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エリザベス・ウォルド氏が107歳で死去、先住民音楽の開拓者

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はじめに

西洋クラシック音楽と中南米先住民の伝統音楽を融合させた先駆者として知られるバイオリニスト兼民族音楽学者のエリザベス・ウォルド氏が、107歳で死去しました。1918年にワシントン州タコマで生まれたウォルド氏は、クラシック音楽の正統な教育を受けながらも、先コロンブス期の楽器をレコーディングスタジオに初めて持ち込んだ人物として知られています。彼女の音楽は、後に「エキゾチカ」と呼ばれるジャンルの開拓に大きく寄与し、ワールドミュージックやニューエイジ音楽の先駆けともなりました。1世紀を超える生涯を通じて、異文化間の音楽的架け橋を築き続けた彼女の功績は、現代の多文化的な音楽シーンにも深い影響を与えています。

先住民音楽との出会いと転機

幼少期からクラシック音楽の道へ

エリザベス・アン・ウォルド(旧姓デンツェル)は1918年6月18日、ワシントン州タコマに生まれました。母のジェーン・アルシア・ブロジェットはボストン音楽院で学んだ歌手であり、父のベンジャミン・フランクリン・ウォルドはラルフ・ワルド・エマーソンの子孫にあたる人物でした。ウォルド氏はヤカマ先住民居留地の端にある家族の牧場で育ち、3歳で歌い始め、5歳でバイオリンを手にしました。

その才能はすぐに認められ、ロシア出身の巨匠バイオリニスト、ヤッシャ・ハイフェッツが彼女の演奏を聴き、フィラデルフィアの名門カーティス音楽院への奨学金取得を後押ししました。カーティス音楽院ではエフレム・ジンバリストに師事し、本格的なクラシック音楽の訓練を受けています。

南米ツアーと音楽考古学への目覚め

1940年、指揮者レオポルド・ストコフスキーがウォルド氏を新設のオール・アメリカン・ユース・オーケストラに招きました。このオーケストラは1940年に南米、1941年に北米をツアーし、米国の第二次世界大戦参戦に伴い解散しましたが、この南米ツアーこそがウォルド氏の人生を決定づける転機となりました。ツアー中に先コロンブス期の楽器の収集を開始し、「音楽考古学」への生涯にわたる探求が始まったのです。

その後、ロサンゼルス・フィルハーモニックで第一バイオリン奏者として1シーズン在籍した後、ソリストとしてラテンアメリカに戻り、パナマ、コスタリカ、コロンビア、ペルー、チリ、キューバ、メキシコで演奏活動を行いました。やがてメキシコシティに定住し、先住民音楽の研究に没頭する中で、壁画家ディエゴ・リベラと深い友情を育みました。リベラは、先コロンブス期の楽器を他者にも演奏できるよう教えるために、独自の象形文字的楽譜記法を開発するよう助言したとされています。

エキゾチカの先駆者としての功績

革新的なアルバム三部作

1954年から1955年にかけて、ペルー系米国人ソプラノ歌手イマ・スマックのバイオリニストとして活動した経験に触発され、ウォルド氏はロサンゼルスに戻り、北米・南米・中米の先住民楽器を使って自作曲を演奏するアンサンブルを結成しました。

その成果が3枚の画期的なアルバムとして結実しています。『マラカトゥ』(1959年)、『ライツ・オブ・ザ・ペイガン』(1960年)、『レルム・オブ・ジ・インカス』(1961年)です。これらのアルバムは、当時の民族音楽学者たちが制作していたフィールドレコーディングとは根本的に異なるものでした。最先端のハイファイおよびステレオ録音技術を用いてスタジオで制作され、すべての楽曲がウォルド氏のオリジナル作曲によるものだったのです。先コロンブス期の楽器と西洋のオーケストレーションを組み合わせた、まったく新しいアメリカ音楽の形がそこにはありました。

映画音楽と教育活動への貢献

ウォルド氏は1945年の映画『ソング・オブ・メキシコ』にバイオリニストとして出演し、1970年代初頭からは映画のサウンドトラック制作にも取り組みました。さらに1980年代には中国音楽にも関心を広げ、ロサンゼルス統一学区の学校で中国の音楽と舞踊を紹介するアンサンブルを結成するなど、音楽教育の分野でも活躍しました。

彼女は先コロンブス期の珍しい楽器を録音し、先住民の忘れ去られた音楽を再現した最初の人物として広く認められています。その革新的なアプローチは「エキゾチカ」というジャンルの先駆者として評価されるとともに、後のアバンギャルドやニューエイジの多文化的な潮流を先取りしたものとして、ワールドミュージックの源流にも位置づけられています。

注意点・展望

エリザベス・ウォルド氏の死去は、20世紀のアメリカ音楽史における重要な一章の終わりを意味します。しかし、彼女が開拓した「西洋クラシックと先住民音楽の融合」という手法は、現代の音楽シーンにおいてますます重要性を増しています。近年ではグローバルな音楽の多様性が再評価される中で、異なる文化的伝統を敬意を持って融合させるウォルド氏のアプローチは、文化的盗用と文化的交流の境界線について考える上でも示唆に富んでいます。

ウォルド氏が収集した先コロンブス期の楽器コレクションや、彼女が開発した独自の記譜法は、民族音楽学の貴重な資料としての価値を持ち続けています。ヤカマ先住民居留地の近くで育った幼少期の原体験が、ラテンアメリカの先住民文化への深い共感へとつながり、1世紀以上にわたる音楽的探求を支え続けたことは、芸術家としての一貫した姿勢を物語っています。

まとめ

エリザベス・ウォルド氏は、クラシック音楽の厳格な訓練を受けながらも、中南米先住民の伝統音楽に人生を捧げた稀有な音楽家でした。ハイフェッツに見出された天才少女から、ストコフスキーのオーケストラ団員を経て、先コロンブス期の楽器を用いた独自の音楽世界を築き上げた彼女の歩みは、文化の壁を超えた芸術の可能性を示しています。107歳という驚異的な長寿を全うし、エキゾチカの先駆者、ワールドミュージックの源流の一人として、音楽史にその名を刻みました。

参考資料:

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