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原油116ドル突破、イラン戦争再激化の世界経済と日本への衝撃

by 安藤 誠
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原油116ドルが映す中東危機の新局面

北海ブレント原油の12月物は10月23日、前日比3.1%高の1バレル116.72ドルで取引を終えました。10月初めの97ドル未満から急上昇し、中心限月の終値として4月末以来の高値圏です。米国株ではS&P500種株価指数が0.5%、ダウ工業株30種平均が1.2%下落しました。

ただし、「原油価格」は先物の限月や現物価格によって水準が異なります。米エネルギー情報局は、サウジアラビアの東西パイプラインが攻撃された9月15日にブレント現物価格が一時131ドルへ達したと報告しています。116ドルという見出しは、特定の先物契約の終値を示すものです。

重要なのは記録の呼び方より、2月28日に始まったイラン戦争が再び拡大するとの懸念です。実際の輸出量、海上輸送の危険料、枯渇する在庫という三つの要素から、価格上昇の持続性を見極める必要があります。

供給回復でも価格が下がらない三重構造

タンカー攻撃が生む海上輸送の危険料

10月22日、イランはホルムズ海峡で七隻の石油タンカーが攻撃や機雷によって損傷したと発表しました。AP通信は独自に被害を確認できていないとしていますが、英国海軍系の監視機関によると、10月は開戦直後の3月以来で最も多く商船への攻撃が報告された月です。

タンカーは完全に消えたわけではありません。米軍が守るオマーン沿岸の航路を夜間に通り、位置情報を切った船が湾外で別のタンカーへ積み替える「ダーク・シャトル」が使われています。こうした対応で湾岸からの輸出量は一時、開戦前に近い水準まで戻りました。

しかし、輸出量の回復は輸送条件の正常化を意味しません。10月だけで船舶への攻撃は28件に達し、スポット用船料は一日数十万ドル規模へ上昇しました。洋上での積み替えには数日を要し、乗組員、保険会社、船主が引き受ける危険も増えます。

このため市場には、物理的な不足とは別に輸送費と再攻撃への警戒を織り込む「リスクプレミアム」が発生します。Axiosが紹介した推計では、ペルシャ湾岸の原油輸出が開戦前の91%まで回復した段階でも、恐怖要因が原油価格を少なくとも20ドル押し上げていました。供給量だけを見て「原油は余っている」と判断するのは早計です。

在庫減少と軽油不足が強める上昇圧力

国際エネルギー機関によると、2026年下半期の世界供給量は日量平均1億140万バレルとなる見通しです。第2四半期の日量9640万バレルから回復しています。それでも年末まで需給は不足状態が続くと予測されています。

理由は、緊急時の緩衝材となる在庫が既に大量に使われたためです。9月末の世界在庫は開戦前を累計5億900万バレル下回り、陸上在庫は少なくとも2016年以来の低水準です。洋上在庫が1億300万バレル増えても、陸上在庫が1億1300万バレル減少したため、全体の余裕は広がりませんでした。

特に深刻なのが、トラック、農業機械、船舶などで使用する軽油系の中間留分です。高価格と景気悪化によって2026年の世界石油需要は日量260万バレル減少する見通しですが、需要減少だけでは軽油不足を解消できていません。原油を確保しても、適切な製品へ加工する精製能力と在庫が不足すれば、物流費は高止まりします。

米エネルギー情報局は10月時点で、第4四半期のブレント現物価格を平均105ドルと予測しました。前月予測から14ドルの上方修正です。この見通しは10月1日までの情報を基にしているため、その後のタンカー攻撃や再戦懸念を十分には反映していません。

OPECプラスの主要七カ国は11月の生産量を据え置き、G7は原油・石油製品1億バレルの放出を表明しました。ただし、増産余力や備蓄があっても、輸送路と精製網が詰まれば消費地には届きません。現在の116ドルは、採掘量よりも「安全に運べる量」に左右される価格です。

ホルムズ海峡を武器化するイランの計算

非対称戦で維持する交渉上の切り札

ホルムズ海峡では、2025年に原油と石油製品を合わせて日量約2000万バレルが輸送されました。世界の海上石油貿易の約25%に相当し、その約80%がアジア向けです。幅の狭い海域へ物流が集中する地理そのものが、イランに大きな交渉力を与えています。

通常戦力で米国やイスラエルに劣るイランにとって、正面からの大規模戦闘は不利です。そこで機雷、小型艇、無人機、ミサイル、代理勢力を組み合わせ、相手側の輸送費と政治的負担を引き上げる非対称戦が選択されます。イランが米軍基地への攻撃も警告しているのは、海峡防衛への米軍関与にも代償を課すためです。

これは海峡を完全に閉鎖しなくても効果があります。一部の船を攻撃し、次の標的が分からない状態をつくれば、船主や保険会社が自ら通航を制限します。米国やイスラエルで選挙が近づくなか、燃料高を通じて有権者の不満を高めることも、テヘラン側の圧力手段になります。

一方、イラン自身も石油輸出を必要とするため、恒久的な全面封鎖は自国経済を傷つけます。そのため、攻撃と外交提案を並行させ、通航の強弱を交渉材料にする戦術が合理的です。停戦か全面戦争かという二択ではなく、緊張緩和と限定攻撃が反復する長期戦を想定する必要があります。

イランは米国が港湾封鎖などを解除すれば海峡を開くとの条件を示していますが、トランプ政権は提案を拒否しました。6月に署名された合意も短期間で崩壊しています。合意文書だけでなく、タンカー攻撃の停止と保険会社の復帰まで確認しなければ、供給の正常化とは評価できません。

迂回能力の限界と日本経済への連鎖

ホルムズ海峡を避けられる主要な原油ルートは、サウジアラビアの東西パイプラインとアラブ首長国連邦のアブダビ・フジャイラ間パイプラインです。国際エネルギー機関が推計する追加輸送能力は日量350万~550万バレルで、海峡を通る約2000万バレルの一部しか代替できません。

サウジの東西パイプラインは紅海側のヤンブーへ原油を運びます。公称能力は日量500万バレルで、サウジアラムコは700万バレルへの拡張を説明していますが、その水準での持続運用は十分に検証されていません。しかも9月には同パイプライン自体が攻撃され、陸上迂回路も安全地帯ではないことが示されました。

イラン、イラク、クウェート、カタール、バーレーンは、原油輸出の大部分を海峡に依存しています。サウジが増産しても湾外へ運べず、紅海側ではイランと連携するフーシ派の攻撃が続けば、輸送上の袋小路は解消されません。生産余力と輸出余力を分けて考える必要があります。

天然ガスにも同じ問題があります。カタールとアラブ首長国連邦のLNG輸出の大半がホルムズ海峡を通り、合計で世界のLNG貿易の約19%を占めます。原油高がガソリンや軽油へ波及する一方、LNG供給の不安定化は電力・都市ガス価格にも影響します。

中でも日本は、中東から原油輸入の約95%を調達するため、影響が深刻です。日本エネルギー経済研究所によると、日本には国家・民間備蓄を合わせて250日分を超える石油在庫があります。しかし備蓄は時間を稼ぐ制度であり、戦争が長期化しても従来の輸入構造を維持できる保証ではありません。

2026年度上半期の日本の貿易赤字は2兆8100億円に達しました。輸出は前年同期比18.4%増の63兆5000億円でしたが、輸入は20.4%増の66兆3000億円です。原油高に円安が重なることで、ドル建ての調達費が二重に膨らんでいます。

政府はレギュラーガソリンの全国平均を1リットル約170円に抑える補助を続けていますが、月数千億円規模の費用がかかり、6月に成立した3兆1000億円の補正予算を急速に消費しています。12月以降の縮小案も検討されており、原油価格が高いまま補助だけが減れば、家計が感じる燃料高は一段と強まります。

再戦と外交停滞が招く三つの市場経路

第一の経路は、米国・イスラエルの攻撃再開とイランの報復です。タンカー、東西パイプライン、サウジの油田、紅海航路が同時に狙われれば、4月の126ドル台や9月の現物131ドルを再び試す可能性があります。供給量より、保険の停止や乗組員不足が急騰の引き金になります。

第二は、全面衝突を避けながら攻撃が散発する長期膠着です。10月21日時点のWTI先物は2027年1月物が97ドル超、6月物が88ドル、12月物も約81ドルでした。市場は来年の下落を見込む一方、数週間前より高い価格が長く続く展開を織り込み始めています。

第三は、外交合意と海峡再開による段階的な下落です。米エネルギー情報局は2027年のブレント平均を84ドルと予測していますが、迂回路の拡充、在庫の積み増し、船会社と保険会社の復帰が前提です。停戦が成立しても、在庫が開戦前へ戻るまで価格変動は残ります。

IMFは2026年の世界成長率を3.1%、世界の総合インフレ率を4.7%と予測しています。この推計も10月1日までの情報が基準です。原油高が長期化すれば、中央銀行がエネルギー高を一時的な変動として無視しにくくなり、高金利と低成長が同居するリスクが強まります。

日本の家計と企業が注視すべき分岐点

原油相場を読む際は、ブレント価格だけでなく、ホルムズ海峡の攻撃件数、タンカー用船料、陸上在庫、軽油の精製余力を確認する必要があります。輸出量が増えても、この四つが改善しなければ供給網の正常化とはいえません。

日本では円相場と燃料補助の縮小時期も重要です。企業は輸送費連動条項、調達先の分散、燃料ヘッジを点検し、単一価格の予測に依存しない計画が必要です。家計も一時的な値下がりを前提にせず、ガソリン、電気、食品、旅行費へ時間差で及ぶ影響を予算へ織り込むことが有効です。

116ドルは戦争の結果であると同時に、次の攻撃を市場が先回りした価格です。持続的な下落の条件は停戦発表ではなく、安全な通航、保険の回復、在庫の再構築という三つの実績です。

参考資料:

安
安藤 誠

南アジア・中東情勢

南アジア・中東を中心に、宗教・民族・歴史の深層から国際情勢を分析。長年の現地経験に基づく多層的な視座が持ち味。

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