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燃料不足が促すロシアの中国EV購入と精油所攻撃が映す戦争長期化

by 石田 真帆
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燃料行列が変えたロシア都市部の車選び

産油大国ロシアで、ガソリンやディーゼルの入手不安が日常の移動を揺さぶっています。ウクライナによる精油所や燃料施設への長距離攻撃が続き、モスクワやシベリアの給油所で行列、販売制限、特定油種の欠品が報じられるようになりました。

その結果、これまで高価で都市部向けの選択肢と見られてきた中国製EVやプラグインハイブリッドが、単なる環境商品ではなく「燃料リスクを避ける手段」として見直されています。車の購入判断は、家計や嗜好だけでなく、戦争が社会にどこまで入り込んだかを示す指標になりつつあります。

重要なのは、これはロシアが一気にEV大国へ転じたという話ではない点です。むしろ、精製能力への攻撃、政府の輸出制限、中国メーカーの市場浸透、充電網の偏在が重なり、戦時経済のひずみが自動車市場に表面化した現象です。

精油所攻撃で揺らぐ産油国の供給網

攻撃頻度と処理能力の低下

国際エネルギー機関(IEA)によると、ロシアには主要精油所が32カ所あり、設備上の精製能力は日量約650万バレルです。ところが2026年6月の精製処理量は日量380万バレルまで落ち込み、20年以上で最も低い水準となりました。前年同月比では約3割の低下です。

IEAは、2026年1〜8月にロシアの精油所が平均3日に1回の頻度で攻撃を受けたと分析しています。8月下旬時点で、主要精油所のうち無傷だったのは東シベリアや極東の5カ所だけとされます。ウクライナの長距離攻撃能力が、ロシア領内の奥深いエネルギー施設にまで届くようになったことを示しています。

攻撃の効果は、単に火災を起こすことではありません。IEAは、ウクライナ側が原油を初期処理する常圧蒸留装置だけでなく、ガソリンや軽油の品質と収率を高める二次処理装置も狙う傾向を強めていると見ています。こうした装置は修理に時間がかかり、深刻な損傷なら復旧に半年以上を要する場合があります。

モスクワ精油所も2026年6月の攻撃で大きな損傷を受け、2027年初めまで停止する可能性が報じられました。ロシア側は保守延期、遊休設備の再稼働、在庫放出で補おうとしていますが、制裁で部品調達が難しくなっているため、同じ施設への反復攻撃は累積的なダメージを残します。

輸出制限と国内価格への波及

精製能力の低下は、ロシア国内の供給政策を変えました。政府はガソリンと航空燃料の輸出を制限し、ディーゼル輸出の全面停止にも踏み切りました。ロシア副首相アレクサンドル・ノバク氏は、損傷した精油所によりガソリンとディーゼルの生産量が一時的に減ったと説明し、国内市場安定化のために輸出禁止、在庫放出、保守延期、石油製品輸入などの措置を示しました。

Associated Pressは、2026年春以降にウクライナがロシアと占領下クリミアの精油所、油槽所、ターミナルなどへ50件超の攻撃を行ったと集計しています。燃料配給が多くの地域で導入され、イルクーツクでは給油待ちの列に仮設トイレを設ける対応まで報じられました。モスクワのように比較的豊かな大都市でも、給油所の行列は例外ではなくなっています。

プーチン大統領も6月末、運転者や企業に問題が残っており、求める油種が見つからない状況があると認めました。10月には、ウクライナの精油所攻撃によりロシア経済が国内総生産の約1%相当の損失を受けたとの見方も示しています。ロシア政府は「一時的」「管理可能」と強調しますが、エネルギー輸出国が国内燃料供給の安定を優先せざるを得ない構図は、戦争のコストが一般市民の生活圏に届いたことを物語ります。

燃料危機は国際市場にも波及します。IEAはロシアのガソリン生産が2025年比で約20%、ディーゼル生産が約30%落ちたと推定し、ロシア産ディーゼル輸出の減少が国際的な中間留分市場を引き締めていると指摘しました。戦場の攻撃対象が精油所に移ったことで、地域戦争がエネルギー製品の供給網全体に影響する段階に入っています。

中国EVが埋める西側撤退後の空白

中国ブランドの市場支配

ロシアの自動車市場は、2022年の全面侵攻後に構造が大きく変わりました。欧州、日本、韓国、米国のメーカーが販売や生産を停止し、現地資産を売却したため、供給の空白を中国メーカーが埋めました。Rhodium Groupは、中国系メーカーのロシア乗用車市場シェアが2021年の9%から2023年には61%へ急伸したと分析しています。

この傾向は2026年にも続いています。ロシアの市場調査会社NAPIによれば、2026年1〜3月の新車市場で、中国ブランド、ロシア国内で組み立てられる中国系モデル、中国企業と関係する新興ロシアブランド、BELGEEを合わせた販売は15万2000台でした。市場シェアは58.2%で、ロシアの自動車販売はすでに中国供給網と切り離しにくい状態です。

中国側にも輸出を押し出す理由があります。中国国内では価格競争が激しく、メーカーは海外市場で利益率を確保しようとしています。AP通信は、中国の2025年の自動車輸出が700万台を超え、新エネルギー車の輸出も260万台に達したと報じました。ロシアはラテンアメリカ、中東、欧州、東南アジアと並ぶ主要輸出先の一つです。

つまり、ロシアの燃料不足に中国EVが入り込むのは偶然ではありません。西側企業の撤退で販売網が空き、中国メーカーがモデル数、価格帯、部品供給を広げ、ロシア側も制裁下で代替先を求めてきた流れの上にあります。燃料危機は、その構造変化を加速させる引き金になりました。

EVより先に伸びるプラグインハイブリッド

ただし、伸びているのは純粋なEVだけではありません。Reutersが報じたAutostatとロシア産業貿易省のデータでは、2026年1〜5月の新車プラグインハイブリッド販売は約2万4600台で前年同期比125%増、新車EV販売は4460台で19%増でした。燃料不足が強まった6月には販売がさらに加速し、ある週のプラグインハイブリッド登録は1754台と、年平均の週次ペースを大きく上回りました。

9月時点のReuters報道では、2026年6〜8月の新車EV・プラグインハイブリッド販売は2万6543台でした。前年同期の1万2187台から2倍超となり、多くが中国製または中国系モデルです。ロシアのガソリン生産が8月末に国内消費の約70%相当まで落ちたことも、代替車への関心を押し上げました。

モスクワの中国車専門ディーラーEN Carsでは、数週間前まで月に2〜3台だったEV販売が、1日2〜3台に増えたと報じられています。購入者の関心は高級モデルだけでなく、200万〜250万ルーブル程度の比較的安いモデルにも広がりました。これは富裕層の趣味的消費から、燃料行列を避ける実用的な選択へ需要の性格が変わりつつあることを示します。

一方で、プラグインハイブリッドが純EVより現実的に見られる理由も明確です。都市部の日常移動は電気で賄い、長距離や充電網の薄い地域では内燃機関を使えます。国土が広く、寒冷地が多く、地方の充電インフラが弱いロシアでは、完全な電動化よりも「燃料リスクを減らすが、完全には手放さない」選択が受け入れられやすいのです。

充電網と冬が制約する普及シナリオ

中国EVの追い風があるとしても、ロシアの電動化には明確な上限があります。Reutersは、ロシアのEV市場が広大な国土、厳しい気候、限られた充電網によって抑えられてきたと指摘しています。都市部で自宅や職場に充電環境を持つ層にはEVが有利でも、集合住宅や地方都市、長距離移動の多い世帯では使い勝手に不安が残ります。

モスクワは例外的に整備が進んでいます。市の交通当局によると、「エネルギー・モスクワ」プロジェクトの都市型充電ステーションは450基超となり、2026年に72基が追加されました。利用セッションは累計200万回に達し、150kW級の急速充電器も整備されています。さらに2026年には、最大550基の急速充電ステーション設置・保守に向けた長期契約が進められています。

それでも、首都の数字をロシア全体にそのまま当てはめることはできません。大都市ほどEVの利便性が高く、周辺部ほどプラグインハイブリッドや天然ガス転換のような中間的対応が選ばれやすい構図です。Rosatomの充電網では、6月下旬の1週間に利用が40%増えたと報じられましたが、これは需要の拡大と同時に、既存インフラへの負荷も示しています。

冬場の性能低下も無視できません。寒冷下では航続距離が縮み、暖房やバッテリー温度管理に電力を使います。ロシアの買い手がEVに関心を持ちながらも、完全な乗り換えではなくハイブリッドを選びやすいのは合理的です。燃料不足が続けばEV需要は伸びますが、充電網、所得、金利、修理部品、寒冷地適性がそろわなければ、市場全体を一気に塗り替えるほどの力にはなりません。

日本の読者が追うべき三つの指標

ロシアの中国EV購入増は、自動車ニュースであると同時に、安全保障ニュースです。第一に見るべきは、精油所の処理量とガソリン・ディーゼル生産の回復度です。IEAが見込むように精製処理が低水準にとどまれば、燃料不足は一時的な混乱ではなく、戦争遂行能力と市民生活を同時に圧迫する慢性問題になります。

第二に、輸出禁止、燃料輸入、販売制限の継続期間です。産油国ロシアが国内向け供給を守るため輸出を止めるほど、外貨収入と国内安定の間の矛盾は深まります。第三に、EVとプラグインハイブリッドの販売比率、中国ブランドの在庫、充電網の地方展開です。ここに、ロシア経済の対中依存がどこまで不可逆になるかが表れます。

戦争は前線だけでなく、精油所、給油所、販売店、家庭の車庫にも影を落とします。ロシアの道路で増える中国EVは、環境転換の象徴というより、燃料という国家の基礎インフラが攻撃対象となった時代の生活防衛策です。今後も車種別販売、精製能力、燃料価格を並べて見ることで、戦争の持続コストをより立体的に読み取ることができます。

参考資料:

石
石田 真帆

国際安全保障・欧州情勢

欧州・中東の安全保障問題を中心に、軍事と外交の接点から国際秩序の変動を伝える。

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