NewsAngle
NewsAngle

著名気候科学者がNASA辞任、科学への攻撃を批判

by 坂本 亮
URLをコピーしました

ケイト・マーベル氏のNASA辞任と科学攻撃批判

2026年3月24日、NASAゴダード宇宙研究所(GISS)の著名な気候科学者ケイト・マーベル氏が辞任しました。マーベル氏は辞任の書簡で「科学そのものが攻撃を受けるとは思わなかった」と述べ、トランプ政権下での科学への圧力を痛烈に批判しています。

マーベル氏の辞任は、個人的な決断にとどまりません。トランプ大統領の就任以来、推定9万5,000人もの科学関連の連邦職員が政府を去ったとされており、米国の科学研究基盤そのものが揺らいでいる深刻な状況を象徴しています。

ケイト・マーベル氏とは誰か

気候科学の第一人者

ケイト・マーベル氏は、NASAゴダード宇宙研究所で気候変動とその地球への影響を研究してきた科学者です。気候モデリングの分野で高い評価を受け、学術論文だけでなく一般向けの著作でも知られています。

マーベル氏は過去の全米気候評価報告書(National Climate Assessment)にも執筆者として参加しており、気候科学と政策をつなぐ重要な役割を担ってきました。科学コミュニケーターとしても積極的に活動し、気候変動に関する一般市民の理解促進に貢献してきた人物です。

辞任の書簡で語った理由

マーベル氏は辞任の書簡で次のように記しています。「科学そのものが攻撃されるとは思ってもいませんでした。科学は、ジャーナリズムや歴史、そして最高の芸術と同じように、真実を追求する手段だからです」。さらに「私は真実を語りたいから辞める」とも述べました。

具体的には、トランプ政権下で起きた以下の出来事を辞任の理由として挙げています。

辞任に至った背景

予算削減の脅威と不確実性

2025年、トランプ政権はNASAの科学予算を47%削減する予算案を提出しました。最終的に議会がこの大幅削減を拒否し、NASAの2026年度予算は1.6%減にとどまりましたが、数か月にわたる予算の不確実性が研究者たちの士気を大きく低下させました。

マーベル氏は「不確実性の渦中では、集中して良い研究をすることが非常に難しかった」と語っています。予算が確保されたとしても、毎年のように大幅削減の脅威にさらされる環境では、長期的な研究計画を立てることが困難です。

研究施設からの退去

2025年5月、連邦政府はゴダード宇宙研究所が1960年代から使用してきた建物のリース契約を打ち切りました。これにより、研究者たちは十分な代替スペースを確保できず、文字通りソファの上で作業場所を探すような状況に追い込まれました。

物理的な研究環境の喪失は、日常的な研究活動に直接的な打撃を与えます。実験設備や計算機資源へのアクセスが制限され、研究者間の対面での議論や協働も困難になります。

気候評価報告書の事実上の停止

トランプ政権は、第6次全米気候評価報告書の作業を事実上停止させました。この報告書は、連邦政府が気候変動のリスクを評価し、政策決定の基盤とする重要な文書です。マーベル氏は過去の報告書に貢献しており、この動きは彼女の研究の意義そのものを否定するものでした。

さらに、2025年2月には環境保護庁(EPA)が温室効果ガスに関する2009年の危険性認定を撤回する決定を下しました。この認定は、温室効果ガスの排出が公衆衛生と福祉に脅威を与えるとする科学的根拠に基づく重要な政策基盤でした。

連邦科学機関からの大量離職

9万5,000人の離職という衝撃

マーベル氏の辞任は、トランプ政権下で進行する連邦科学者の大量離職の一端にすぎません。報道によると、トランプ大統領が2025年1月に就任して以来、約9万5,000人の科学関連職員が連邦政府を去ったとされています。

STEM分野(科学・技術・工学・数学)の博士号保持者だけでも1万人以上が離職したことが報告されています。NASAに限っても、通常の退職に加えて約4,000人が「繰延辞任プログラム」を通じて退職し、全職員の20%以上が削減される見込みです。

頭脳流出の長期的リスク

連邦科学機関からの人材流出は、短期的な研究の遅延にとどまらない深刻な問題をはらんでいます。気候科学、宇宙科学、公衆衛生など、民間では代替困難な分野の専門知識が失われるリスクがあります。

一度失われた研究チームや制度的知識を再構築するには、採用・育成に何年もの時間がかかります。また、米国の科学研究の競争力が低下すれば、国際的な科学協力や技術革新にも影響が及びます。

議会予算維持と科学者コミュニティの抵抗

議会の対応と予算の行方

議会は2026年度予算でトランプ政権の大幅な科学予算削減要求のほとんどを退けました。NSF(全米科学財団)やNIST(国立標準技術研究所)なども、概ね従来と同水準の予算を維持しています。

しかし、予算が維持されても、行政府による人員削減や組織再編は続いています。議会の予算権限だけでは、連邦科学機関の運営環境を完全に守ることはできないという構造的な課題が浮き彫りになっています。

科学コミュニティの抵抗

マーベル氏のような著名科学者の公の場での批判は、科学コミュニティ全体の危機感を示すシグナルです。多くの科学者が声を上げ始めており、ライブストリームでの抗議活動や署名運動なども展開されています。今後、科学者コミュニティと政権の間の緊張がさらに高まる可能性があります。

9万5,000人離職が映す米国科学基盤の危機

ケイト・マーベル氏のNASA辞任は、トランプ政権下で米国の科学研究が直面する危機を象徴する出来事です。予算削減の脅威、研究施設の喪失、気候評価報告書の停止など、複合的な圧力が科学者を連邦政府から追い出しています。

9万5,000人もの科学関連職員の離職は、米国の科学的優位性に長期的な影響を与える可能性があります。議会が予算面での防波堤となっている一方で、行政府レベルでの圧力は続いており、今後の動向に注視が必要です。

参考資料:

坂本 亮

テクノロジー・サイエンス

宇宙開発・AI・バイオテクノロジーなど最先端の科学技術を、社会的インパクトの視点から読み解く。技術と倫理の交差点を追い続ける。

関連記事

米北東部の気候変動政策が転換期を迎える背景

米国北東部のリベラル州が掲げてきた野心的な気候変動対策が、電気料金の高騰やトランプ政権の連邦政策転換を受けて見直しを迫られている。ニューヨーク州のCLCPA改正案やマサチューセッツ州のMass Save予算削減など、各州の政策転換の実態と再生可能エネルギーの課題を読み解く。

米国債務40兆ドルで露呈したトランプ政権と議会の財政不作為の深層

米国債務は2026年8月に40兆ドルを突破し、利払いは年1兆ドル規模へ膨張しました。トランプ政権は減税と関税で成長を訴える一方、CBOやGAOは債務の対GDP比上昇を警告しています。財政赤字、国債市場、社会保障改革をめぐり議会が動けない中間選挙前の政治構造と金融市場の不安、日本への含意の深層を読み解く。

H-1Bビザ10万ドル超手数料案が揺らす米国人材戦略と留学生

トランプ政権のDHSがH-1Bの新規枠対象申請に10万3265ドルの追加手数料を提案。年間85,000件で約88億ドルを見込む一方、中小企業や大学院留学生、医療・教育現場の採用経路に広がる影響と、過去の10万ドル告示をめぐる司法判断との関係を解説。移民政策の費用負担が労働市場をどう変えるかを読み解く。

最新ニュース

Google広告技術分割回避、米独禁法の限界と巨大市場への余波

米連邦地裁はGoogleの広告技術事業について、AdX売却やDFP分割を命じず、行動救済を中心に据えました。2025年の違法認定、司法省が求めた構造救済、出版社側の不満、競争回復の実効性、14日後の意見公開と30日内の最終判決案にも触れ、AI時代の巨大市場をめぐる規制政治と米独禁法の限界を詳しく解説。

NVIDIAのHugging Face買収合意が変えるAI基盤

NVIDIAがHugging Faceを129億ドル規模で買収する合意は、GPU企業がAI開発基盤へ踏み込む転換点です。1800万人超の開発者、300万超のモデルを抱える中立ハブが半導体覇者の傘下に入る意味を、オープンモデル、クラウド競争、規制審査、企業導入、セキュリティ、産業構造の観点から読み解く。

トランプ氏のドローン関税100%、米中分断と安全保障の最新焦点

トランプ政権は外国製ドローンに最大100%関税を発動し、FCCも熱画像・LiDAR・散布機能を備える機体の輸入販売制限を検討。中国依存の低減と国内産業保護を掲げる一方、消防・農業・インフラ点検への影響も大きい。米国の安全保障政策が民生技術と同盟国サプライチェーン、調達実務をどう変えるかを読み解く。

米貿易赤字拡大、AIデータセンター投資と輸入依存の盲点を読む

米7月貿易赤字は886億ドルへ24.4%拡大。AIデータセンター向け資本財輸入が主因となり、台湾・メキシコとの不均衡、GDP統計の見え方、関税政策の限界が同時に浮上しました。輸入増を単なる景気悪化ではなく、国内投資と海外供給網が結びつく成長の副作用として読み、株式・債券市場が次に見るべき指標を解説。