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英国予算、家計支援と財政規律の両立に挑むヒーリー財務相の難題

by 石田 真帆
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ヒーリー初予算を縛った三重の外圧

アンディ・バーナム首相の新政権は10月28日、ジョン・ヒーリー財務相による初の予算を公表しました。焦点は、エネルギー高に苦しむ家計への支援、公的債務を警戒する国債市場への配慮、成長投資や防衛力強化という長期課題を、限られた財源の中でどう両立させるかでした。

結論からいえば、予算は大規模な増税や歳出拡大を避けた「小幅支援・将来引き締め」型です。短期の生活費対策には銀行などへの限定的な増税を充てる一方、公共サービス、防衛、社会保障の難しい選択は2027年の歳出見直しへ送られました。派手さを抑えた姿勢は市場を落ち着かせましたが、危機への耐久力まで高めたとは言い切れません。

物価高下の家計支援と財政規律

エネルギー高と縮む財政余地

英国経済を直撃しているのは、中東紛争とホルムズ海峡の物流混乱に伴うエネルギー価格の上昇です。英政府によると、紛争開始後から10月までに月平均のブレント原油価格は約60%、英国の卸売天然ガス価格は約200%上昇しました。消費者物価上昇率は9月に3.5%となり、予算責任局は2027年1~3月期に3.8%でピークを迎えると予測しています。

英中銀は9月時点で政策金利を3.75%に据え置きましたが、エネルギー高が賃金やサービス価格へ波及する「二次効果」を警戒しています。予算責任局の予測では、実質GDP成長率は2026年の1.2%から2027年には1.0%へ鈍化し、1人当たり実質可処分所得は2026年に0.8%減少します。景気が底堅くても、生活実感が改善しにくい構図です。

物価高は政府にとっても利払い増という形で跳ね返ります。予算責任局は、政府債務の利払いが春の予測より年平均140億ポンド増えると試算しました。日常的な歳出を税収で賄う「安定ルール」に対する財政余地は、3月時点の236億ポンドから150億ポンドへ縮小しています。

ヒーリー財務相は、2029年度までに経常収支を黒字化し、政府の純金融債務をGDP比で低下させる財政ルールを維持しました。公的部門の純借入額は2026年度のGDP比4.2%から2031年度に1.8%へ下がる想定です。ただしIFSは、借入削減の時期が後ろへずれ、将来の厳しい公共支出計画に成否が左右されると指摘しています。

銀行課税で賄う100ポンド給付

家計支援の柱は、イングランドの地方税区分A~Dに属する最大2000万世帯へ、2027年1月から100ポンドを支給する総額26億ポンドの制度です。スコットランド、ウェールズ、北アイルランドにもバーネット方式を通じて財源が配分されます。電気料金に対するVAT軽減も2027年7月まで延長され、同年4月の年間料金上限を約50ポンド押し下げる見込みです。

財源には銀行法人税サーチャージが使われます。税率は2027年1月から15カ月間、3%から6%へ引き上げられます。銀行への課税を恒久化せず、エネルギー支援と同様に時限措置とした点に、金融街との正面衝突を避ける意図が表れています。

燃料税の1リットル当たり5ペンス減税と税率凍結も2027年7月まで延長されます。さらに最低生活賃金は2027年4月から3.9%引き上げられ、時給13.21ポンドとなります。給付、光熱費、ガソリン代、賃金を組み合わせ、幅広い有権者が効果を実感しやすい設計です。

一方、増収策は銀行だけではありません。高額賭博機器への税率は20%から25%へ引き上げられ、不動産所得と貯蓄所得の税率にはそれぞれ2ポイントが上乗せされます。企業や自己申告納税者に税金を早めに納めさせる措置も入りました。IFSは、細かな増減税の積み重ねが税制をさらに複雑にし、経済合理性が明確でない施策も多いと評価しています。

成長投資と防衛負担の先送り構造

地域投資を支える公的金融の拡張

バーナム政権が掲げる「すべての郵便番号での成長」は、ロンドンへの権限集中を緩和し、地方に投資判断を移す構想です。予算は、イングランドの広域自治体に事業税収の一部を移し、最大15億ポンドの融資枠を設けました。自治体が成長による税収増を受け取れる仕組みは、地域開発への動機を強める可能性があります。

住宅分野では、社会・低価格住宅プログラムに15億ポンドを上積みし、約1万戸の追加供給を目指します。英国ビジネス銀行の金融能力も拡大し、成長企業向け融資や地域金融を強化します。政府は今議会期の公共投資を従来計画より1200億ポンド増やす方針を維持しました。

ただし、予算責任局は2027年の企業投資が0.5%減少すると予測しています。高金利、電力コスト、需要の弱さが民間投資を抑えるためです。公的金融が呼び水となるには、融資枠の規模だけでなく、送電網、住宅、技能訓練、都市交通を一体化した実行能力が問われます。

予算は短期的には借入を増やし、後年の税収増と歳出抑制で帳尻を合わせる構造です。IFSによると、新たな支援策は当年度の借入を約80億ポンド、翌年度を約40億ポンド押し上げます。景気浮揚策が生産性や税収につながらなければ、次の予算で増税か事業削減を迫られる可能性があります。

防衛費3%目標に残る財源の空白

国際安全保障の観点で最も重要なのは、英国がGDP比3%の防衛費を2030年、3.5%を2035年に実現する目標を再確認しながら、具体的な財源を次回の歳出見直しへ持ち越した点です。政府研究所は、3%への引き上げだけでも2029年度に約70億ポンドの追加費用が必要になると試算しています。

今回の予算では、国家富裕基金と英国ビジネス銀行が今後4年間に、防衛、軍民両用技術、国家レジリエンス分野へ最大50億ポンドを投融資します。ウクライナには100億ポンド超の追加金融支援を用意し、2030年度まで年30億ポンドの軍事支援を続ける方針です。防衛産業を単なる支出先ではなく、地方雇用と技術革新の基盤に位置付けています。

公的金融や民間資本の活用は、造船所、ドローン、AI、サイバー防衛などへの供給能力を早期に高める利点があります。しかし、融資や出資は国防省の装備調達費そのものを代替できません。弾薬備蓄、兵員、基地、運用維持費には継続的な歳出が必要であり、採算性を求める民間資本だけでは賄えないためです。

社会保障、医療、地方行政がインフレで圧迫される中、防衛費だけを増やせば他省庁の実質削減が深まります。逆に防衛目標を遅らせれば、ロシアの脅威や米国からの負担分担要求に対する英国の信頼性が問われます。ヒーリー財務相は安全保障と財政規律の衝突を解消したのではなく、判断の期限を2027年へ移した形です。

財政余地150億ポンドを脅かす変数

第一のリスクは、中東情勢とエネルギー価格です。予算責任局は、エネルギー価格が想定より低い経路をたどれば、2027年の成長率は0.5ポイント高まり、同年度の借入は120億ポンド減る可能性があると分析しています。反対にホルムズ海峡の混乱が長期化すれば、150億ポンドの財政余地は短期間で失われかねません。

第二は金利と国債需給です。予算発表後、10年国債利回りは約2ベーシスポイント低下し、ポンドも小幅な値動きにとどまりました。市場は大型の財源なき支出がなかったことを歓迎しましたが、2026年度の国債発行計画は2506億ポンドに達します。今後の金利上昇や発行需要の弱まりは、再び利払いを押し上げます。

第三は2027年の歳出見直しです。公共サービスの予算を物価上昇に合わせて増やせなければ、名目額が維持されても医療、教育、地方行政の実質的な提供能力は低下します。防衛費、成人介護、障害給付、若者雇用の詳細も未確定であり、今回示された後年度の収支改善には相当な執行リスクが残ります。

企業と投資家が追うべき三つの指標

今回の英国予算は、家計への即効性ある支援と国債市場への慎重さを両立させました。ただし、その代償として財政余地は縮小し、防衛や公共サービスの構造的な財源問題は解決されていません。「市場が荒れなかったこと」と「財政が強くなったこと」は区別する必要があります。

今後は、原油・天然ガス価格と英中銀の政策金利、10年・30年国債利回り、2027年歳出見直しで示される防衛費と省庁別予算の三つが重要です。企業はエネルギー支援の終了後も採算が合う投資計画かを検証し、投資家は150億ポンドの余地ではなく、その前提となる利払い、税収、実質歳出の変化を追うべきです。

バーナム政権に残された課題は、短期の「呼吸する余地」を生産性向上と持続的な税収へつなげることです。成長が伴わなければ、今回避けた増税と歳出削減は、より厳しい形で次の予算に戻ってきます。

参考資料:

石
石田 真帆

国際安全保障・欧州情勢

欧州・中東の安全保障問題を中心に、軍事と外交の接点から国際秩序の変動を伝える。

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