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トランプ選挙改革、SAVE法案が変える米投票制度の大きな焦点

by 長谷川 悠人
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米選挙制度を揺らす国籍証明要求

トランプ大統領が求める選挙制度改革は、単なる本人確認強化ではありません。議会で審議されるSAVE法案、2025年3月25日の大統領令、州の有権者名簿を連邦データで照合する構想が重なり、米国選挙の分権的な運営そのものを組み替える試みになっています。

2026年6月には、トランプ氏がSAVE America Actの成立を他の主要法案への署名条件にする動きも表面化しました。焦点は「非市民投票を防ぐ」という政治的に強い言葉です。ただし、連邦選挙で非市民が投票することはすでに違法で、違反すれば罰則や移民上の不利益があります。争点は不正防止の必要性よりも、証明書類を持たない有資格者をどこまで巻き込むか、そして大統領が州選挙管理へどこまで介入できるかにあります。

SAVE法案が狙う登録制度の再設計

下院通過後に残る上院の壁

議会で中心にあるのは、共和党のチップ・ロイ下院議員が提出したH.R.22、正式名称「Safeguard American Voter Eligibility Act」です。通称はSAVE Actで、ホワイトハウス周辺ではより政治的な呼称としてSAVE America Actの文脈でも語られています。法案は2025年1月3日に提出され、4月10日に下院を220対208で通過しました。その後は上院に送付されましたが、成立にはなお上院での手続きと採決が必要です。

2026年6月時点でも、この論点は共和党内の議会運営を揺らしています。Axiosは、SAVE America Actをめぐり下院共和党が上院の対応に不満を強め、下院本会議の手続き投票まで滞る場面が出ていると報じました。トランプ氏は住宅関連の超党派法案への署名をいったん取りやめ、SAVE America Actの成立を先に求めたとされます。選挙制度法案が、住宅政策や国防権限法案の審議にも影を落としている構図です。

法案の核心は、連邦選挙の有権者登録に「米国市民であることを示す文書」を要求する点です。州は、申請者が文書を提示しない限り、連邦選挙向けの登録申請を受理、処理できなくなります。対象は新規登録だけでなく、引っ越し後の再登録や登録情報の更新にも及び得ます。米国では転居が多く、Censusなどの人口移動統計を見ても、登録情報の更新は日常的な選挙実務です。したがって、制度変更の影響は「初めて投票する人」だけに限られません。

法案は、REAL ID法に準拠し市民権を示す身分証、米国パスポート、出生地を示す軍身分証と勤務記録、出生地を示す政府発行写真付きID、写真付きIDと出生証明書や帰化証明書の組み合わせなどを証明手段として列挙しています。一方で、一般的な運転免許証は必ずしも市民権を示しません。多くの州では合法滞在者にも運転免許証が発行されるため、本人確認と市民権確認は制度上別物です。

国籍書類を求める実務負担

SAVE法案は、書類を持たない申請者に別の証拠提出手続きを設けるよう州に求めています。しかし、その裁量を担うのは現場の州・地方選挙当局です。法案本文は、証明書類を提示しなかった申請者を登録した選挙職員に対する民事訴訟や刑事罰も規定します。つまり、現場職員は「有資格者を登録し損ねるリスク」と「登録した結果、後から責任を問われるリスク」の間に置かれます。

この設計は、米国の有権者登録の実務を大きく変えます。郵送登録、オンライン登録、大学や教会、地域団体による登録活動は、本人がその場で出生証明書やパスポートを提示できない場合に機能しにくくなります。Brennan Centerは、投票年齢の米国市民のうち2,100万人超が市民権証明書類をすぐに用意できないとする調査を示しています。Guardianが報じた同調査でも、約9%の有資格者が翌日にパスポート、出生証明書、帰化書類を出すことが難しく、約400万人は市民権証明のいずれの形にもアクセスできないとされます。

過去の州レベルの実験も、制度の重さを示しています。Brennan Centerは、カンザス州の類似制度が連邦裁判所で退けられるまでに3万1,000人の有資格者の登録を妨げたと整理しています。アリゾナ州でも、既存登録者の市民権データをめぐるシステム上の問題が2024年に20万人超の投票資格を一時的に不安定にしました。こうした事例は、登録名簿の「精度向上」が常に有資格者の排除リスクを伴うことを示しています。

大統領令で広がる連邦管理の射程

郵便投票期限と資金停止の圧力

トランプ氏の構想は議会法案だけではありません。2025年3月25日に署名された大統領令14248「Preserving and Protecting the Integrity of American Elections」は、選挙支援委員会に対し、全国郵便有権者登録フォームへ市民権証明を求めるよう促しました。証明書類として、米国パスポート、市民権を示すREAL ID、米国市民であることを示す軍身分証、政府発行の写真付きIDと市民権証明の組み合わせなどを挙げています。

大統領令はさらに、国土安全保障省、国務省、社会保障局などに州・地方選挙当局へのデータ提供を求めています。国土安全保障省はDOGE管理者と連携し、州の公開有権者名簿やリスト管理状況を連邦移民データベースなどと照合する方向を示しました。これは、州が主体となってきた名簿管理に、連邦行政機関が直接関わる余地を広げるものです。

もう一つの柱が郵便投票です。大統領令は、連邦選挙で投票日後に届いた郵便・不在者投票を最終集計に含める州に対し、司法省が法執行を進めるよう求めました。また、選挙支援委員会の資金配分を、投票日の受領期限に従うことと結びつける構想も盛り込まれました。APは、2025年6月時点で18州とプエルトリコが、投票日以前の消印を条件に投票日後に到着した郵便投票を受け入れていると報じています。ワシントン州では2024年に30万票超が投票日後に到着したとされ、期限変更の影響は無視できません。

有権者名簿照合と司法判断

大統領令は、選挙機器にも及びます。投票システムがバーコードやQRコードに票を格納して集計する方式を原則避け、投票者が確認できる紙の記録を求める方向を示しました。選挙安全保障の観点から紙記録を重視する議論自体は、超党派で存在します。しかし、既存認証の取り消しや再認証を短期間で求めれば、州や郡は調達、検査、職員研修を同時に迫られます。

ここで問題になるのは、米国憲法上の選挙権限です。州は連邦議会選挙の「時、場所、方法」を定める基本権限を持ち、連邦議会はそれを規制できます。しかし、大統領に同じ権限が与えられているわけではありません。APによれば、マサチューセッツ連邦地裁のデニス・キャスパー判事は2026年6月、2025年に出した暫定的な差し止めを恒久的な禁止へ移し、大統領令の大部分を実施できないと判断しました。判決は、州と議会が選挙規則を定める権限を持ち、トランプ氏の要求は権力分立に反すると見ました。

政権側の論理は、州ごとの選挙規則のばらつきが不信を生むため、連邦レベルで最低基準をそろえるべきだというものです。これは選挙後の紛争を減らすという主張と結びつきます。一方、反対側は、連邦政府が有権者登録、名簿照合、郵便投票、選挙機器、資金配分を一体で動かせば、州が持つ選挙管理の安全弁が失われると見ます。制度論としては、不正防止よりも権限集中の可否が争点です。

投票権と選挙管理を圧迫する副作用

SAVE法案と大統領令が抱える最大の副作用は、証明できない人と資格がない人を実務上混同しやすいことです。出生証明書の原本を紛失した高齢者、結婚や離婚で名前が変わった人、帰化書類をすぐ提示できない移民系市民、部族地域や地方に住み行政窓口へ行きにくい人は、いずれも市民でありながら登録手続きでつまずく可能性があります。

名簿浄化も同じ構造です。Brennan Centerは、2024年のアラバマ州の非市民疑いリスト3,251人に少なくとも2,000人の有資格者が含まれていたと指摘しています。バージニア州でも1,600人規模の名簿削除が問題化しました。市民権は帰化により変化するため、古いデータで照合すれば、合法的に投票できる新市民が誤って疑われます。2024年には約80万人が帰化したというUSCISの数字もあり、静的なデータ照合だけでは不十分です。

政治的には、トランプ氏にとってこの争点は強い動員材料です。国境管理、移民、選挙不信を一つの物語にまとめられるからです。ジョージア州の監査では登録有権者820万人のうち非市民と特定されたのは20人で、APも非市民投票はまれだと整理しています。それでも、例外的な事例を制度全体の危機として訴える政治効果は大きいです。

ただし、制度として実施するには、上院手続き、裁判所、州選挙当局、郡レベルの事務能力という複数の壁があります。2026年中間選挙に向けては、成立の可否だけでなく、裁判で止まった政策を政治メッセージとして使い続ける戦略にも注意が必要です。

日本が読むべき米民主主義の変質

日本から見るべき点は、米国の選挙制度が単に「本人確認を厳しくするか」という技術論にとどまらないことです。州ごとに違う制度を連邦がどこまで統一できるか、行政機関が有権者名簿をどこまで扱えるか、選挙不信を前提にした政治がどこまで制度を変えるかが問われています。

SAVE法案は、成立すれば有権者登録の前提を大きく変えます。成立しなくても、共和党州による類似法、連邦データ照合、郵便投票への圧力は続く可能性があります。米国政治を読むうえでは、投票率の上下だけでなく、誰が登録しやすくなり、誰が登録しにくくなるかを追う必要があります。そこに、2026年以降の米国民主主義の実像が表れます。

参考資料:

長谷川 悠人

米国政治・外交

米国政治の内幕を、ホワイトハウスから議会まで多角的に分析。政策決定のプロセスと日本への影響を鋭く読み解く。

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