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映画『The Drama』解説 ゼンデイヤとA24の不穏な恋愛劇

by 黒田 奈々
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はじめに

A24の新作『The Drama』は、ゼンデイヤとロバート・パティンソンという現代のスター俳優を前面に出しながら、観客に心地よい恋愛映画を提供する作品ではありません。A24公式の説明は「婚約中のカップルが予想外の出来事で結婚式の週に揺らぐ」という最小限のものですが、公開直前の批評では、その「予想外」がかなり重く、観客の倫理感や共感の条件そのものを試す設計だと受け止められています。

この作品が重要なのは、単なる話題作だからではありません。A24が得意としてきた「ジャンル映画の見た目を借りて、より不穏な主題を持ち込む」方法が、今回はロマンティックコメディーの器で行われているからです。この記事では、作品の基本情報、批評が割れている理由、そしてA24時代の映画マーケティングとして何が起きているのかを整理します。

作品の基礎情報と企画の背景

A24とクリストファー・ボルグリの組み合わせ

A24公式サイトによると、『The Drama』は2026年4月3日に公開されたクリストファー・ボルグリ脚本・監督作で、主演はゼンデイヤとロバート・パティンソンです。あらすじも極めて簡潔で、婚約したカップルが結婚式直前に試されるという程度にとどめられています。つまり、作品の売り方そのものが「何が起きるかは伏せる」という方向で統一されています。

ボルグリは前作『Dream Scenario』でも、ありふれた人物に社会的不安や集団心理を投影する作風で注目されました。Boston.comのレビューは、彼の短いフィルモグラフィーが一貫して「社会規範への疑義」や「キャンセル文化の偽善」を扱ってきたと指摘しています。今回もその延長線上にあり、恋愛映画に見せかけながら、実際には人が他者の過去をどこまで引き受けられるかを問う作品だと見た方が実態に近いです。

ボストン撮影とスター起用の意味

Boston.comの2024年10月記事によれば、本作はボストンを中心に、2024年10月21日ごろから12月18日ごろまで撮影され、ニューヨークやロサンゼルスでも撮影が行われたとされています。作品内でもボストンの都市空間が重要な質感を持っており、The New Yorkerはその映像を「黄金色の午後の暖かさ」と形容しつつ、そこに強い不協和音を流し込む演出を評価していました。

主演2人の起用も大きいです。ゼンデイヤは大衆性と洗練を兼ね備え、パティンソンは不安定な男性像を演じるときに最も輝く俳優です。Los Angeles Timesは、2人が世界的スターでありながらも、カメラの前でぎこちなさを演じ切れる点を評価しました。A24にとってこの組み合わせは、観客を安心させるためのスター性でありつつ、その安心を裏切るための装置でもあります。

批評が割れる理由と論点

ロマコメの器に入った危険な告白

Rotten Tomatoesのレビュー集約記事は、本作を「2026年で最も語られる作品の一つ」と位置づけ、暗く居心地の悪いユーモアと衝撃的な告白が関係を崩していく構図を紹介しています。複数の批評を読むと、物語の中心にあるのは、結婚前の会話ゲームの中で明かされる取り返しのつかない過去です。RogerEbert.comやThe New Yorkerのレビューは、その告白が単なるサプライズではなく、結婚という制度、赦し、恐怖、社会的ラベルといった論点を一気に噴出させる仕組みだと見ています。

この設計が支持を集めるのは、ロマンティックコメディーに通常求められる「気まずさの解消」ではなく、「気まずさをどこまで維持できるか」が作品の駆動力になっているからです。Boston.comは、本作を「挑発し、不安にさせ、笑ってよいのか迷わせる」映画だと評しました。つまり、本作の面白さは好感度ではなく、観客の足場を崩すことにあります。

踏み込みの大胆さと掘り下げ不足

一方で、批評が割れる最大の理由もそこにあります。RogerEbert.comは、作品が真に扱うべき心理的・社会的な複雑さに十分届いていないと批判しました。特にゼンデイヤ演じるエマの内面や、暴力とジェンダー、人種がどう重なって見られるかという論点が、提示されるほどには掘り下げられていないという指摘です。

The Wrapも同様に、本作は不快さの演出には成功しているが、その不快さを支える思想がどこまで自覚的かは怪しいと論じています。レビュー中では、作品全体に「空気の悪さ」が漂い、しかもどこかウディ・アレン的な神経症的会話劇の影があるとまで言われました。The New Yorkerも、魅力的な着想を持ちながら、その主題を正当化し切れていないと判断しています。

ただし、それでも俳優の強さは広く認められています。Los Angeles Timesはパティンソンを「打ちのめされる男」を演じる名手として捉え、ゼンデイヤとの相互作用に見応えがあると書きました。作品そのものへの評価は割れても、主演2人が観客を最後まで引っ張るという点ではかなり一致しています。

A24時代の話題化設計と観客体験

情報を絞る宣伝設計

本作の宣伝で目立つのは、内容説明を極端に削り、雰囲気だけを先行させている点です。A24公式サイトのシノプシスはほぼ無臭ですが、Rotten Tomatoesの批評まとめでは早くから「観客に激しい会話を生む作品」として扱われていました。作品の核心を正面から説明しないまま、口コミとレビューで温度を上げる手法は、近年のA24が得意とするやり方です。

この手法は、作品を「ネタバレ厳禁の体験」として流通させる点で有効です。特にゼンデイヤとパティンソンの組み合わせは、一般観客に恋愛映画の期待を持たせやすい一方で、批評家はその期待の裏切りをすぐに論じたくなります。結果として、本作は公開前からレビュー、SNS、カルチャー媒体の間で議論が先に立つ作品になりました。

観客の期待管理という難所

ただし、この話題化は諸刃の剣です。Rotten Tomatoesのまとめでも「誰にでも向く作品ではない」という評価が並んでおり、The WrapやRogerEbert.comもトーンの不均衡を問題視しています。宣伝が軽やかな恋愛劇に見えすぎるほど、実際の鑑賞体験との落差は大きくなります。

逆に言えば、その落差こそが本作の商品価値でもあります。A24は近年、ホラーやスリラーだけでなく、観客がジャンルの約束を信じた瞬間に裏切る映画をブランド化してきました。『The Drama』はその系譜を恋愛映画に持ち込んだ作品であり、好悪の強さ自体が成功条件になっているタイプの一本です。

注意点・展望

本作を語る際に注意したいのは、単に「衝撃的な秘密のある映画」と消費してしまうと、なぜ批評がここまで割れたのかを見失うことです。争点はショックの強さではなく、そのショックを通じて何を考えさせるのか、あるいは何を考えさせる前に止まってしまうのかにあります。

今後の見通しとしては、公開初動の興行成績以上に、長く参照されるのは批評空間での寿命でしょう。Boston.comが書いた通り、この映画は「大量の思考と文章」を呼び込む類いの作品です。A24にとっても、スター車両を使って議論型の映画をどこまで押し広げられるかを測る試金石になりそうです。

まとめ

『The Drama』は、ゼンデイヤとロバート・パティンソンのスター性を入口にしながら、観客に安心ではなく不安を渡す映画です。ボルグリらしい社会的不快さの演出、A24らしい情報を絞った売り方、そして批評家の賛否が揃ったことで、単なる新作映画以上の存在感を持つ作品になりました。

見るべきポイントは、物語のどんでん返しそのものではありません。恋愛映画の形式を借りて、私たちが他人の過去や社会的烙印をどう処理しようとするのかを観察する、その居心地の悪さです。本作が気になるなら、ネタバレを踏む前に見る価値は十分ありますが、軽いロマコメを期待するとかなり戸惑うはずです。

参考資料:

黒田 奈々

カルチャー・エンタメ

エンタメ・アート・スポーツを横断的にカバー。ポップカルチャーの潮流とビジネスの交差点から、文化の「いま」を切り取る。

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