グリーンカード新方針で在米移民に広がる家族分断と帰国のリスク
在米申請を揺さぶる裁量審査の急転換
トランプ政権下の米移民局(USCIS)が2026年5月21日付で出した政策メモは、米国内でグリーンカードを申請する「身分調整」を、通常の選択肢ではなく例外的な裁量救済として扱う姿勢を明確にしました。翌22日の発表では、米国内に一時的に滞在する人は原則として母国に戻り、米領事館を通じて申請すべきだと説明しています。
重要なのは、議会が法律を改正したわけではない点です。Form I-485による身分調整の制度自体は残っています。ただし、審査官が「米国内で完結させる理由」をより厳しく見るなら、制度が紙の上で残っていても、家族、学生、就労者の生活設計は大きく変わります。今回の焦点は、申請資格の有無だけでなく、帰国を迫られたときに再入国できるのか、学校や仕事を維持できるのかという現実です。
領事手続き優先が生む家族と教育の空白
米国内で完結できた手続きの意味
USCISの通常案内では、永住権を得る道筋は大きく二つに分けられてきました。国外にいる人は米大使館・領事館で移民ビザを得る「領事手続き」を使い、すでに米国内にいる人は一定の条件を満たせば身分調整を使う、という整理です。USCISの領事手続きページも、米国内にいる場合は母国へ戻らず永住者資格を申請できる手続きが身分調整だと説明しています。
この違いは、単なる手続き場所の違いではありません。米国内でI-485を提出できれば、審査中に就労許可や渡航許可を得られる場合があり、家族生活、学業、雇用を維持しながら結果を待つことができます。雇用ベースの申請では、スポンサー企業が従業員を働かせ続けられるかどうかに直結します。家族ベースでは、米国市民や永住者の配偶者・子どもが、長期の別居を避けられる意味があります。
国務省のNational Visa Center(NVC)は、USCISが移民請願を承認した後、優先日やビザ面接の準備状況を見ながら書類を集め、面接可能になるまで案件を保持します。つまり領事手続きに移れば、USCISだけでなく国務省、在外公館、各国の治安・行政状況にも左右されます。米国内の生活を前提に組まれた教育費、住居契約、雇用契約は、その時点で宙に浮きやすくなります。
学生・研究者・家族移民への波及
最初に不安が広がったのは、F-1やJ-1などの留学生・研究者、観光や短期滞在から家族関係が生じた人、TNなど移民意思との整合性が問われやすい資格の人たちです。カーネギーメロン大学の留学生オフィスは、現時点で実務上の影響はまだ読み切れないとしつつ、I-485が係属中の人は直ちに行動する必要はないが、弁護士と相談しながら経過を追うべきだと案内しました。ワシントン大学の留学生向け告知も、F・J学生全体に直ちに影響するものではない一方、永住権申請を予定する学生は渡航、就労、現在のステータス維持に注意が必要だとしています。
教育現場にとって深刻なのは、進学や研究継続が「移民手続きの不確実性」によって中断される可能性です。たとえば博士課程の学生が米国市民と結婚して身分調整を予定していた場合、母国での面接待ちが長引けば、研究室、奨学金、生活費の支払いがすべて揺らぎます。米国で育つ子どもを持つ家庭では、片方の親だけが国外で待機する事態も起こり得ます。制度上は合法的な永住申請であっても、生活の連続性を保つ手段が狭まる点が今回の変更の核心です。
雇用面でも同じ問題があります。Mayer Brownは、AOSが長く雇用ベース永住申請の主要ルートとして使われ、審査中の就労・渡航許可が橋渡し機能を果たしてきたと指摘しています。H-1BやL-1のような「二重意思」が認められる資格は比較的有利とみられますが、メモ本文は、二重意思の資格を維持していることだけで裁量上の承認が当然になるわけではないとも述べています。専門職や医療従事者であっても、個別事情の説明が以前より重要になります。
法律改正ではなく運用変更という不透明さ
INA245条が残す「裁量」の余地
根拠条文である移民国籍法245条(8 U.S.C. 1255)は、入国審査を受けて入国または仮釈放された人が、申請を行い、移民ビザを受ける資格があり、永住目的で入国可能で、ビザ番号が直ちに利用可能な場合に、当局の裁量で永住者へ身分を調整できると定めています。今回のメモは、この「裁量」という語を前面に出し、身分調整を通常の権利ではなく「行政上の恩典」と位置づけ直しました。
法律家の見方は割れています。Nixon Peabodyは、メモがUSCIS審査官に対し、領事手続きが可能な場合には国外申請を通常ルートとして考慮するよう促していると整理しました。McLane Middletonは、法律上の申請資格そのものを変えるものではないが、審査官が移民法違反、オーバーステイ、無許可就労、入国目的と矛盾する行動、過去の虚偽説明などをより積極的に評価する可能性を指摘しています。
このため、今回の変更を「グリーンカード申請が全面禁止された」と読むのは正確ではありません。一方で、「何も変わっていない」と見るのも危険です。制度の入り口が残っていても、出口である承認判断の基準が厳格化されれば、実務上は申請者に追加の説明責任が生じます。移民支援団体RAICESは、領事手続きが可能だとUSCISが判断した場合、AOSを選ぶこと自体が不利な事情として扱われ得ると警戒しています。
メモ本文と発表文の温度差
混乱を広げているのは、政策メモ本文とUSCIS発表文の言葉遣いに差があることです。メモ本文は、審査官が全事情を総合し、良い事情と悪い事情を比較して判断すべきだと書いています。また、拒否する場合には理由を文書で説明する必要があるとも示しています。これは形式上、個別審査の余地を残す構成です。
しかし発表文は、米国内に一時滞在する外国人がグリーンカードを望むなら、例外的事情がない限り母国へ戻るべきだという強い表現を使いました。AP通信は、USCISが変更の発効時期、係属中の申請への扱い、国外で全期間待つ必要があるのかを明確にしなかったと報じています。CBS Newsも、学生、観光客、一時就労者、合法入国後に滞在期限を過ぎた人などに広く影響し得ると伝えました。
発表文の強さとメモ本文の裁量構造が一致しないため、申請者は二重の不安を抱えています。ひとつは「自分のカテゴリーが対象なのか」という不安です。もうひとつは「対象でなくても、審査官が厳しく見るのではないか」という不安です。政府が追加のカテゴリー別ガイダンスを出す可能性もメモに記されており、今後さらに対象が細分化される余地があります。
ビザ停滞と再入国禁止が重なる現実的リスク
領事館待機とビザ発給停止の連鎖
領事手続きへの誘導が問題になるのは、在外公館の処理能力に限界があるからです。国務省の2026年6月ビザブリテンは、インドのEB-1・EB-2、中国のEB-2、フィリピンのEB-3などで需要増により後退や利用不可の可能性があると警告しています。永住権の番号は家族・雇用のカテゴリーごとに年次上限があり、優先日が来なければ面接準備が進んでも最終発給には至りません。
さらに、トランプ政権は別の入国制限も重ねています。CBS Newsは、2025年12月時点で渡航禁止または制限の対象国が39カ国に拡大したと報じました。また2026年1月には、75カ国の国民に対する移民ビザ発給の停止方針も報じられています。これらの対象国出身者が米国内でAOSを進めていた場合、母国へ戻ることは単なる面接旅行ではなく、再び米国に戻れるか分からない賭けになります。
AP通信は、アフガニスタンの米大使館が2021年8月以降閉鎖されている例にも触れています。紛争、迫害、治安悪化を理由に米国へ来た人に対し、母国での領事手続きを標準とすることは、制度上の整合性だけでは片づけられません。移民・難民支援の現場では、書類上の「国籍国」と、実際に安全に戻れる場所が一致しないケースが珍しくないためです。
帰国そのものが生む入国禁止
もう一つの大きなリスクは、米国を出る行為そのものが再入国禁止を発生させる場合です。連邦規則22 CFR 40.92は、不法滞在期間に応じて、出国後3年または10年のビザ不適格が生じる仕組みを定めています。家族ベースで永住資格が見込める人でも、過去の滞在期限超過がある場合、領事面接のために出国した瞬間に長期の入国禁止が問題化します。
もちろん、すべての申請者にこのリスクがあるわけではありません。合法ステータスを継続している人、二重意思資格を持つ人、難民・庇護・人身取引被害者など、領事手続きがそもそも適さないカテゴリーの人は、事情が異なります。それでも今回の方針は、申請者に「出国すべきか、米国内で争うべきか」という高度に専門的な判断を迫ります。弁護士費用を払えない家庭、英語で制度を追えない家庭、大学や雇用主の支援にアクセスできない人ほど、誤った判断の影響を受けやすくなります。
申請者と支援者が確認すべき判断材料
今回の新方針は、合法移民の制度をめぐる問題です。不法入国対策という政治的な言葉だけで理解すると、実際に影響を受ける米国市民の配偶者、留学生、医療・研究職、難民保護を受けた人の姿が見えにくくなります。必要なのは、AOSが可能かどうかだけでなく、出国した場合のビザ停止、優先日、再入国禁止、学業や雇用の継続可能性を一体で見ることです。
申請者は、現在の在留資格、I-485の提出時期、優先日、過去の滞在違反、無許可就労の有無、出身国の領事処理状況を確認する必要があります。大学、雇用主、地域NPOは、一般的な注意喚起に加えて、個別相談につなぐ導線を用意することが重要です。今後の焦点は、USCISが係属中の案件をどう扱うか、追加ガイダンスでどのカテゴリーを例外とするか、そして裁判所がこの裁量拡大をどこまで認めるかにあります。
参考資料:
- U.S. Citizenship and Immigration Services Will Grant ‘Adjustment of Status’ Only in Extraordinary Circumstances
- PM-602-0199 Adjustment of Status and Discretion
- Trump administration to force foreigners in the US to apply for a green card abroad
- Trump administration to require most immigrants seeking green cards to leave the U.S. first
- Consular Processing
- Application to Register Permanent Residence or Adjust Status
- 8 U.S. Code § 1255 - Adjustment of status
- 22 CFR § 40.92 - Aliens unlawfully present
- National Visa Center
- Visa Bulletin For June 2026
- USCIS Policy Guidance on Adjustment of Status
- USCIS Announces New Policy on Adjustment of Status
- RAICES Bulletin: USCIS Instructs Officers to Restrict Adjustment of Status
- DHS policy memorandum narrows adjustment of status eligibility
- New USCIS Guidance May Require Employers to Rethink Permanent Residence Strategy
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