トランプと取引した大手法律事務所、中間選挙の法廷で沈黙する理由
大手法律事務所の不在が映す選挙防衛の空洞
2026年中間選挙を目前に、トランプ政権と州政府、市民団体の法廷闘争が激しくなっています。ところが、2025年に政権と合意した全米有数の法律事務所9社は、有権者名簿や投票所への連邦要員派遣を争う主要訴訟の公開資料で、中心的な代理人として確認できません。
水面下の助言や個々の弁護士による活動まで否定することはできません。それでも、高度な訴訟能力と豊富な資金を持つ大手が表舞台から退き、市民団体や専門法律組織が緊急対応を担う構図は明瞭です。問題の核心は特定政党への協力ではなく、政権に不利な依頼人も等しく弁護士へアクセスできるかという法の支配の基盤にあります。
9億4000万ドル合意が生んだ萎縮の連鎖
顧客と事業基盤を狙う大統領令
発端は2025年、トランプ大統領が特定の法律事務所を名指しした一連の大統領令でした。命令は弁護士の機密情報取扱資格を停止し、連邦庁舎への立ち入りを制限するだけでなく、各省庁に対して、対象事務所を利用する企業との契約関係まで調査するよう求めました。
法律事務所自身への制裁にとどまらず、顧客企業の政府調達や規制対応にも損失を及ぼし得る設計です。政府との取引が多い金融、エネルギー、防衛、テクノロジー企業を主要顧客とする大手にとって、依頼人の流出を招きかねない経営上の脅威でした。Campaign Legal Centerの訴訟資料も、標的となった背景には選挙訴訟や投票権擁護への関与があったと指摘しています。
2026年の連邦地裁判断は、政権が14週間に5件の大統領令を出し、ほぼ同じ制裁を繰り返したとの訴えを詳しく検討しました。裁判所は、政府に批判的な表現や代理活動を理由とする制裁方針が現実的な萎縮を生じさせたという米国法曹協会の主張について、訴訟を進めるのに十分だと判断しました。判決文には、政権に不利な案件や移民政策に関する依頼を断ったとの具体的な申告も記録されています。
合意した9事務所と争った4事務所の分岐
政権と合意したのはPaul Weiss、Skadden、Willkie Farr、Milbank、Kirkland & Ellis、A&O Shearman、Simpson Thacher、Latham & Watkins、Cadwaladerの9事務所です。無償法律業務の約束はPaul Weissの4000万ドルを皮切りに、4事務所が各1億ドル、残る4事務所が各1億2500万ドルで、合計9億4000万ドルに達しました。Axiosの集計で確認できます。
合意には退役軍人支援や反ユダヤ主義対策などが掲げられましたが、対象業務を誰がどの基準で決めるのかは不透明です。公文書の開示を求めた監視団体American Oversightは、連邦政府が合意関連記録を十分に公開していないとして司法省などを提訴しました。同団体の発表は、サービスの選定や実行状況を外部から検証しにくい問題を浮き彫りにしています。
これに対し、Perkins Coie、Jenner & Block、WilmerHale、Susman Godfreyの4事務所は大統領令を法廷で争い、いずれも連邦地裁で命令の恒久的な差し止めを得ました。政権は一度控訴を取り下げた直後に方針を撤回し、2026年5月には4件をまとめた口頭弁論が開かれています。Perkins Coieの経過説明とAP通信の報道からも、対立がなお継続していることが分かります。
もっとも、合意した9事務所がトランプ政権に対する訴訟を一切扱っていないわけではありません。ロイターは、少なくとも4事務所が洋上風力、関税、移民政策などを巡り、企業や自治体の代理人として政権と争ったと報じています。裁判記録を調べた報道が示すのは、全面的な服従というより、重要顧客の商業案件は受任しても、政権が強く政治問題化する選挙・投票権訴訟では前面に出ないという選別です。
市民団体が支える中間選挙の法廷防衛
カリフォルニア2万人リストの精度問題
司法省は有権者名簿の維持を連邦法上の監督責任と位置付け、州に個人情報を含む名簿の提出を要求してきました。2026年2月には、新たに5州を提訴したと発表し、ボンディ司法長官は正確な名簿が選挙の信頼性に不可欠だと主張しました。司法省の発表は、党派を問わず中立的に執行するとの立場を強調しています。
対立が最も先鋭化したのがカリフォルニア州です。司法省は連邦データとの照合から、2万人を超える登録者を「非市民である可能性が高い」と判断し、該当者の郵便投票を市民権の確認まで別に保管するよう求めました。提訴時の司法省発表は、州が確認作業への協力を拒んだと説明しています。
しかし、連邦地裁のデービッド・カーター判事は、投票手続きが進んだ段階での隔離は選挙に混乱をもたらし、市民の票まで排除する危険があるとして請求を退けました。判断時点で州内では既に370万人以上が投票し、50万票を超える投票用紙が封筒から取り出されていました。カリフォルニア州は約2300万人の登録有権者全員へ郵便投票用紙を送るため、事後的に特定の投票だけを分けることは実務上も困難です。AP通信の判決報道が経緯を詳しく伝えています。
その後、移民支援団体CHIRLAとUCLA Voting Rights Project側が政府リストを分析したところ、記載名の4割超が州の有権者名簿に存在しないと判明しました。一部自治体の照合でも市民を含む誤りが見つかっています。政府側は分析を「活動家団体によるもの」と批判しましたが、選挙直前の大量照合には、同姓同名や古い移民記録によって有資格者を誤認する危険があります。AP通信の追加検証は、リスト作成の透明性が司法審査の焦点になったことを示しています。
市民団体に集中する緊急対応の負荷
投票所への連邦要員派遣も大きな争点です。NAACPなど9団体は、移民・税関捜査局や連邦捜査局の要員が投票所周辺に現れれば、移民と関係を持つ米国市民まで投票を避ける恐れがあるとして提訴しました。原告を支えるのはNational Immigration Law Center、Legal Defense Fund、Brennan Center、Protect Democracyなどの公益団体です。NILCの案件説明に参加組織と請求内容が公開されています。
バージニア州アーリントン郡の訴訟では、Public Rights ProjectとDemocracy Forwardが郡法律顧問と連携しています。原告側は、武装した連邦要員を投票所へ配置することを原則禁じる約150年前の連邦法、行政手続法、州・地方政府の選挙管理権限を根拠としました。Public Rights Projectの発表によると、移民執行による威圧だけでなく、自治体が警備対応へ人員を振り向けざるを得ない損失も争点です。
現場の支援網は急拡大しています。Lawyers’ Committee for Civil Rights Under Law、National Bar Association、National Urban Leagueは、相談電話「866-OUR-VOTE」と法的緊急対応のため、弁護士やロースクール生を共同で訓練しています。3団体の協定は、大手法律事務所に依存しない全国網をつくる試みです。
AP通信によると、民主党系の州組織は約1万人、Common Causeは約1万6000人を監視要員として訓練しました。約300団体で構成するElection Protectionも数万人規模を準備する一方、共和党全国委員会は約2万2000人の投票所職員を確保しています。投票所監視の全体像からは、選挙運営がかつてないほど法務・監視集約型になった実態が見えます。
こうした市民団体は専門性を備えていますが、大手と比べれば人員、データ分析、全国同時訴訟への資金に限界があります。選挙前夜には差し止め請求、証拠開示、控訴対応を数時間単位で進める必要があります。大手9事務所の不在は一つの案件の勝敗だけでなく、限られた公益法務資源を複数州へ分散させる構造的な負担となっています。
選挙後の認証局面まで続く三つのリスク
第一のリスクは、政治的に敏感な依頼人ほど代理人を確保しにくくなることです。大統領令が最終的に無効となっても、顧客契約や庁舎へのアクセスを失うとの脅威が案件審査に組み込まれれば、萎縮効果は残ります。政権と争う権利が、依頼人の資金力や弁護士の政治的安全性に左右されかねません。
第二は、選挙後に訴訟需要がさらに膨らむリスクです。開票、郵便票の有効性、州による結果認証、連邦議会での議員資格確認まで、争点は投票日で終わりません。市民団体が投票所対応で資源を使い切れば、複数州で同時に起きる認証訴訟への対応力が低下します。
第三は、司法への信頼低下です。合意した事務所側は依頼案件を自ら選ぶ権限を維持したと説明しており、選挙訴訟への不参加だけで政権への従属を断定することは適切ではありません。しかし、合意の履行状況が非公開のまま、企業案件では政権を訴え、選挙制度を巡る公益案件では姿が見えない状態が続けば、法務判断より報復回避を優先したとの疑念は強まります。
有権者と企業が検証すべき法曹界の独立
注視すべきなのは選挙結果だけではありません。法律事務所を狙った大統領令の控訴審、各州の有権者データを巡る判決、投票所への連邦要員派遣、そして結果認証訴訟の代理人名を継続的に確認する必要があります。9事務所がどの案件へ人的・金銭的資源を配分するかも、合意の実質を測る指標です。
米国で事業を展開する日本企業にとっても無関係ではありません。外部法律事務所の選定時には、政府との合意内容、利益相反、政権に不利な主張をためらわず行える体制を確認すべきです。有権者は公式の選挙管理情報と超党派の相談窓口を利用し、威圧や投票妨害を記録することが、法廷での迅速な救済につながります。
参考資料:
- ABA対大統領府事件の連邦地裁判断
- 大手法律事務所9社による9億4000万ドルの合意
- 法律事務所を標的にした大統領令への法的対応
- Perkins Coieによる大統領令訴訟の経過
- 法律事務所を巡る控訴方針の再転換
- 9事務所の合意記録を求める情報公開訴訟
- 合意事務所によるトランプ政権への訴訟対応
- 司法省による5州への有権者名簿訴訟
- 司法省によるカリフォルニア州への提訴
- カリフォルニア州の投票隔離請求を退けた判断
- 非市民疑いリストの誤りに関する検証
- NAACPなどによる投票所威圧訴訟
- アーリントン郡による連邦要員派遣への訴訟
- 市民権3団体による中間選挙保護協定
- 中間選挙に投入される投票所監視要員の全体像
米国政治・外交
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