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高市首相の越豪歴訪が示すインド太平洋新戦略

by 石田 真帆
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はじめに

2026年5月1日から5日にかけて、高市早苗首相はベトナムとオーストラリアを歴訪しました。就任後初となるこの両国訪問は、単なる儀礼的な外遊ではなく、日本の外交戦略に新たな方向性を打ち出す重要な転機となっています。

背景には、米国のインド太平洋への関与姿勢に不透明感が増していること、イラン情勢の悪化によるホルムズ海峡封鎖でエネルギー供給が脅かされていること、そして中国の経済的威圧が強まっていることがあります。高市首相はベトナムで「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」構想の進化版を発表し、オーストラリアとは経済安全保障に関する共同宣言に署名しました。本記事では、この歴訪の成果と戦略的意義を分析します。

ベトナムで打ち出したFOIP進化の中身

経済安全保障を新たな結集軸に

5月2日、高市首相はベトナム国家大学ハノイ校で外交政策スピーチを行い、FOIP構想の進化版を発表しました。従来のFOIPが「法の支配」と「地域連結性」を軸に据えていたのに対し、進化版では三つの重点分野が明示されています。

第一に、エネルギー・重要物資のサプライチェーン強靱化を含む「AI・データ時代の経済エコシステムの構築」です。第二に、「官民一体での経済フロンティアの共創とルールの共有」。そして第三に、「地域の平和と安定のための安全保障分野での連携拡充」です。

高市首相は演説で「自由、開放性、多様性、包摂性、法の支配に基づく国際秩序を築くために、日本の役割を今まで以上に主体的に果たしていく」と述べました。外務省の発表によれば、この構想転換の背景には、経済的威圧を強める中国への対抗と、国際秩序の動揺に対する危機感があります。

日越首脳会談の具体的成果

ベトナムではトー・ラム共産党書記長兼国家主席、レー・ミン・フン首相との会談が行われました。両国は「包括的戦略的パートナーシップ」の一層の強化で合意し、いくつかの具体的成果が得られています。

中東情勢の悪化を踏まえた原油調達での協力に加え、レアアースを含む重要鉱物のサプライチェーン強靱化に向けた官民協力が合意されました。ベトナムはレアアースやガリウムの埋蔵量が豊富であるものの精錬能力が不足しており、中国の加工施設に依存している状況にあります。日本の技術力とベトナムの資源を組み合わせることで、中国依存からの脱却を図る狙いがあります。

さらに、経済安全保障分野の優先協力事項リストが発出され、AI分野や宇宙分野での覚書も交わされました。

日豪関係の新段階——経済安保共同宣言と防衛協力

重要鉱物・エネルギーで結ばれた同盟

5月4日、高市首相はキャンベラでアルバニージー首相と会談し、「経済安全保障協力に関する日豪共同宣言」に署名しました。この宣言に基づき、重要鉱物とエネルギー安全保障に関する二つの共同声明も発出されています。

重要鉱物の分野では、オーストラリアが日本企業の関与するプロジェクトに対し最大13億豪ドル(約930億円相当)の支援を行う計画が示されました。ガリウム、ニッケル、黒鉛、レアアース、蛍石など、半導体やEV電池、防衛装備に不可欠な資源の安定供給を目指すものです。

共同声明では「重要鉱物に対する輸出規制を含む、あらゆる形態の経済的威圧に対して強い懸念を表明する」と明記され、中国を念頭に置いた姿勢が鮮明になりました。

ホルムズ海峡封鎖とエネルギー安全保障の切迫性

今回の日豪合意にとりわけ緊迫感を与えているのが、イラン情勢です。2026年2月28日以降の米国・イスラエルによるイラン攻撃を受け、ホルムズ海峡は事実上封鎖されています。世界の石油・LNG供給量の約5分の1が同海峡を経由しており、アジア太平洋地域への影響は甚大です。

高市首相は記者会見で「ホルムズ海峡の実質的な封鎖がインド太平洋に甚大な影響を及ぼしている」と述べました。オーストラリアは日本のエネルギー供給の約3分の1を担い、LNGの最大供給国でもあります。アルバニージー首相も「液体燃料や石油精製品の供給混乱を強く懸念している」と応じ、エネルギー安全保障での緊密な連携を確認しました。

過去最大の防衛装備輸出——もがみ型フリゲート

日豪関係を象徴するもう一つの大きな動きが、フリゲート艦取引です。2026年4月18日、メルボルンに寄港中の海上自衛隊もがみ型護衛艦「くまの」の艦上で、改良もがみ型フリゲート11隻の共同開発契約が正式に締結されました。

契約規模は最大200億豪ドル(約2兆2000億円)に上り、日本にとって過去最大の防衛装備輸出案件です。最初の3隻は三菱重工業が日本国内で建造し、2029年12月までに引き渡される予定で、残りの8隻は西オーストラリア州で建造されます。

この取引は防衛装備移転三原則の下で進む画期的な案件であり、日豪の防衛協力が「装備品売買」から「共同開発・共同生産」の段階に入ったことを示しています。

米国不在を埋める日本の「主体的外交」

揺らぐ米国へのアジアの視線

今回の歴訪を理解するうえで欠かせないのが、米国の対アジア関与への信頼低下という文脈です。トランプ政権は日本に24%の関税を課し、インド太平洋地域のパートナーとの関係にも不安定さが目立ちます。

米国の外交専門家からは「ホワイトハウスはインド太平洋のパートナーを見捨てつつある」との指摘も出ています。2025年11月に発表された米国の国家安全保障戦略は西半球の優位維持に重点を置いており、インド太平洋への言及は限定的でした。こうした中、アジア各国は米国依存に代わる「プランB」を模索し始めています。

日本が埋めようとする空白

高市首相のベトナム・オーストラリア歴訪は、まさにこの文脈の中で行われました。FOIP進化版の発表は、米国主導の秩序が揺らぐ中で日本自身が地域のルール形成を主導する意思の表明です。

ベトナムとは重要鉱物のサプライチェーンで中国依存を減らし、オーストラリアとはエネルギーと防衛の両面で結びつきを深める。個別の合意を見れば資源外交に見えますが、全体を俯瞰すると、米国の関与が不確実な時代にインド太平洋の安定を日本が能動的に支えるという戦略的メッセージが浮かび上がります。

注意点・展望

実行力と持続性が問われる段階へ

FOIP進化版は野心的な構想ですが、課題も少なくありません。ベトナムとのレアアース協力では、精錬施設の整備に時間とコストがかかります。ベトナムの資源を実際に中国を経由せずに活用できるようになるまでには、数年単位の取り組みが必要です。

日豪フリゲート共同開発についても、技術移転や品質管理、サプライチェーンの構築など、契約から実際の戦力化までには多くのハードルがあります。200億豪ドル規模のプロジェクトが順調に進むかどうかは、両国の政治的意思の持続性にかかっています。

中国の反応と地域バランス

中国メディアはすでに日豪の連携強化を「中国封じ込め」と批判しており、今後の外交関係への影響は避けられません。日本としては、経済安全保障の強化と中国との建設的な関係維持をいかに両立させるかが問われます。ASEAN諸国の中にも米中対立の激化に巻き込まれることを警戒する声があり、日本の「包摂性」の理念がどこまで実態を伴うかが注目されます。

まとめ

高市首相のベトナム・オーストラリア歴訪は、日本の外交戦略が新たな段階に入ったことを示す重要な外遊でした。FOIP進化版による構想の刷新、レアアース・エネルギーでの具体的な供給網構築、そして過去最大の防衛装備輸出と、多層的な成果が積み上げられています。

米国の地域関与に不透明感が漂い、中東危機がエネルギー供給を脅かす中、日本がインド太平洋で「主体的な役割」を果たせるかどうか。その試金石となる政策の輪郭が、この歴訪で明確になりました。構想を実行に移す次の段階こそが、真価を問われる局面です。

参考資料:

石田 真帆

国際安全保障・欧州情勢

欧州・中東の安全保障問題を中心に、軍事と外交の接点から国際秩序の変動を伝える。

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