Hirono
移民・難民・教育格差
移民・難民・教育格差など、社会の周縁に置かれた人々の声を丁寧に取材。制度と現実のギャップを浮き彫りにする。
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