ノーベル賞がん研究者ビショップ氏が90歳で死去
ノーベル賞がん研究者ビショップ氏の死去
がん遺伝子(オンコジーン)の発見により1989年のノーベル生理学・医学賞を受賞した米国の微生物学者、J・マイケル・ビショップ氏が2026年3月20日、サンフランシスコで肺炎のため死去しました。90歳でした。
ビショップ氏はハロルド・ヴァーマス氏との共同研究で、正常な細胞に存在する遺伝子ががんの原因となりうることを証明し、がん研究のパラダイムを根本的に変えました。また、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)の学長として大学の大規模な拡張を主導した教育者でもありました。
がん遺伝子発見の革命的業績
ラウス肉腫ウイルスから始まった研究
ビショップ氏の研究の出発点は、1911年にペイトン・ラウスが発見した「ラウス肉腫ウイルス」にさかのぼります。このウイルスはニワトリにがんを引き起こすことが知られていましたが、そのメカニズムは長らく謎でした。
ラウス肉腫ウイルスには、ウイルス自身の増殖に関わる遺伝子のほかに、細胞をがん化させる特殊な遺伝子「v-src」が含まれていることが判明していました。しかし、この遺伝子がどこから来たのかは解明されていませんでした。
「がんの種は正常細胞の中にある」
1970年、ハロルド・ヴァーマス氏がポスドクとしてビショップ氏の研究室に加わり、2人の画期的な共同研究が始まりました。ビショップ氏は後に、「我々の関係は急速に対等なものへと発展し、その成果は2人の足し算をはるかに超えるものだった」と回想しています。
2人が約20年にわたる研究で突き止めたのは、ウイルスのがん遺伝子「v-src」の元となる遺伝子「c-src」が、正常な細胞の中にすでに存在しているという事実でした。つまり、がんを引き起こす遺伝子はウイルスが持ち込んだものではなく、正常な細胞が本来持っている成長制御遺伝子(がん原遺伝子=プロトオンコジーン)が変異したものだったのです。
この発見は、がんの理解に革命をもたらしました。がんは外部からの侵入者によって引き起こされるのではなく、私たち自身の遺伝子の機能不全から生じるという概念が確立されたのです。
ノーベル賞受賞とその後の影響
1989年ノーベル生理学・医学賞
ビショップ氏とヴァーマス氏は1989年、「正常な細胞の成長制御遺伝子が機能不全を起こし、がんの異常な増殖過程を開始しうること」の発見で、ノーベル生理学・医学賞を受賞しました。2003年には、科学への長年の貢献に対し、米国国家科学賞も授与されています。
現代のがん医療への貢献
ビショップ氏とヴァーマス氏の発見は、その後のがん研究の方向性を決定づけました。c-srcの発見をきっかけに、数多くの「がん原遺伝子」が次々と特定されていきました。
がん原遺伝子には、細胞増殖因子やその受容体のチロシンキナーゼ、rasのような低分子量Gタンパク質、mycやetsなどの転写因子が含まれます。これらの知見は、分子標的薬の開発へとつながり、現代の個別化医療(プレシジョン・メディシン)の基盤を形成しています。
現在、がんゲノム医療ではがんの遺伝子異常の全容を解明する試みが進められており、患者一人ひとりの遺伝子異常に基づいた治療法が選択される時代になっています。その原点にあるのが、ビショップ氏とヴァーマス氏による「がんの種は私たちの体の中にある」という発見です。
UCSF学長としての貢献
大学の転換期を主導
ビショップ氏は1998年にUCSFの第8代学長に就任し、2009年までその職を務めました。研究者としての第一級の実績を持ちながら、大学運営にも卓越した手腕を発揮しました。
学長在任中、ビショップ氏はミッションベイキャンパスの開発を含む大規模な拡張事業を主導しました。この開発により、UCSFは研究施設と臨床施設の大幅な拡充を実現しています。
また、大学初となる包括的な多様性推進の戦略計画を策定し、支援的な職場環境の構築にも取り組みました。フィランソロピー(慈善活動)による資金調達の拡大にも成功し、UCSFの財政基盤を強化しています。
がん原遺伝子概念が支える現代治療
ビショップ氏の死去は、がん研究における一つの時代の終わりを象徴しています。しかし、彼が切り拓いた「がん原遺伝子」という概念は、今日の分子生物学・がん医療の根幹として生き続けています。
共同研究者のハロルド・ヴァーマス氏(84歳)は、その後米国国立衛生研究所(NIH)の所長やメモリアル・スローン・ケタリングがんセンターの所長を歴任し、科学行政の面でも大きな貢献を果たしています。
がんゲノム医療の進展により、ビショップ氏の業績の価値はむしろ年を追うごとに高まっています。遺伝子異常に基づく個別化治療、免疫チェックポイント阻害薬、CAR-T細胞療法など、現代のがん治療の革新のすべてが、ビショップ氏らによるがん遺伝子研究の延長線上にあります。
ビショップ氏が築いたがん研究と教育の遺産
J・マイケル・ビショップ氏は、「がんは私たち自身の遺伝子から生じる」という革命的な発見によって、現代のがん研究と治療の基盤を築きました。ハロルド・ヴァーマス氏との約20年にわたる共同研究は、科学史における最も実り豊かなパートナーシップの一つとして記憶されるでしょう。
研究者としてのノーベル賞受賞に加え、UCSF学長として大学の発展にも尽力したビショップ氏の功績は、科学と教育の両面にわたる偉大な遺産です。
参考資料:
- J. Michael Bishop, who illuminated genetic roots of cancer, dies at 90 - The Washington Post
- J. Michael Bishop – Biographical - NobelPrize.org
- J. Michael Bishop and Harold Varmus: Partnering to Uncover Human Cancer-Causing Genes - Lasker Foundation
- J. Michael Bishop | Biography, Nobel Prize, & Facts - Britannica
- John Michael Bishop - Biography - A History of UCSF
- がん遺伝子 - Wikipedia
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