NewsAngle
NewsAngle

米太陽電池メーカーが挑むタンデム技術と中国量産競争への本格逆襲

by 坂本 亮
URLをコピーしました

米国がタンデム太陽電池に賭ける背景

太陽光発電の競争軸が、安いパネルを大量に並べる時代から、同じ面積でより多くの電力を得る時代へ移りつつあります。背景にあるのは、AIデータセンター、製造業の国内回帰、電化による電力需要の増加です。米エネルギー情報局は、米国の電力需要がデータセンターなどに押され、2026年と2027年に伸びると予測しています。

そのなかで米国メーカーが狙うのが、シリコン太陽電池の上にペロブスカイト層を重ねるタンデム太陽電池です。中国が既存の太陽光サプライチェーンを圧倒するなか、米国は単純な量産規模ではなく、次世代技術への飛躍で主導権を取り戻そうとしています。

30%級効率を狙うペロブスカイトの原理

シリコンの限界を超える二層構造

現在の主流は結晶シリコン太陽電池です。成熟した技術で、信頼性も高く、世界中の発電所や住宅に導入されています。しかし、単一材料で太陽光を電気に変える方式には物理的な限界があります。すべての波長を効率よく電気に変換できるわけではなく、一部の光は熱として失われます。

タンデム太陽電池は、この弱点を二層構造で補います。上層のペロブスカイトがシリコンの苦手な波長を吸収し、下層のシリコンが残りの光を電力に変えます。米エネルギー省は、ペロブスカイトをシリコンなど別の吸収材料と組み合わせることで、単独材料より高効率なセルを作れると説明しています。

この発想自体は新しくありません。宇宙用や特殊用途では多接合太陽電池が使われてきました。ただし、従来の高効率多接合セルは高価で、地上の大規模発電所に大量導入するには向きませんでした。ペロブスカイトが注目されるのは、低温プロセスや薄膜形成との相性がよく、既存のシリコン基盤に重ねられる可能性があるからです。

薄膜材料がもたらす製造上の利点

ペロブスカイト層は非常に薄くできます。Tandem PVは、自社技術についてペロブスカイト層がシリコンより大幅に薄く、既存のシリコン系インフラと組み合わせやすいと説明しています。もし量産時に均一な膜を大面積で形成できれば、セルそのものを巨大化するよりも効率改善の近道になります。

この「既存設備をすべて捨てずに性能を上げる」という点が、米国勢にとって重要です。米国は中国ほど巨大な太陽電池サプライチェーンを持っていません。新規工場をゼロから積み上げるだけでは時間も資本も不足します。既存のシリコンセル、ガラス、モジュール組み立て工程に追加する形なら、量産立ち上げの難度を下げられます。

ただし、実験室の高効率と発電所で25年以上使える製品は別物です。DOEは、ペロブスカイトの商用化課題として、耐久性、スケール時の変換効率、製造再現性、第三者検証と銀行適格性を挙げています。これは技術が未熟というより、太陽電池が屋外で長期間使われるインフラ製品であることの重さを示しています。

中国優位を崩す米国製造網の現実

LONGiとTrinaが示す先行速度

中国勢は、すでに次世代技術でも先行姿勢を強めています。LONGiは2026年7月、結晶シリコン・ペロブスカイトのタンデムセルで35.5%の変換効率を達成し、欧州のESTIによる認証を受けたと発表しました。これは商用品ではなく研究用セルですが、研究開発の速度を示す重要な指標です。

Trina Solarも2026年6月、ペロブスカイト・結晶シリコンのタンデムモジュールで907W、全面積モジュール効率29.2%をTÜV SÜDが確認したと発表しました。さらに同社は、タンデムモジュールの商用案件にも踏み出しています。中国企業は、研究室の記録だけでなく、量産規格に近いモジュールへ移す工程を急いでいるのです。

この背景には、既存サプライチェーンの圧倒的な厚みがあります。IEAは、太陽光パネルの製造段階全体で中国のシェアが80%を超えると指摘してきました。さらに2026年版の分析でも、中国は太陽光サプライチェーン生産能力の約85%、ウェハーでは95%を占めるとしています。

つまり、中国は安い既存品だけの国ではありません。低コスト量産で得た資金、設備、人材を次世代技術へ投じられる構造を持っています。米国がタンデムで逆転を狙うなら、効率の数字だけでなく、量産歩留まり、材料調達、品質保証、長期保証まで含めて勝負する必要があります。

Tandem PVと新興勢の量産シナリオ

米国側でも動きは加速しています。カリフォルニアのTandem PVは、ペロブスカイト・シリコンタンデムパネルを米国内で製造する方針を掲げ、30%級のパネル効率を前面に出しています。同社は、同じ面積でより多くの電力を生み、土地、架台、工事などモジュール以外のコストを下げられる点を訴求しています。

Swift Solarは2026年、Meyer Burgerの製造資産と知的財産を取得し、米国でのペロブスカイト・シリコンタンデム量産に向けた基盤づくりを進めると発表しました。まず高効率シリコンヘテロ接合セルを立ち上げ、その後ペロブスカイト層を重ねる構想です。これは、研究開発企業から製造企業へ変わるための重要な一歩です。

Caeluxも異なる経路を取っています。同社はSolxと5年間で3GW規模の提携を発表し、ペロブスカイトを組み込んだ発電ガラスを既存モジュールに統合する方式を打ち出しました。公表値では効率28%を掲げ、既存のシリコンモジュール製造ラインに近い形で導入できる点を強調しています。

一方で、米国の既存製造基盤も無視できません。Qcellsはジョージア州カータースビルで、インゴット、ウェハー、セル、モジュールを一体で扱う工場のセル生産開始を発表し、完全稼働時にセル3.3GW、モジュール3.5GW規模を見込んでいます。First Solarは、結晶シリコンとは異なるCdTe薄膜で、2026年に世界年産約25GWの能力を見込むと説明しています。

これらはすべてタンデム企業ではありません。しかし、米国が太陽光産業を再構築するには、新興タンデム企業だけでは足りません。既存の薄膜大手、シリコン製造拠点、政策支援、買い手である電力会社や開発事業者がつながって初めて、中国に対抗できる産業生態系になります。

耐久性と銀行適格性が握る普及条件

タンデム太陽電池の最大の焦点は、効率ではなく耐久性です。高効率セルを実験室で作ることと、砂漠、高温多湿、寒冷地、沿岸部で長期稼働する発電設備にすることは違います。DOEは、ペロブスカイトが湿気、酸素、光、熱、電圧などで劣化し得るため、商用化には長期安定性が不可欠だとしています。

米国では、Sandiaなどが関わるPACTが第三者検証の役割を担っています。PACTは2026年7月時点で、10社と10研究機関から1000を超えるペロブスカイトPVモジュールを受け入れ、屋内外での劣化、性能、試験手順を検証しています。これは投資家や発電事業者にとって重要です。発電所は技術の夢だけでは融資を受けられず、劣化率、保証、保険、実発電量の予測が必要だからです。

もう一つのリスクは、ラボ記録の読み違えです。LONGiの35.5%は非常に大きな成果ですが、研究用セルと商用モジュールは比較対象が異なります。大面積化すると膜の均一性、配線抵抗、封止、歩留まりが効いてきます。Trinaの907Wモジュールのように、産業規格に近い形で高効率を示す発表が増えるほど、競争は研究室から製造現場へ移ります。

コスト面でも油断はできません。IEAは、中国の優位が規模、生産効率、統合された供給網、政策支援に支えられていると分析しています。米国勢が高効率で勝っても、追加工程が高すぎれば発電コストは下がりません。タンデムが普及するには、パネル単価ではなく、土地、架台、配線、施工、保守を含む総コストで優位を示す必要があります。

読者が注視すべき商用化の判定軸

今後の焦点は、米国企業が「高効率の発表」から「融資可能な量産品」へ移れるかです。見るべき指標は明確です。第一に、第三者認証された商用サイズモジュール効率です。第二に、実屋外試験と加速試験で確認された劣化率です。第三に、GW級工場での歩留まりと出荷実績です。第四に、国内調達や関税リスクを含めた供給安定性です。

太陽光発電は、気候政策だけでなく、AI時代の電力インフラ、製造業政策、安全保障の論点になりました。米国のタンデム太陽電池は、中国をすぐに追い抜く魔法の技術ではありません。しかし、同じ面積からより多くの電力を得る技術が量産に乗れば、太陽光の経済性をもう一段押し下げる可能性があります。次の数年は、効率記録よりも、工場、保証、発電実績のニュースを追うべき局面です。

参考資料:

坂
坂本 亮

テクノロジー・サイエンス

宇宙開発・AI・バイオテクノロジーなど最先端の科学技術を、社会的インパクトの視点から読み解く。技術と倫理の交差点を追い続ける。

関連記事

中国輸出ブームを支える税還付と人民元安の政策構造と財政リスク

中国の輸出は2026年1〜8月に20.17兆元へ拡大しました。背景には増値税還付、実質人民元安、内需不足を補う産業政策があります。一方で輸出還付は財政赤字を膨らませ、EU・米国の反発も強めています。太陽光・電池の還付縮小が示す転換点から、輸出主導モデルの持続性を解説。為替・税制・外交圧力の連鎖を読み解く。

中国AI過剰利用が招く感情依存と社会リスクへの最新規制強化策

中国で生成AI利用が生活相談、恋愛、農業支援まで広がり、CNNICは利用者5.15億人を確認。豆包など国産アプリの急伸と同時に、政府は感情依存、未成年者保護、AI生成偽情報への規制を強めている。AIプラス政策の推進と社会リスク管理が併走する中国モデルの焦点を、利用者数、新規制、企業対応から読み解く。

中国燃料輸出規制再開で深まる今秋のアジアディーゼル危機と市場不安

中国が10月の燃料輸出許可を絞り、8月に601万トンまで回復した精製品供給が再び細る恐れが出ています。中東戦争、ロシア製油所攻撃、中国国内在庫の低下が重なるなか、ディーゼル高騰はアジアの輸入国だけでなく欧州の備蓄放出や米国の輸出規制論にも波及。日本企業が注視すべき物流コストも含め、エネルギー安全保障の焦点を解説。

中国オープンウェイトAIが示すサイバー規制の限界と米中競争激化

AIハッカーTenzaiのHackerOne首位到達とZ.aiのGLM-5.2、GLM-5.3評価を軸に、中国発オープンウェイトAIが脆弱性発見を安価に拡張する一方、悪用や米中規制競争を加速させる構図を分析。NIST、Semgrep、HackerOneの資料から企業防衛と安全保障の論点を解説。

最新ニュース

AIデータセンター投資がFRB利上げを長引かせる米国経済の構図

FRBが政策金利を3.75〜4.00%へ引き上げても、AIデータセンター投資は減速していません。巨大テックの資金力、電力料金、半導体価格、企業債市場を通じたインフレ圧力を整理し、住宅や中小企業には痛みが出る一方で利上げ効果がAI投資に届きにくい米国経済の新構造と今後の注目指標を投資家向けに読み解く。

中国輸出ブームを支える税還付と人民元安の政策構造と財政リスク

中国の輸出は2026年1〜8月に20.17兆元へ拡大しました。背景には増値税還付、実質人民元安、内需不足を補う産業政策があります。一方で輸出還付は財政赤字を膨らませ、EU・米国の反発も強めています。太陽光・電池の還付縮小が示す転換点から、輸出主導モデルの持続性を解説。為替・税制・外交圧力の連鎖を読み解く。

Claude意識論争、Anthropicの道徳AI設計と宗教

AnthropicがClaudeの憲法、モデルウェルフェア、15超の宗教・文化対話を通じて進めるAI道徳設計を検証。70万件の会話分析やJスペース研究、バチカン文書、EU AI Actの透明性要件を踏まえ、「意識」を認める前に必要な証拠と企業が機械に価値判断を託す時代の公共的な監督責任も深く読み解く。

米気候訴訟が転機、州と都市はなぜ石油大手を法廷で追及するのか

米最高裁が審理するボルダーの気候訴訟は、州・都市が石油大手に災害費用と欺瞞の責任を問う流れの試金石です。トランプ政権の規制撤回、クリーンエア法の先占、自治体財政への影響、ニューヨーク州法の挫折、企業側の反論まで整理し、訴訟が連邦制とエネルギー政策を揺さぶる構図、日本企業や投資家が見るべき焦点を解説。

マスク氏の国防助言復帰で再燃する米軍事契約と利益相反の新火種

ヘグセス国防長官がマスク氏らを未来戦研究「プロジェクト・メリディアン」に起用。SpaceXやAndurilの大型国防契約、連邦諮問委員会の倫理規則、ドローン・AI調達の加速が重なる構図を整理し、中国抑止や本土防衛を掲げる米国防政策に利益相反問題が与える影響と今後の調達透明性、議会監視の論点を読み解く。