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ヴァレリー・ペリン死去、カンヌ受賞の名女優82歳

by 黒田 奈々
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ヴァレリー・ペリン82歳死去と代表作

2026年3月23日、米国の女優ヴァレリー・ペリンがビバリーヒルズの自宅で亡くなりました。82歳でした。パーキンソン病との15年にわたる闘病の末の死去でした。

ペリンは1974年の映画「レニー」でカンヌ国際映画祭の女優賞を受賞し、アカデミー賞主演女優賞にもノミネートされました。また、「スーパーマン」シリーズでのミス・テシュマッカー役でも広く知られています。ラスベガスのショーガールからハリウッドスターへと駆け上がった彼女の生涯を振り返ります。

ラスベガスから銀幕へ

軍人家庭に育った少女時代

ヴァレリー・リッチー・ペリンは1943年9月3日、テキサス州ガルベストンで生まれました。父ケネスは陸軍中佐、母ルネはダンサーでした。軍人の家庭に育った彼女は、幼少期から日本、パリ、アリゾナ州スコッツデールなど各地を転々としました。

この環境が、後の大胆で自由奔放なキャリア選択の素地となったと言われています。ペリンは学業を離れ、ラスベガスへと向かいました。スターダストホテルの「リド・ド・パリ」ショーのリードダンサーとなり、華やかなショービジネスの世界に足を踏み入れたのです。

映画デビューと注目作

1972年、ペリンはジョージ・ロイ・ヒル監督の「スローターハウス5」で映画デビューを果たしました。カート・ヴォネガットの同名小説を原作とするこの作品で、ペリンはエイリアンに誘拐されるポルノ女優モンタナ・ワイルドハック役を演じ、大胆なパフォーマンスで一躍注目を集めました。

この初期のキャリアでは、セクシーなイメージが先行していましたが、ペリンの才能はそれだけにとどまりませんでした。やがて、彼女は演技力で批評家の絶賛を受けることになります。

「レニー」とキャリアの頂点

ボブ・フォッシー監督との出会い

1974年、ペリンのキャリアを決定づける作品が公開されます。ボブ・フォッシー監督の「レニー」です。この映画は、1960年代の伝説的コメディアン、レニー・ブルースの生涯を描いた伝記映画で、ダスティン・ホフマンが主演を務めました。

ペリンはブルースの妻で元ストリッパーのハニー・ブルース役を演じました。薬物依存と夫婦関係の崩壊に苦しむ女性を、繊細かつ力強く表現したその演技は、批評家から絶賛されました。

カンヌ女優賞とオスカーノミネート

「レニー」での演技により、ペリンは1975年のカンヌ国際映画祭で女優賞を受賞しました。さらに、英国アカデミー賞(BAFTA)の最優秀新人賞を受賞し、アカデミー賞主演女優賞にもノミネートされました。

それまでセクシーなイメージで知られていた女優が、一気にハリウッドの最高峰で評価されたこの転換は、映画史に残る印象的なキャリアの変貌でした。ペリンの演技力が本物であることを、世界が認めた瞬間だったのです。

「スーパーマン」と幅広い活躍

ミス・テシュマッカー役で世界的人気に

1978年、ペリンはリチャード・ドナー監督の「スーパーマン」で、悪役レックス・ルーサー(ジーン・ハックマン)の秘書ミス・イヴ・テシュマッカー役を演じました。コミカルでチャーミングなこの役柄は、シリアスな演技とは異なるペリンの魅力を見せるものでした。

1980年の「スーパーマンII」でも同役を再演し、この二作品を通じて世界的な知名度を獲得しました。1979年のサターン賞では助演女優賞にノミネートされています。

その他の代表作

ペリンの活躍は多岐にわたります。1976年の「ミスター・フィールド」ではW・C・フィールズの愛人カルロッタ・モンティを演じ、1979年の「電気騎手」ではロバート・レッドフォード演じるロデオチャンピオンの元妻役を務めました。いずれの作品でも、彼女の存在感は際立っていました。

1970年代から80年代にかけて、ペリンは確かな演技力と華やかさを兼ね備えた女優として、ハリウッドで独自のポジションを確立していたのです。

パーキンソン病との闘いと晩年

15年にわたる闘病

2015年頃、ペリンはパーキンソン病と診断されました。この難病は徐々に彼女の身体機能を奪い、移動能力や食事、会話に大きな支障をきたすようになりました。

晩年は経済的にも厳しい状況にあったとされ、友人のステイシー・サウザー氏がGoFundMeページを立ち上げ、葬儀費用への支援を呼びかけています。かつてハリウッドの頂点に立った女優が、晩年に経済的困難に直面するという現実は、エンターテインメント業界の厳しさを示すものでもあります。

残された遺産

ペリンの死去は、友人のサウザー氏を通じて発表されました。弟のケネス氏が唯一の近親者として残されていますが、彼もまたパーキンソン病と診断されています。

ペリンが残した映画作品群は、1970年代のハリウッドの輝きを今に伝えるものです。セクシーなイメージを超えて真の演技力を証明し、カンヌという世界最高峰の舞台で認められた彼女の功績は、映画史に刻まれ続けるでしょう。

パーキンソン病とSAG-AFTRA支援課題

ペリンの死去は、高齢のハリウッドスターが直面する健康と経済の問題を改めて浮き彫りにしました。パーキンソン病は進行性の神経疾患であり、長期的な介護が必要となります。米国の俳優組合(SAG-AFTRA)は会員向けの健康保険や年金制度を提供していますが、十分な支援が行き届いているかについては継続的な議論があります。

ペリンの作品は現在もストリーミングサービスなどで視聴可能なものがあり、彼女の演技力を改めて評価する機会は残されています。特に「レニー」での演技は、映画史の教科書的な名演として今後も語り継がれるでしょう。

ショーガールからカンヌ女優賞への軌跡

ヴァレリー・ペリンは、ラスベガスのショーガールからカンヌ映画祭女優賞受賞者へと、異例のキャリアを歩んだ女優でした。「レニー」での繊細な演技、「スーパーマン」でのチャーミングな存在感、そして多くの作品で見せた幅広い演技力は、1970年代ハリウッドの黄金期を象徴するものです。

パーキンソン病との15年の闘病を経て82歳で旅立ったペリンの生涯は、華やかさと困難の両面を持つものでした。その演技と生き様は、映画を愛する人々の記憶に長く残り続けるでしょう。

参考資料:

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黒田 奈々

カルチャー・エンタメ

エンタメ・アート・スポーツを横断的にカバー。ポップカルチャーの潮流とビジネスの交差点から、文化の「いま」を切り取る。

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