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BMSデベンス工場、AI製造で米国製造業の遅れを映す例外事例

by 三浦 愛子
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はじめに

米国ではAIブームが金融市場を押し上げる一方、工場の現場では導入の速度に大きな差があります。ソフトウェア企業や金融機関が生成AIを業務に組み込むのに比べ、製造業では設備、品質管理、労働力、規制対応を同時に変える必要があるためです。

その中で、Bristol Myers Squibbのマサチューセッツ州デベンス工場は例外的な位置にあります。World Economic Forumは2026年1月、同工場をGlobal Lighthouse Networkの新規拠点に選びました。WEFの発表で米国の製造拠点として名前が挙がったのはデベンスであり、BMS自身も同年の北米で唯一の製造拠点認定と説明しています。

重要なのは、これはAIを使った実験の表彰ではないという点です。医薬品供給、上市スピード、排出削減、人材運用までを含む工場の再設計が問われています。米国製造業の生産性と投資効率を考えるうえで、デベンスはAIの「期待」と「実装」の差を測る具体例です。

BMSデベンス工場が例外になった理由

生きた細胞を扱う製造難度

デベンス工場の特殊性は、扱う製品の難しさにあります。BMSによると、同キャンパスはボストン北西に位置する89エーカーの拠点で、生物製剤と細胞療法のプロセス開発、臨床製造、商業製造を担っています。BMSの説明では、同キャンパスで働く従業員は1,700人規模です。

一般的な工業製品と異なり、生物製剤やCAR T細胞療法は、原材料や反応のばらつきを完全に消すことが難しい領域です。特に自家細胞療法では、患者本人から採取したT細胞を出発材料にし、それを加工して再び患者へ戻します。BMSは2023年、デベンスの新しい細胞療法製造施設について、FDAから商業生産の承認を受けたと発表しました。

この施設は24万4,000平方フィートの規模で、デベンス拠点における2度目の大きな拡張とされています。BMSは、この施設が米国内で3番目の商業用CAR T製造拠点になるとも説明しました。単に機械を増やしたのではなく、患者ごとに異なる材料を扱う工程を、品質とスピードの両面で制御するための投資です。

医薬品製造でAIを使う難しさは、予測精度だけでは測れません。品質逸脱を防ぎ、規制当局に説明できる形でデータを残し、製造条件の変更が安全性や有効性に与える影響を管理する必要があります。つまり、AIは便利な補助ツールではなく、製造科学、品質保証、現場作業をつなぐ運用基盤でなければなりません。

30超のAI活用と成果指標

WEFは2026年1月、23の新しいLighthouse拠点を発表しました。その中でBMSデベンスは、複雑な生物製剤と細胞療法の製造において、バイオ医薬品の科学とAI、デジタル戦略を統合した事例として紹介されています。WEFによると、同拠点では30を超える新しいユースケースが作られました。

成果も数値で示されています。WEFとBMSはいずれも、デベンスで新製品導入の期間が42%短縮され、生産量が40%超増え、排出量が40%超削減されたと説明しています。これはAIの導入件数ではなく、上市準備、供給能力、環境効率という経営指標に近い成果です。

ここで注目すべきは、AIが既存工程の上に後付けされたのではなく、製造ライフサイクルの中に組み込まれている点です。BMSは、予測的な工程監視、高度な分析、リアルタイムの意思決定支援、製造と品質業務の調整にデジタルとAIを使っていると説明しています。工場の現場でAIを定着させるには、モデルの精度だけでなく、誰がいつ判断し、どの記録を残すかまで設計する必要があります。

デベンスの成果は、AIが高付加価値の製造で先に実装されやすいことも示しています。医薬品、とりわけ細胞療法では、1回の製造遅延や品質問題が患者の治療機会に直結します。投資額が大きくても、納期短縮や歩留まり改善の経済価値が見えやすい領域です。

米製造業に広がる導入格差

利用と定着の違い

米国企業全体では、AI利用そのものは広がっています。米国Census Bureauの2026年4月のワーキングペーパーは、2025年11月から2026年1月のBTOS AI補足調査に基づき、企業の18%が少なくとも1つの業務機能でAIを使っていたと示しました。雇用者数で重み付けすると、その比率は32%に上がります。

ただし、導入の深さは限定的です。同ペーパーによると、AIを使う企業の57%は、AIを3つ以下の業務機能にとどめています。最も多い用途は販売・マーケティング、戦略・事業開発、ITです。これは、工場の工程制御や品質保証にまでAIが浸透している企業が、まだ一部であることを示唆します。

McKinseyの2025年調査も同じ構図を映しています。回答企業の多くがAIを少なくとも1つの業務機能で使う一方、全社規模でAIプログラムを拡大していると答えたのは約3分の1にとどまりました。大企業ほど拡大段階に進みやすく、売上高50億ドル超の企業では約半数がスケール段階にあるとされています。

製造業に限ると、さらに「使っている」と「工場全体で効いている」の差が大きくなります。Deloitteの2025年スマート製造調査では、施設またはネットワークレベルでAIまたは機械学習を使っている企業は29%、生成AIを同じレベルで展開している企業は24%でした。一方で、AIまたは機械学習の実証実験は23%、生成AIの実証実験は38%です。

つまり、米製造業ではAIに関心がないわけではありません。問題は、試験導入から本番運用へ移るためのデータ基盤、標準化、現場教育、投資判断が重いことです。デベンスが例外に見えるのは、個別モデルの性能ではなく、工場運営の仕組みまで変えたためです。

工場AIの資本コスト

National Association of ManufacturersのManufacturing Leadership Councilは2025年、製造業の51%がすでに業務でAIを使っており、61%が2027年までにAI投資を増やす見込みだと発表しました。2030年までにAIが事業の成長または維持に不可欠になると答えた企業は80%に達しています。

同時に、NAMは障壁も示しています。回答企業の65%がAI用途に適したデータを欠いているとし、62%がデータが未構造または形式不十分だと答えました。さらに、AI対応スキルの不足を主要な人材課題とする企業も多く、工場AIはソフトウェア契約だけで完結しないことがわかります。

NISTも、製造業における新技術導入の難しさを以前から指摘しています。特に中小製造業は、新技術の費用対効果を評価する不確実性が大きく、導入に慎重になりやすいとしています。AIはセンサー、クラウド、産業用IoT、サイバーセキュリティ、作業者教育を組み合わせるため、この不確実性が一段と大きくなります。

金融市場では、AIはしばしばソフトウェアや半導体の成長テーマとして評価されます。しかし実体経済の工場では、AIは設備投資、減価償却、品質リスク、労務費、エネルギー需要を伴う長期プロジェクトです。BMSのような大手医薬品企業でも、成果が出るまでには工場設計、人材配置、規制対応を積み上げる必要があります。

この違いは、米国経済を見るうえで重要です。AI関連株の上昇が必ずしも製造業全体の生産性向上を意味するわけではありません。工場で価値を生むAIは、チャット画面で使う生成AIよりも地味ですが、供給制約を緩和し、単位当たりコストを下げ、欠品リスクを減らす可能性があります。

医薬品供給網と金融市場への含意

特許切れリスクと成長製品の供給力

BMSにとって、デベンスのAI化は単なる技術広報ではありません。製薬大手は特許切れや後発品の圧力を受ける一方、新製品の上市速度と供給能力で成長を補う必要があります。2026年第1四半期のBMSのSEC提出資料によると、売上高は115億ドルで前年同期比3%増、成長ポートフォリオの売上高は62億ドルで12%増でした。

同じ資料では、レガシーポートフォリオの売上高は53億ドルで6%減少しています。これは、既存大型薬に依存するビジネスモデルから、免疫腫瘍、血液疾患、細胞療法などの成長製品へ移る圧力を映します。製造の制約が成長製品の販売機会を遅らせれば、研究開発の成果が損益計算書に届くまでの時間も長くなります。

この文脈で、デベンスの新製品導入期間42%短縮は大きな意味を持ちます。新薬候補が承認されても、商業生産への移行が遅れれば、売上化は進みません。高額な研究開発費を投じる製薬企業にとって、製造立ち上げの短縮は資本回収の速度を高める可能性があります。

投資家が見落としやすいのは、AIの価値が研究開発だけにあるわけではない点です。創薬AIや臨床試験設計に注目が集まりがちですが、医薬品ビジネスでは製造と供給も収益性を左右します。複雑な治療法ほど、製造能力は販売力そのものになります。

デベンスは、AIが売上成長を直接生むというより、成長製品を市場へ届けるためのボトルネックを減らす事例です。金融市場の言葉でいえば、AIはトップラインの物語だけでなく、稼働率、在庫、品質コスト、設備効率を通じて企業価値に影響します。

規制産業におけるAIの信用

医薬品製造でAIを使うには、規制当局との関係が欠かせません。FDAは2024年12月の最終ガイダンスで、Advanced Manufacturing Technologies Designation Programを示し、先進製造技術の早期採用が製造プロセスの信頼性や堅牢性を改善し、品質向上や開発期間短縮、重要医薬品の供給維持に役立つ可能性があると説明しています。

FDAのFRAME initiativeでも、AIは先進医薬品製造で優先的に検討される技術の1つに入っています。FRAMEは、エンドツーエンドの連続生産、分散製造、非伝統的な場所での分散製造、AIを重点技術として位置づけています。これは、規制当局がAIを遠ざけているのではなく、説明可能でリスクベースの導入を求めていることを意味します。

ただし、規制産業でのAIは「ブラックボックスでも結果が良ければよい」とはいきません。どのデータで学習し、どの範囲で判断を支援し、逸脱時に人間がどう介入するのかを明確にする必要があります。モデルの更新や入力データの変化も、品質システムの中で管理されなければなりません。

この点で、BMSデベンスの意義は、AIを規制対応と切り離さずに実装したことにあります。製造科学、品質保証、現場判断、サステナビリティ指標を同じ運用モデルに置き、成果を測れる形にしたため、WEFのLighthouseとして評価されました。

米国製造業全体にとっても、ここに学ぶべき点があります。AIを導入するかどうかではなく、どの工程で価値を出し、どのリスクを人間が管理し、どの指標で投資回収を測るかが問われています。工場のAI化は、技術部門だけでなく、財務、品質、人事、サプライチェーンを横断する経営課題です。

注意点・展望

デベンスの成功を、米国製造業全体の標準と見るのは早計です。WEFのGlobal Lighthouse Networkは、先進的な拠点を選ぶ仕組みです。認定された工場は、すでに資本、人材、データ基盤、経営の優先順位がそろった上位層と考えるべきです。

また、BMSやWEFが示す42%短縮、40%超の増産、40%超の排出削減は、デベンス固有の成果です。他の製造業が同じ数字を再現できるとは限りません。製品単価、工程の複雑性、規制環境、既存設備の老朽度が違えば、AI投資の回収期間も変わります。

今後の焦点は、Lighthouse型の先端拠点がどこまで横展開できるかです。大企業の一工場で成果が出ても、サプライヤーや中小製造業に波及しなければ、米国全体の製造競争力は大きく変わりません。NAMが指摘するデータ品質、人材、エネルギー、政策環境の課題は、そのまま普及速度を左右します。

一方で、医薬品や航空宇宙、半導体装置のように、品質と供給安定性の価値が高い分野では、AI工場への投資が先に進む可能性があります。高付加価値で規制が厳しい領域ほど、AIの運用基盤を作るインセンティブが強いからです。デベンスは、その先行例として位置づけられます。

まとめ

BMSデベンス工場の事例は、米国製造業がAIで遅れているという単純な悲観論を修正します。遅れているのは関心ではなく、試験導入を本番の工場運営へ変える力です。デベンスは、AIを品質、供給、上市速度、排出削減に接続できれば、製造業でも実体的な成果が出ることを示しました。

ただし、その実装には資本、データ、人材、規制対応が必要です。AIの経済効果を見極めるには、導入件数ではなく、どの工程でどの指標が改善したかを見る必要があります。医薬品供給網の強化と米国製造業の再生を考えるうえで、デベンスは例外であると同時に、次の競争軸を示す先行指標です。

参考資料:

三浦 愛子

米国経済・金融市場

米国経済の構造変化を、金融市場・財政政策・産業動向の三軸で分析。ウォール街と実体経済のギャップを見抜く。

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