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ホルムズ危機の原油高で潤う資源国と苦しむ輸入国の構図が鮮明化

by 三浦 愛子
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原油高が国家所得を動かす構図

イラン戦争による原油高は、単なるエネルギー価格の上昇ではありません。ホルムズ海峡を通る原油と石油製品の流れが細り、輸出できる国と輸入せざるを得ない国の間で、国家所得が大きく移転している点が重要です。

国際エネルギー機関(IEA)は、湾岸産油国からの累計供給損失がすでに10億バレルを超え、1400万バレル超の日量供給が止まっているとしています。米エネルギー情報局(EIA)も、2024年時点でホルムズ海峡が世界の石油・石油製品消費の約2割に相当する日量2000万バレル前後を担っていたと整理しています。

そのため勝者は「産油国」一般ではありません。高値を享受できるだけの輸出余力があり、なおかつホルムズ海峡に閉じ込められていない国が有利です。一方、地下に原油があっても出荷ルートを失った国や、輸入価格を国内物価に転嫁される国は、原油高の局面でもむしろ敗者になります。

非湾岸産油国が利益を取り込む理由

米国とカナダの輸出余力

今回の油価ショックで最も分かりやすく恩恵を受けるのは、米国とカナダです。米国は世界最大級の産油国であり、ホルムズ海峡を経由しないメキシコ湾岸から原油・石油製品を輸出できます。Axiosは、米国の原油輸出が近年おおむね日量350万〜450万バレルで推移し、4月には月間平均で初めて日量500万バレルに届くとの市場見通しを紹介しています。

ただし、米国にも万能感はありません。別のAxiosの分析では、原油と石油製品を合わせた米国輸出は直近週に日量1290万バレルへ達した一方、港湾や大型タンカーの手配、国内在庫の制約により、追加的な輸出には上限があると指摘されています。つまり米国は高値で売れる立場にありますが、ホルムズの穴を単独で埋める立場ではありません。

カナダも構造的な勝者です。EIAは、米国、ガイアナ、カナダ、ブラジルの米州4カ国が2025〜2026年の非OPECプラス供給増をけん引すると見てきました。特にカナダは、アルバータ州の内陸原油を太平洋側へ運ぶトランスマウンテン・パイプライン拡張により、アジア向け輸出の選択肢を広げています。

金融市場の視点では、米国とカナダの利益は国庫収入よりも企業収益と資本市場に出やすい構造です。高値はシェール企業、パイプライン会社、港湾インフラ、石油サービス会社のキャッシュフローを押し上げます。一方で米国内のガソリン価格も上がるため、産油州と消費者、株主と家計の間で利害が割れます。

大西洋圏とロシアの追い風

ブラジル、ガイアナ、アルゼンチン、ノルウェーなど、ホルムズから離れた産油国にも追い風が吹いています。IEAは5月の石油市場報告で、米州の2026年供給成長見通しが年初から日量60万バレル超上方修正され、平均で日量150万バレルになったと説明しています。さらに大西洋圏の原油輸出は2月以降、日量350万バレル増え、米国、ブラジル、カナダ、カザフスタン、ベネズエラが伸びたとしています。

ブラジルとガイアナの強みは、沖合プロジェクトの増産タイミングが価格上昇局面と重なっていることです。EIAは、ブラジルではサントス盆地のFPSO投入、ガイアナではスタブローク鉱区の開発が生産増を支えると見ています。資源国にとって、同じ1バレルを売るなら高値局面で出せるほど財政と外貨収入への効果は大きくなります。

ロシアはより複雑な勝者です。Reuters系配信によると、米国は3月、海上にあるロシア産原油・石油製品の購入を30日間認める制裁免除を出しました。対象は約1億バレルに及ぶ可能性があるとされ、ホルムズ危機で市場を安定させる狙いでした。IEAも、ロシアの製油所が攻撃を受けて国内処理が落ちた結果、原油輸出が増えたと分析しています。

モスクワ・タイムズがIEAを引用して報じたところでは、ロシアの4月の原油・石油製品輸出収入は191億8000万ドルとなり、前年同月比で62億8000万ドル増えました。これは、ウクライナ戦争を背景にした制裁の目的と、イラン戦争で必要になった供給確保が衝突していることを示します。高値はロシア財政を助ける一方、西側の制裁政策の一貫性を弱める副作用を持ちます。

輸送制約で沈む湾岸とアジア経済

ホルムズ依存国の収入圧迫

原油高の局面でも、湾岸産油国の全てが勝者になるわけではありません。IEAは、サウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)にはホルムズ海峡を迂回する一部ルートがある一方、イラン、イラク、クウェート、カタール、バーレーンは大半の輸出を同海峡に依存すると説明しています。輸出できないバレルは、価格が上がっても収入になりません。

サウジアラビアは例外的に耐性があります。AP通信によると、サウジアラムコは一部輸出を東西パイプラインに移し、同パイプラインは日量700万バレルの最大能力で稼働しているとされます。同社の第1四半期利益は25%増えました。これは、輸送路を持つ産油国が高値局面で損失を抑え、むしろ収益を伸ばせる典型例です。

しかし、そのサウジでさえ完全な勝者ではありません。APは、アラムコの2025年第4四半期の生産が日量1110万バレルだったとも伝えています。日量700万バレルの迂回能力は大きいものの、通常時の全量をそのまま代替するものではありません。EIAも、サウジとUAEの既存パイプラインで使える迂回能力を約日量260万バレルと見積もっており、通常のホルムズ通過量に比べれば限界があります。

イラク、クウェート、バーレーンはさらに厳しい位置にあります。Reutersのファクトボックスは、ホルムズの船舶通航がほぼ止まったことに加え、バーレーンの38万バレル日量のシトラ製油所が攻撃後に不可抗力を宣言したこと、イランが国内向けを優先してイラクへの天然ガス供給を止めたことを報じています。原油高は、供給障害を受けた湾岸諸国にとって財政余裕ではなく操業リスクとして表れています。

アジア輸入国に広がる物価圧力

最大の負担を背負うのは、ホルムズ原油に依存するアジアです。EIAは、2024年にホルムズを通った原油・コンデンセートの84%、LNGの83%がアジア向けだったと推計しています。中国、インド、日本、韓国だけでホルムズ経由の原油・コンデンセート流量の69%を占めていました。

IEAも、2025年のホルムズ通過原油約1500万バレル日量のうち、中国とインドが合わせて44%を受け取っていたとしています。日本と韓国はIEA加盟国の中でも依存度が高い国です。今回の危機は、米国経済にも痛みを与えていますが、物理的な供給不安という意味ではアジアの方が深刻です。

実際、IEAは中国の海上原油輸入が2月から4月にかけて日量360万バレル減り、日本は日量190万バレル、韓国は日量100万バレル、インドは日量76万バレル減ったとしています。これは単なる節約ではなく、入手できる原油の種類、船舶、保険、精製設備の組み合わせが崩れていることを意味します。

米国でも家計への波及は鮮明です。米労働統計局(BLS)によると、4月の消費者物価指数は前月比0.6%、前年比3.8%上昇し、エネルギー指数は前月比3.8%、前年比17.9%上がりました。ガソリンは前月比5.4%、前年比28.4%の上昇です。AP通信は、全米平均ガソリン価格が5月上旬に1ガロン4.5ドル前後となり、イラン戦争前から約5割高い水準だと報じています。

物流面でも痛みは広がっています。AP通信は、シンガポールの船舶用バンカー燃料が戦前の1トン約500ドルから5月初めに800ドル超へ上昇したと伝えました。海上輸送は世界貿易量の大部分を担うため、燃料高は食品、衣料、機械、電子部品など広範な価格に時間差で及びます。輸入国の「損失」は、貿易収支だけでなく、インフレと実質所得の低下として現れます。

高値長期化で強まる政策リスク

油価ショックの厄介さは、高値が続くほど政治が市場に介入しやすくなる点です。EIAは5月の短期エネルギー見通しで、4月のブレント原油が一時1バレル138ドルへ上昇し、月平均117ドルだったと説明しました。5〜6月は平均106ドル前後を見込む一方、ホルムズ再開が1カ月遅れれば、短期的な原油価格は現在見通しより20ドル超高くなる可能性があるとしています。

価格が家計を直撃すれば、政府は備蓄放出、燃料税停止、輸出規制、制裁免除などを組み合わせます。実際、AP通信はトランプ政権が連邦ガソリン税停止に言及したと報じ、Reuters系配信はロシア産原油の制裁免除を伝えています。市場安定を狙う措置でも、誰に利益を与え、誰から収入を奪うのかという政治問題を避けられません。

もう一つのリスクは、需要破壊です。IEAは2026年の世界石油需要が前年比日量42万バレル減り、事前予想より日量130万バレル弱くなると見ています。EIAも、2026年の需要成長見通しを2月時点の日量120万バレルから、5月時点では日量20万バレルへ下げました。高値は産油国の収入を押し上げますが、航空、石油化学、海運、消費財の需要を冷やせば、いずれ価格の土台も弱まります。

この局面では、OPECプラスの増産合意も市場心理ほどには実需を動かしません。AP通信は、サウジアラビア、ロシア、イラク、クウェート、カザフスタン、アルジェリア、オマーンの7カ国が6月から日量18万8000バレルの増産で合意したと報じました。ただしホルムズ海峡が詰まっている限り、紙の上の増産は船に積める供給とは別物です。生産能力ではなく、出荷できる場所が価格を決める局面になっています。

投資家が確認すべき原油相場の分岐点

今回の原油高で潤う国は、米国、カナダ、ブラジル、ガイアナ、ロシア、そして一部の迂回ルートを持つサウジアラビアやUAEです。反対に、輸出路を失ったイラン、イラク、クウェート、バーレーン、LNGでホルムズ依存が大きいカタール、そして日本、韓国、インド、中国などの輸入国は、価格高の痛みを受けやすい立場です。

投資家が見るべき指標は、原油価格そのものだけではありません。ホルムズの船舶通航量、サウジとUAEの迂回輸出量、大西洋圏からアジアへのタンカー流入、米国の原油・石油製品在庫、ロシア産原油への制裁運用、そしてBLSのエネルギー価格です。これらが同時に変わることで、勝者と敗者の顔ぶれも変わります。

短期的には、原油高は資源株と一部通貨を支えます。しかし中期的には、インフレ再燃、実質消費の悪化、中央銀行の利下げ余地縮小、制裁政策の揺らぎが重なります。油価ショックを「産油国の勝ち」とだけ見るのではなく、輸送路、精製能力、政策対応まで含めて、所得移転の行き先を追う必要があります。

参考資料:

三浦 愛子

米国経済・金融市場

米国経済の構造変化を、金融市場・財政政策・産業動向の三軸で分析。ウォール街と実体経済のギャップを見抜く。

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