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パキスタンが仕掛ける情報戦争と報道弾圧の実態

by 安藤 誠
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パキスタン情報戦争と24時間削除権限

パキスタン政府が、国家的な「情報戦争」を本格化させています。国営テレビの拡大や親政府系メディアの積極的な活用によって自国のメッセージを発信する一方で、独立系の報道機関や批判的なジャーナリストに対する弾圧は過去に例のない水準に達しています。

2026年3月には、ソーシャルメディアのコンテンツを24時間以内に削除・ブロックする権限を持つ新機関「ソーシャルメディア保護・規制当局」が設立されました。この動きは、情報の流れをコントロールしようとするパキスタン政府の姿勢を象徴しています。本記事では、パキスタンが展開する情報戦争の全体像と、その影響について詳しく解説します。

国営メディアの拡大と親政府メディアの台頭

PTV改革と国家メッセージの発信強化

パキスタンの国営放送局PTV(Pakistan Television Corporation)は、政府のメッセージを国内外に発信する主要な手段として位置づけられています。しかし、連邦監査では、PTVがアンカーに対して正式な契約なしに数百万ルピーの報酬を支払い、非競争的な人選を行っていたことが明らかになり、約8,470万ルピーの損失が指摘されました。

こうした問題を抱えながらも、政府は国営メディアを通じた情報発信の強化を推し進めています。独立系メディアが経営難に陥る中、国営メディアの影響力は相対的に増大しています。

親政府系メディアの活用

政府は国営メディアだけでなく、親政府的な立場をとるメディアとの関係も深めています。政府寄りの報道を行うメディアが優遇される一方で、批判的な報道を行う機関は規制当局PEMRAからの警告や法的措置に直面しています。実際にPEMRAは、Geoテレビに対して裁判報道に関する法的措置を警告するなど、報道内容への直接的な介入を行っています。

独立系メディアへの弾圧の実態

PECA法による言論統制の強化

パキスタン政府がメディア弾圧の主要な手段として使用しているのが、2016年に制定された「電子犯罪防止法」(PECA)です。国際ジャーナリスト連盟(IFJ)によれば、2025年の法改正によってPECAの抑圧的な性質はさらに強化されました。

2026年に入ってからも、PECA法に基づくジャーナリストの逮捕が相次いでいます。Hum Newsの記者クラム・イクバル氏がデジタル報道に関するPECA違反で拘束されたほか、カラチではジャーナリストのムハンマド・アスラム・シャー氏が国家サイバー犯罪捜査局(NCCIA)によってPECA違反で逮捕され、司法拘留処分を受けました。最高裁が一部の記者に保釈を認めるケースもありますが、ジャーナリストへの萎縮効果は深刻です。

ジャーナリストへの物理的な脅威

法的措置にとどまらず、ジャーナリストはハラスメント、恣意的な逮捕、強制失踪、さらには物理的な攻撃にも直面しています。報道の自由に関する追跡調査によると、パキスタンのジャーナリストに対する権利侵害は過去1年で60%増加しました。CPJ(ジャーナリスト保護委員会)を含む17の国際的な報道の自由・人権団体が連名で、シェバズ・シャリフ首相にジャーナリストの保護を求める書簡を送付する事態にまで発展しています。

海外在住ジャーナリストへの圧力

パキスタン政府の弾圧は国境を越えて広がっています。政府に批判的な報道を行う海外在住のパキスタン人ジャーナリストに対して、欠席裁判での有罪判決や逮捕状の発行が増加しています。これはシャリフ政権による批判的報道への弾圧が、国内にとどまらず国際的に拡大していることを示しています。

新たな規制機関「ソーシャルメディア保護・規制当局」

設立の経緯と権限

2026年3月に設立された「ソーシャルメディア保護・規制当局」は、改正PECA法に基づいてソーシャルメディア上のコンテンツを規制する権限を持ちます。議長にはイスラマバード法務長官のアヤズ・シャウカット氏が任命され、シニアジャーナリストのソハイル・イクバル・バッティ氏を含む5名の委員で構成されています。

この機関は、苦情を受けてから24時間以内にコンテンツの削除やブロックを命令する権限を有しています。表向きは違法コンテンツの取り締まりが目的とされていますが、メディア専門家や人権団体は、その広範かつ迅速な権限が過剰介入を招く恐れがあると警告しています。

デジタルジャーナリズムへの影響

この新機関の設立は、デジタルメディアを通じた情報発信に大きな影響を与える可能性があります。従来のテレビや新聞に対する規制に加え、ソーシャルメディアという独立系ジャーナリストの最後の砦ともいえるプラットフォームにまで政府の管理が及ぶことになります。多くのジャーナリストが自己検閲に追い込まれる状況がさらに悪化することが懸念されています。

経営難に苦しむ独立系メディア

情報戦争のもう一つの側面として、独立系メディアの経営危機があります。広告収入の減少、給与の遅延、ニュースルームの閉鎖やレイオフが相次いでおり、報道の自由を支える基盤そのものが揺らいでいます。

パキスタンを代表する独立系英字紙Dawnでも、法的に義務付けられた年間スタッフボーナスの支払いが2025年12月から滞り、記者たちが公に経営陣に対して支払いを要求する事態となりました。シニアジャーナリストのハリーク・キアニ氏はSNS上で「経営陣は法的に義務付けられたボーナスを直ちに支払うべきだ」と発信しています。こうした経営上の問題は、パキスタンのメディア業界全体に広がっています。

国際批判の限界と情報戦争の矛盾

国際社会からの批判と限界

ヒューマン・ライツ・ウォッチの2026年世界報告書は、パキスタンが2025年にメディア、野党、市民社会への弾圧を激化させたと指摘しています。しかし、国際社会からの批判がパキスタン政府の行動を抑止する効果は限定的です。パキスタン政府は安全保障や過激主義対策を理由にメディア規制を正当化する姿勢を崩していません。

情報戦争の矛盾

パキスタン政府は国際的なメディアプレゼンスの構築を目指していますが、国内での報道弾圧はその信頼性を大きく損なっています。国際社会に向けた情報発信と国内のメディア弾圧という矛盾した姿勢は、長期的にパキスタンの国際的な評価に悪影響を及ぼす可能性があります。

PECA法と規制当局が招く三重危機

パキスタン政府は国営メディアの拡大、親政府系メディアの活用、PECA法による言論統制、そして新たなソーシャルメディア規制機関の設立を通じて、情報の流れを組織的にコントロールしようとしています。一方で、独立系メディアはジャーナリストの逮捕、経営難、自己検閲という三重の危機に直面しています。

国際的な報道の自由に関する指標でパキスタンの順位が低下し続ける中、この情報戦争の行方は、パキスタンの民主主義の将来を左右する重要な問題です。今後の展開として、新設されたソーシャルメディア規制当局の運用実態や、国際社会の対応に注目が集まります。

参考資料:

安藤 誠

南アジア・中東情勢

南アジア・中東を中心に、宗教・民族・歴史の深層から国際情勢を分析。長年の現地経験に基づく多層的な視座が持ち味。

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