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なぜエボラ流行で医療者攻撃が広がるのか制度不信と弔いの深層を読む

by 村上 詩織
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医療者攻撃を流行の周縁に置けない理由

感染症の流行で医療者が攻撃される時、それは「科学を知らない人々の暴走」と片づけられがちです。しかし、コンゴ民主共和国東部で繰り返されてきたエボラ対応への反発を見ると、怒りはもっと複雑です。病気そのものへの恐怖、家族を隔離される痛み、遺体に触れられない弔いの喪失、武装紛争の記憶、政府や国際機関への不信が同じ場所に集まります。

2026年のブンディブギョ型エボラ流行でも、治療センターや埋葬チームへの攻撃が報じられています。医療者への暴力は、単に現場の安全問題ではありません。接触者追跡、隔離、早期治療、ワクチンや治療薬の受け入れを止め、流行そのものを長引かせます。本稿では、DRC東部の事例を軸に、感染症対策がなぜ地域の怒りを引き受けるのかを読み解きます。

DRC東部で怒りが医療現場へ向かう回路

ブンディブギョ型流行の重い制約

WHOは2026年5月、DRCとウガンダで確認されたブンディブギョ型エボラについて、公衆衛生上の国際的懸念に当たる緊急事態と判断しました。5月21日時点で、DRCでは83人の確定例と9人の確定死亡例、746人の疑い例と176人の疑い例の死亡が報告され、医療従事者の死亡も確認されていました。接触者の追跡率は同日時点で21%にとどまり、治安悪化と移動制限が調査を妨げていました。

流行はイトゥリ、北キブ、南キブへ広がり、7月中旬のWHOアフリカ地域事務局の状況報告では、感染の持続と地理的拡大が続くと説明されています。AP通信はその後、少なくとも12件の医療施設・医療者への攻撃が記録され、2,181例と864人の死亡が報じられたと伝えました。数字の更新は今後もあり得ますが、対策が安全保障上の制約を受けている点は一貫しています。

今回の流行を難しくしているのは、病原体の性質だけではありません。ブンディブギョ型には承認済みのワクチンや特異的治療薬がなく、早期発見、支持療法、感染予防、接触者追跡が主要な手段になります。つまり地域の協力が失われるほど、医学的な選択肢も狭まります。医療者が恐怖の対象になることは、患者を治療から遠ざけ、未確認の感染連鎖を増やす危険を伴います。

一方で、医療現場には希望もあります。WHOアフリカ地域事務局は5月末、ブニアの病院で治療を受けていた看護師4人が退院したと発表しました。早期に専門施設へつながれば回復の可能性が高まるという事実は、地域に届くべき重要な情報です。ただし、その情報が信頼できる声として届かなければ、治療センターは「助かる場所」ではなく「連れて行かれたら戻れない場所」に見えてしまいます。

弔いを奪われた感覚と埋葬チームへの怒り

エボラは血液、嘔吐物、体液、汚染された物品との接触で広がります。亡くなった人の体にも感染リスクが残るため、流行対応では安全で尊厳ある埋葬が重視されます。しかし、家族が遺体を洗い、衣服を整え、別れの儀礼を行う地域にとって、接触を禁じる措置は深い喪失として受け止められます。医学的に必要な制限でも、説明と参加の手順を欠けば、尊厳を奪う権力行使に変わります。

2026年のAP報道では、怒った群衆が治療センターを襲撃したり、現場の対応チームを標的にしたりした例が報告されています。埋葬チームが脅され、拘束されたケースにも言及されています。ここで重要なのは、埋葬チームが病気を広げる敵として見られるのではなく、家族の最後の権利を奪う制度の顔として見られてしまう点です。怒りの矛先は、決定権を持たない現場労働者へ向かいます。

2023年に発表された北キブ州ベニの埋葬従事者への質的研究でも、埋葬チームは暴力と誤情報を最大の障壁として挙げました。調査対象は12人と小規模ですが、政府不信、宗教的・伝統的理解、政治的疑念が絡み合う様子を具体的に示しています。同研究は、2018年8月から2019年11月にかけて、DRCの医療者や保健システムに対する攻撃が386件、死者7人、負傷者77人記録されたとも整理しています。

この構図は、避難民や貧困層ほど重くのしかかります。イトゥリ州には武装紛争で住まいを追われた人々が多く、WHOも避難民居住地での地域ボランティアの役割を紹介しています。移動を強いられ、学校や医療、行政サービスから遠ざけられた人ほど、公式情報に接する機会は薄くなります。情報不足は個人の怠慢ではなく、制度から遠ざけられてきた時間の結果です。

歴史が示す感染対策と地域不信の反復

選挙不信と武装紛争が作る疑念

DRC東部では、エボラ対応が政治不信と切り離せません。2018年から2020年のDRC第10次エボラ流行は、北キブ、イトゥリ、南キブを中心に3,470人が診断され、2,287人が死亡した大規模流行でした。MSFは、同流行がDRCで過去最大、世界でも2014年から2016年の西アフリカ流行に次ぐ規模だったと整理しています。

この流行では、2018年12月にベニとブテンボで選挙延期が発表され、抗議や不安定化によりエボラ活動が一時停止しました。住民の目には、病気と政治が同じ時期に現れたように映りました。政治的に周縁化され、治安機関や国際部隊への不信を抱く地域で、突然「あなたの町は投票できない」「家族は隔離される」「遺体には触れない」と告げられれば、病気そのものが権力の道具に見えても不思議ではありません。

WHOは2019年4月、カトワの病院が攻撃され、WHOの疫学者リチャード・ムゾコ医師が死亡し、医療者2人が負傷したと発表しました。5月にはカトワで安全埋葬チームが襲撃され、ブテンボ周辺では対応活動が約5日間止まりました。同時点で1,600人の確定・疑い例、1,069人の死亡、97人の医療従事者の感染が報告されています。攻撃は悲劇であるだけでなく、感染制御の目と手を奪いました。

MSFは同じ流行について、エボラだけに支援が集中することへの不満、麻疹など他の病気が放置されているという感覚、対応周辺に治安部隊がいることへの怒りが、地域不信を強めたと説明しています。医療支援は本来、命を守るものです。しかし、食料、教育、一般診療、安全が足りない生活の中で、エボラ対応だけが資金と車両と外国人スタッフを伴って現れると、支援の優先順位そのものが疑われます。

研究が示す信頼と予防行動の相関

制度不信は、単なる感情ではなく、予防行動に影響します。2019年に「The Lancet Infectious Diseases」に掲載された北キブ州ベニとブテンボの調査は、成人961人を対象に、エボラ対応への信頼と誤情報の関係を分析しました。地方当局が住民の利益を代表していると信頼した人は31.9%にとどまり、25.5%はエボラが実在しないと考えていました。

同研究は、低い制度信頼や誤情報への信念が、ワクチン受容、正式な医療受診、感染予防行動の低下と関連すると示しました。これは、住民を非合理的と断じる材料ではありません。むしろ、何を信じるかは、誰が伝えるか、過去にその制度が何をしてきたか、支援が生活全体に届いているかに左右されるという証拠です。

2023年の医療従事者を対象にしたエボラワクチン研究も、紛争下の制度不信が接種態度に影響したと整理しています。緊急使用、説明内容の変化、対象者の選別、外部者が多い接種体制は、科学的には必要でも、地域から見れば「実験」「選別」「支配」と受け止められ得ます。保健教育の不足だけでなく、説明の作り方と参加の仕組みが問われます。

COVID-19とポリオに共通する疑惑

医療者攻撃はエボラだけの問題ではありません。WHOはCOVID-19の流行下で、医療施設、搬送手段、患者、医療者とその家族が世界各地で標的になったと警告しました。感染者を扱う医療者への stigma、隔離施設への反発、病院が感染源だという恐れは、国や所得水準を問わず現れました。未知の病気が社会の不安を増幅する点は共通しています。

ポリオ対策でも同じ構図が見えます。UNICEFはパキスタンで、2018年にバロチスタン州のポリオ接種員2人が殺害された事件を非難しました。WHO東地中海地域事務局も2019年、カイバル・パクトゥンクワ州でポリオ従事者が殺害されたと発表しています。WHOの別資料は、パキスタンでポリオ接種が外国勢力の活動と疑われる背景として、政治的出来事や戸別訪問への不信が影響したと整理しています。

ナイジェリアのUNICEF記事は、別の角度から重要です。ある父親は、蚊帳配布から除外された経験をきっかけに制度への恨みを深め、ポリオ接種にも疑いを向けました。これは、感染症対策への拒否が必ずしもその病気だけから生まれるわけではないことを示しています。過去の支援から排除された記憶、行政への不公平感、地域で説明を受ける機会の差が、次の流行対応への態度を決めます。

天然痘ワクチンの歴史にも、接種への不安や噂はありました。WHOは、ジェンナーのワクチンに対して「牛になる」といった噂が流れたと紹介しています。感染症対策は、昔から身体への介入、国家権力、移動制限、証明書制度と結びついてきました。科学が正しいだけでは十分ではなく、正しい介入が人々の尊厳と納得を伴って行われる必要があります。

信頼回復を遅らせる安全保障化の副作用

治療センターや埋葬チームが襲われる現場で、医療者の安全確保は当然必要です。警備、移動制限、活動停止の判断がなければ、医療者も患者も危険にさらされます。しかし、感染症対応が過度に安全保障化されると、住民の目には「医療」ではなく「制圧」として映ります。防護服、フェンス、武装警備、遠方から来た車列は、命を守る設備であると同時に、距離と不信を可視化します。

MSFは2018〜20年のDRC流行で、治安部隊の存在が対応への怒りを強めたと指摘し、軍事的な存在が医療施設に入ることは人道原則にも抵触するとして一部地域から撤退しました。安全を守るための措置が、地域の協力を失わせるなら、感染制御としては逆効果になり得ます。医療者を守ることと、地域に脅威として見せないことは、同時に設計しなければなりません。

信頼回復の鍵は、住民を説得対象に閉じ込めないことです。WHOが2026年のイトゥリ州で紹介した地域ボランティアの取り組みは、避難民居住地で住民の質問に答え、噂に向き合う役割を担っています。外部の専門家だけでなく、地域の言語、宗教、移動パターン、弔いの実践を知る人が前面に立つほど、説明は命令ではなく対話になります。

同時に、エボラだけを切り出した支援では不十分です。一般診療、妊産婦ケア、子どもの予防接種、教育、食料、避難民支援を同時に整えなければ、住民は「なぜこの病気だけに資金が来るのか」と感じます。公衆衛生のメッセージは、生活全体への支援と結びついて初めて信頼されます。病気を止めるためにも、病気以外の困りごとを無視しない姿勢が必要です。

次の流行対応で優先すべき地域の主導権

エボラ流行で医療者への怒りが生まれるのは、病気が恐ろしいからだけではありません。流行対応が、政治不信、治安の記憶、支援格差、弔いの喪失、情報へのアクセス格差を一気に表面化させるからです。現場の医療者や埋葬チームは、その構造の最前線に立たされます。暴力を正当化する余地はありませんが、暴力を防ぐには背景を見なければなりません。

次の流行対応で優先すべきなのは、地域を「従わせる対象」ではなく「対策を設計する主体」として扱うことです。埋葬手順に家族の参加を残す工夫、地域リーダーと女性ボランティアへの早期権限移譲、避難民や学校に通えない子どもを含む情報提供、エボラ以外の医療ニーズへの投資が欠かせません。医療者を守る最も持続的な手段は、地域が医療者を自分たちの味方だと感じられる条件を作ることです。

参考資料:

村上 詩織

移民・難民・教育格差

移民・難民・教育格差など、社会の周縁に置かれた人々の声を丁寧に取材。制度と現実のギャップを浮き彫りにする。

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