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米北東部の気候変動政策が転換期を迎える背景

by 長谷川 悠人
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はじめに

米国北東部のいわゆる「ブルーステート(民主党支持州)」は、長年にわたり気候変動対策の先駆者として知られてきました。2019年にはニューヨーク州が「気候リーダーシップ・コミュニティ保護法(CLCPA)」を制定し、2030年までに温室効果ガスを1990年比で40%削減、2050年までに85%削減するという全米屈指の目標を掲げました。マサチューセッツ州やコネチカット州なども同様に、再生可能エネルギーの導入拡大や建物の電化推進など、先進的な気候政策を打ち出してきました。

しかし2026年に入り、これらの州で政策の見直しが相次いでいます。電気料金の高騰、トランプ政権による連邦レベルでの再エネ支援縮小、そして洋上風力プロジェクトの停滞が重なり、「気候対策の旗手」を自任してきた北東部州が大きな転換点に立たされています。本記事では、各州の動向と背景要因を多角的に解説します。

電気料金高騰が政策見直しの引き金に

全米平均を大きく上回る北東部の電力コスト

北東部州が気候政策の見直しを迫られる最大の要因は、電気料金の高騰です。2026年4月時点のデータによると、マサチューセッツ州の平均電気料金は1kWhあたり31.51セント、ロードアイランド州は31.30セント、メイン州は29.55セントと、いずれも全米で最も高い水準にあります。北東部全体では、全米平均を約42%上回る電気料金を消費者が負担している状況です。

料金上昇率も深刻で、ロードアイランド州が前年比8.4%増、メイン州が8.1%増、マサチューセッツ州が7.7%増と、急激な値上がりが続いています。全米的に見ても住宅用電気料金は2021年以降約40%上昇していますが、北東部ではその影響がとりわけ顕著です。

天然ガス依存が招く構造的な脆弱性

ニューイングランド地域では、発電の約54%を天然ガスに依存しています。このため天然ガス価格と卸売電力価格が強く連動しており、冬季の気温低下や供給制約がただちに電気料金に反映される構造となっています。

2025年12月から2026年初頭にかけて、北極渦(ポーラーボルテックス)が3波にわたってニューイングランドを直撃し、卸売電力価格は1kWhあたり15.6セントまで急騰しました。10月下旬には6.41セントだった価格が、約7週間で倍以上に跳ね上がったのです。パイプラインの容量制約も加わり、天然ガスの安定供給は北東部にとって構造的な課題となっています。

ニューヨーク州:知事自らが旗艦法の弱体化を提案

CLCPA改正の衝撃

北東部の気候政策見直しを象徴する動きが、ニューヨーク州のホークル知事によるCLCPA改正提案です。2026年3月20日、ホークル知事はかつて自らが推進した気候法の大幅な修正案を発表しました。

改正案の柱は、排出削減規制の導入期限を2024年から2030年末まで7年間延長し、新たな2040年の排出目標に連動させるというものです。さらに、メタンなど短寿命の温室効果ガスの公式計算方法を変更することで、天然ガスの使用削減への圧力を実質的に緩和する内容も含まれています。

法的・政治的背景

この提案には伏線がありました。2025年10月、オールバニ郡の裁判官がニューヨーク州はCLCPAに違反していると判断し、排出規制の策定期限を2026年2月6日と定めました。しかしホークル政権はこの期限を守れず、「規制を出すか、法律を変えるか」という二択を裁判所から突きつけられたのです。

ホークル知事は改正案を州予算プロセスに組み込む形で成立させようとしましたが、州上院の民主党議員の3分の2以上がこの試みに反対する書簡を送るなど、党内からも強い反発が起きています。環境団体は「歴史的な気候正義法案を骨抜きにするもの」と批判を強めています。

ガス業界の巻き返し

一方で、ニューヨーク州が2026年1月から新築建物への化石燃料設備の設置を禁止する「全電化建築法」を施行したことに対し、ガス業界は気候法の見直しを好機と捉え、天然ガスパイプラインの新設・拡張を求める動きを強めています。気候法の後退は、エネルギー業界の力学にも大きな影響を及ぼしつつあります。

マサチューセッツ州:エネルギー効率化プログラムの大幅縮小

Mass Save予算の10億ドル削減

マサチューセッツ州では2026年2月、下院がエネルギー料金の引き下げを目的とした大型法案(H 5151)を128対27の賛成多数で可決しました。法案の目玉は、同州のエネルギー効率化プログラム「Mass Save」の3カ年予算を45億ドルから41.7億ドルに削減し、将来の計画期間の支出上限を40億ドルに設定するというものです。約10億ドル規模の削減となります。

さらに、Mass Saveの補助金が脱炭素化や電化の促進に寄与するかどうかを評価基準から除外する規定も盛り込まれました。これにより、ヒートポンプや家庭用蓄電池へのリベートが打ち切られる可能性があると、気候政策の支持者は懸念しています。

気候目標と料金負担の板挟み

マサチューセッツ州は2030年までに温室効果ガスを1990年比50%削減するという拘束力のある目標を掲げています。今回の法案ではこの目標自体の変更は含まれていませんが、それを達成するための主要な手段であるエネルギー効率化と電化への投資が大幅に縮小されることになります。

法案にはこのほか、洋上風力の契約期限を2年延長して2029年とすること、原子力発電の開発制限を撤廃すること、クリーンエネルギー調達権限を拡大することなども含まれており、エネルギー政策の重心が「脱炭素」から「安定供給とコスト抑制」へ移りつつあることを示しています。

洋上風力発電の停滞がもたらす連鎖的影響

トランプ政権による一斉停止

北東部州の気候目標達成を支える柱と位置づけられてきた洋上風力発電も、深刻な逆風に直面しています。トランプ政権は東海岸沖で開発中の主要5プロジェクト——バージニア沖の2.6GW規模のコースタル・バージニア洋上風力、マサチューセッツ沖の800MWのビンヤードウィンド1、ロードアイランド沖の700MWのレボリューションウィンド、ニューヨーク沖の2GWのエンパイアウィンドと924MWのサンライズウィンド——のリースを一斉に停止しました。

膨らむコストと遅延

停止による経済的影響は甚大です。レボリューションウィンドでは停止期間中に1日あたり約150万ドルのコストが発生したとされています。コースタル・バージニア洋上風力では総投資額が89億ドル、総事業費は112億ドルに達しており、3週間の停止で1日あたり500万ドル以上のコストが生じました。消費者への影響も大きく、稼働開始10年間で代替電力のコストとして追加で約30億ドルの負担が見込まれています。

あるエネルギー企業は、トランプ政権下での遅延によりプロジェクトが4年遅れる可能性を認め、米国洋上風力資産の評価額を約3億ドル引き下げました。レボリューションウィンドは完成率87%の段階で停止を余儀なくされ、2026年後半の完成が見込まれていますが、エンパイアウィンドとサンライズウィンドの運転開始は2027年にずれ込む見通しです。

連邦政策の転換が追い打ちに

IRA税額控除の段階的廃止

2025年7月4日にトランプ大統領が署名した「一つの大きく美しい法案(OBBBA)」は、バイデン政権がインフレ抑制法(IRA)で整備したクリーンエネルギー税額控除の大幅な縮小を含んでいます。太陽光と風力については、法律施行から12カ月後(2026年7月4日以降)に着工し、2027年12月31日までに稼働しないプロジェクトは、生産税額控除(PTC)と投資税額控除(ITC)の対象外となります。

住宅用太陽光発電の税額控除も2025年末で終了し、電気自動車や住宅向けエネルギー関連のインセンティブも複数が廃止されました。国内調達要件の強化や外国企業規制も加わり、再生可能エネルギー事業の経済性は大きく変化しています。

RGGIの持続性への疑問

北東部10州が参加する地域温室効果ガスイニシアティブ(RGGI)は、発電所からの排出量を半減させるなど一定の成果を上げてきました。2030年までに2020年比30%削減という目標も設定されています。しかし、排出削減が一貫して上限を下回っていることで排出枠の余剰が生じており、プログラムの実効性に疑問が呈されています。連邦レベルでの気候政策後退が続く中、州レベルの取り組みだけでどこまで排出削減を進められるかが問われています。

注意点・展望

「気候政策=高い電気代」は正確か

電気料金高騰の原因を気候政策に帰する議論は政治的に根強いものの、専門家の分析はより複雑な実態を示しています。クリーンエア・タスクフォースの調査によると、2019年から2024年にかけて再生可能エネルギーの導入比率を最も増やしたアイオワ州、ニューメキシコ州、サウスダコタ州などでは、むしろ電気料金が下がっています。カリフォルニア州の料金上昇の約3分の2は山火事関連コストが占めており、気候政策そのものではありません。電気料金の上昇は赤い州(共和党支持州)・青い州を問わず全米的な現象であり、老朽化したインフラの更新費用、天然ガス価格の変動、データセンターによる需要急増など、複合的な要因が絡んでいます。

今後の見通し

短期的には、北東部州の気候政策は「後退」よりも「再調整」と表現するのが正確でしょう。各州とも気候変動対策そのものを放棄しているわけではなく、電力の安定供給と料金負担の軽減という現実的な課題との折り合いを模索しています。マサチューセッツ州が原子力発電の開発制限を撤廃する動きに見られるように、再生可能エネルギー一辺倒ではない多様な脱炭素手段を組み合わせるアプローチへの移行が進む可能性があります。

一方で、連邦レベルでのクリーンエネルギー支援が縮小する中、州独自の財源と政策手段だけで中長期の排出削減目標を達成できるのかという根本的な問題は残ります。2026年は、米国の気候政策において連邦と州の役割分担が大きく再定義される年となりそうです。

まとめ

米国北東部のリベラル州が、気候変動対策の大幅な見直しに動いています。ニューヨーク州ではホークル知事が旗艦法であるCLCPAの弱体化を提案し、マサチューセッツ州ではエネルギー効率化プログラムの大幅縮小が下院を通過しました。背景には、全米平均を42%上回る電気料金の高騰、天然ガス依存による冬季の価格急騰リスク、トランプ政権による洋上風力プロジェクトの停止やIRA税額控除の段階的廃止といった複合的な要因があります。

気候政策だけが電気料金高騰の原因ではないという分析もありますが、消費者の負担増大が政治的な現実として政策転換を迫っているのは事実です。「脱炭素の旗手」から「現実路線への転換」へ——北東部州の今後の動向は、全米の気候政策の行方を占う試金石となるでしょう。

参考資料:

長谷川 悠人

米国政治・外交

米国政治の内幕を、ホワイトハウスから議会まで多角的に分析。政策決定のプロセスと日本への影響を鋭く読み解く。

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