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LG財閥で遺産紛争が激化 秘密録音と名義株で揺らぐ韓国財閥の統治

by 黒田 奈々
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はじめに

韓国を代表する財閥(チェボル)の一つであるLGグループが、創業家の遺産紛争で大きく揺れています。2018年に死去した第3代会長・具本茂(ク・ボンム)氏の遺産をめぐり、養子として経営を引き継いだ第4代会長・具光謨(ク・グァンモ)氏に対し、前会長の未亡人と2人の娘が訴訟を起こしました。

この紛争は単なる家族間の相続争いにとどまりません。秘密録音の暴露、名義株(ノミニーシェア)を用いた資産隠し疑惑、さらには刑事告訴にまで発展し、韓国財閥が長年抱えてきた企業統治(ガバナンス)の構造的問題を改めて浮き彫りにしています。本記事では、LG財閥の遺産紛争の経緯を詳しく追いながら、韓国財閥のガバナンス改革の現在地を考察します。

LG財閥の相続紛争 その経緯と背景

具本茂会長の死去と養子への承継

LGグループは1947年の創業以来、具(ク)一族による同族経営を続けてきました。第3代会長の具本茂氏は23年にわたりグループを率い、LGをエレクトロニクスや化学分野で世界的な存在に成長させた人物です。しかし、具本茂氏の一人息子が交通事故で亡くなるという悲劇に見舞われ、2004年に弟・具本能(ク・ボンヌン)氏(ヒソングループ会長)の長男である具光謨氏を養子に迎えました。

2018年5月、具本茂氏が73歳で死去すると、養子の具光謨氏が40歳でLGコーポレーション(持ち株会社)の会長に就任します。この承継自体は14年前から準備されていたものであり、当初は大きな混乱なく進むかに見えました。

遺産分割の不均衡と一族の不満

問題の発端は、遺産の分割にありました。具本茂氏の遺産は、LGコーポレーション株式の約11.28%を含む総額約2兆ウォン(約1,500億円相当)と推定されています。遺産分割の結果、具光謨氏がLGコーポレーション株の約8.76%を取得した一方、未亡人の金英植(キム・ヨンシク)氏にはLG株が渡らず、長女の具然景(ク・ヨンギョン)氏には約2.01%、次女の具然秀(ク・ヨンス)氏には約0.51%が分配されたとされています。

韓国の法定相続分では、配偶者に1.5、子どもに各1の割合で分配されるのが原則です。これに照らすと、養子である具光謨氏への配分は著しく偏っていたと言えます。2023年2月、金英植氏と2人の娘は、2018年の遺産分割協議の無効を求め、ソウル西部地方裁判所に提訴しました。原告側は、法的に有効な遺言書が存在すると誤信したまま分割協議に合意してしまったと主張しています。

秘密録音と名義株疑惑がもたらした衝撃

家族内の緊張を記録した秘密録音

この紛争を一段と劇的にしたのが、秘密録音の存在です。訴訟では、具光謨氏が養母である金英植氏に対し、相続に異議を唱えないよう説得する会話の録音記録が証拠として提出されました。録音の中で具光謨氏は、紛争が公になればLGのブランドイメージや自身の経営者としての評判が損なわれると訴えたとされています。

韓国の財閥では、家族間の争いが公にならないよう内部で処理されるのが長年の慣行でした。しかし秘密録音という手段が用いられたことは、一族内の信頼関係がすでに完全に崩壊していたことを物語っています。こうした内部告発的な手法は、韓国の財閥紛争においても異例の事態と言えるでしょう。

名義株疑惑と刑事告訴の波紋

紛争はさらにエスカレートしました。2024年には、金英植氏と長女の具然景氏が、具光謨氏やLGの幹部らに対して刑事告訴を行っています。告訴の内容は、名義株(ノミニーシェア)を利用した資産隠し、脱税、横領、および資本市場法違反の疑いです。

名義株とは、実質的な所有者とは異なる名義で保有される株式のことで、韓国では相続税の回避や資産の隠匿に悪用されるケースが問題視されてきました。原告側は、LGグループ内で名義株の慣行が組織的に行われていた可能性を指摘しています。もしこの主張が事実であれば、財閥の資産管理の不透明さを示す重大な事例となります。

一審判決と控訴の行方

2026年2月、ソウル西部地方裁判所は原告側の請求を棄却する判決を下しました。裁判所は、2018年の遺産分割協議は適法に行われたものであり、詐欺や欺瞞の証拠は認められないと判断しています。この判決により、具光謨氏のLGグループに対する支配権は当面維持される形となりました。

ただし、原告側には控訴の権利が残されており、刑事告訴についても捜査が進行中とされています。紛争の完全な決着にはなお時間を要する見通しです。

繰り返される韓国財閥の「お家騒動」

サムスン、ロッテに見る相続紛争の系譜

LGの紛争は、韓国財閥における相続問題の氷山の一角にすぎません。韓国最大の財閥であるサムスンでは、李在鎔(イ・ジェヨン)氏が経営権を確立する過程で、元大統領への贈賄罪で実刑判決を受けた後に恩赦を得るという波乱を経験しました。父・李健熙(イ・ゴンヒ)氏の死去に伴う相続税は12兆ウォン超とされ、遺族が保有株式を売却して納税に充てる事態となっています。

ロッテグループでは、創業者・辛格浩(シン・ギョクホ)氏の2人の息子が経営権をめぐり法廷闘争を繰り広げ、兄弟も父親も横領罪で有罪判決を受けるという前代未聞の事態に発展しました。SKグループの崔泰源(チェ・テウォン)会長も横領で有罪判決を受けた後に経営に復帰しています。

こうした事例は、韓国財閥の経営権が少数の同族に集中し、その承継が法的・倫理的に不透明なプロセスで行われてきたことを如実に示しています。

2025年商法改正とガバナンス改革の潮流

韓国政府はこうした問題に対処するため、企業統治改革を進めています。2025年7月には韓国商法(Korean Commercial Code)の大幅な改正が成立しました。主な改正点は以下の通りです。

取締役の信認義務の対象が従来の「会社」から「全株主」に拡大されました。資産2兆ウォン超の大企業には累積投票制度が義務化され、監査委員の選任における支配株主の議決権が制限されています。また、自社株の取得後一定期間内の消却が義務付けられ、支配家族が自社株を蓄積して議決権を維持する慣行にも歯止めがかけられました。

これらの改革は「コリア・ディスカウント」と呼ばれる韓国株式の構造的割安の解消を目指すものですが、関連当事者間取引の開示義務化など、なお残された課題もあります。

注意点・展望

LGの遺産紛争を見る際に注意すべき点がいくつかあります。まず、一審判決は確定したものではなく、控訴審で判断が覆る可能性は十分にあります。また、刑事告訴に関する捜査の進展次第では、紛争の性質が民事から刑事へと転換し、グループ経営に直接的な影響が及ぶことも考えられます。

より広い視点で見れば、2025年商法改正の実質的な施行は2026年9月頃からとされており、改革の効果が実際に表れるまでにはなお時間がかかります。財閥の支配構造は数十年にわたって形成されてきたものであり、法改正だけで一朝一夕に変わるものではありません。

一方で、LGのようなケースが国際的に注目を集めること自体が、韓国企業のガバナンス改善に対する外圧として機能する側面もあります。外国人投資家による監視の目は厳しさを増しており、財閥にとっても透明性の確保は避けて通れない課題となっています。

まとめ

LG財閥の遺産紛争は、秘密録音や名義株疑惑といったドラマティックな要素を含みながらも、その本質は韓国財閥に共通する構造的な問題にあります。創業家による同族支配、不透明な資産承継、少数株主の軽視といった課題は、LGに限らずサムスンやロッテなど多くの財閥が直面してきたものです。

2025年の商法改正は重要な一歩ですが、真のガバナンス改革にはさらなる制度整備と、財閥自身の意識変革が求められます。LGの紛争の帰趨は、韓国財閥の統治モデルが今後どのように変容していくかを占う試金石となるでしょう。

参考資料:

黒田 奈々

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