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ホンダEV公約失速、初赤字が映す米国戦略とハイブリッド回帰の先

by 三浦 愛子
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米国EV失速が直撃したホンダの転換点

ホンダの電動化戦略は、単なる商品計画の修正ではなく、資本配分と経営責任をめぐる問題に変わりました。2026年3月期の連結決算では、売上収益こそ21兆7966億円と前年を小幅に上回りましたが、営業損益は4143億円の赤字、親会社の所有者に帰属する損益は4239億円の赤字となりました。AP通信はこれをホンダ初の通期赤字と報じています。

最大の要因は、北米を中心に進めてきたEV投資の前提が崩れたことです。米国の環境規制や補助金を追い風に、Honda 0 Seriesを軸とする新世代EVへ投資を集中させる構想は、補助金の失効、関税、EV需要の鈍化で急速に採算が悪化しました。投資家にとって重要なのは、EV撤退か継続かという二択ではありません。どの投資を止め、どの技術をHEVやSDVに転用し、どの時点で自動車事業を黒字に戻せるかです。

最大2.5兆円損失を生んだ投資前提の崩壊

ホンダは2021年、四輪車の販売に占めるEVとFCVの比率を主要市場合計で2030年に40%、2035年に80%、2040年に世界全体で100%にする目標を掲げました。三部敏宏社長が就任時に示したこの方針は、脱炭素を経営の中核に据える明確な宣言でした。2024年の事業説明会でも、2040年にEVとFCEVで世界販売100%を目指す方針は変えず、2030年にEV生産200万台超、EVとソフトウェア関連で10兆円規模の投資を行う計画を示していました。

2040年目標から逆算した強気投資

当時の投資計画は、EV市場が2020年代後半から本格普及期に入るという前提に立っていました。北米ではLG Energy Solutionとの電池合弁、カナダでは電池材料から車両生産まで含むバリューチェーン構築、米オハイオ州ではEV生産に向けた設備投資が進められました。Honda 0 Seriesは、軽量化、低床化、車載OS、OTA更新を組み合わせた旗艦シリーズとして位置付けられ、2026年に北米から投入する計画でした。

この構想は、単に環境対応車を増やすだけの戦略ではありませんでした。EVをソフトウェア定義車両、電池事業、リサイクル、充電・エネルギーサービスにつなげ、2030年にEV事業の売上高利益率5%を目指す設計でした。金融市場の視点では、これは既存の内燃機関とハイブリッドで稼いだキャッシュを、将来のEV収益基盤へ移す大型の先行投資です。したがって需要予測が外れると、損益計算書だけでなく、減損、設備稼働率、研究開発費、配当余力に波及します。

転機は2025年から鮮明になりました。ホンダは同年の事業説明会で、EV市場の拡大鈍化や各国の通商政策変更を理由に、2030年のEV販売比率が従来目標を下回る見通しだと説明しました。EV関連投資も10兆円から7兆円へ3兆円削減し、カナダの包括的EVバリューチェーン構想や専用EV工場の建設時期を見直す方針を打ち出しました。これは、電動化そのものの否定ではなく、普及曲線の読み違いを財務面から修正する動きです。

北米モデル中止とAfeela停止の連鎖

2026年3月12日の説明資料で、ホンダはHonda 0 Saloon、Honda 0 SUV、Acura RSXの開発・上市中止を明記しました。資料では、米国の環境規制見直しなどを背景にEV需要が大幅に減速し、当初予測と実績のギャップが年約150万台に広がったと説明しています。IRA税額控除の終了、ACC II規制の事実上の無効化、米国関税も、事業環境の変化として挙げられました。

この見直しで、四輪電動化戦略に伴う損失は最大2.5兆円規模とされました。2026年3月期の営業損益にはEV関連損失14536億円が計上され、自動車事業は1兆4111億円の営業赤字に沈みました。EV関連損失を除いた調整後では営業利益が残る計算ですが、投資家が見るべきなのは「一過性だから問題ない」という説明ではありません。EV専用設備、開発資産、持分法投資、サプライヤー契約が、需要変化に対してどれだけ硬直的だったかです。

影響はホンダ単体にとどまりません。Sony Honda Mobilityは2026年3月25日、AFEELA 1と第2モデルの開発・上市中止を発表しました。同社は、ホンダの電動化戦略見直しにより、当初計画で利用予定だった技術や資産を使えなくなり、市場投入への実現可能な道筋がなくなったと説明しています。高付加価値EVでソニーのソフトウェアやエンタメ資産を生かす構想は、ホンダ本体のEV基盤が揺らいだことで成立しにくくなりました。

北米のEV商品群も急速に細りました。Business Insiderは、米国向けに予定されていた3車種の中止により、ホンダの米国EVラインアップはGMと共同開発したPrologueが中心になると報じています。The VergeはPrologueの次世代計画にも不透明感があると報じましたが、ホンダ側は同報道を推測に基づくものとし、Prologueはラインアップに残ると説明しています。この食い違い自体が、外部提携に依存したEV戦略の扱いにくさを示しています。

ハイブリッド回帰で問われる収益再建力

ホンダが今後の再建で頼るのは、EVからの完全撤退ではなく、HEV、二輪、金融、ソフトウェアへの資本再配分です。2026年3月期の数字を見ると、赤字の中心は自動車事業に集中しています。一方で二輪事業はグループ販売台数2210万台、営業利益7319億円を計上し、金融サービス事業も2755億円の営業利益を確保しました。自動車の赤字を、二輪と金融が下支えした構図です。

二輪と金融が支えた損益の下支え

二輪事業は、ホンダの財務耐久力を測るうえで過小評価できません。AP通信は、ホンダが四輪で340万台を販売し前年の370万台から減少した一方、二輪販売は2210万台に増えたと伝えています。インドや東南アジアなどで強い二輪は、EV投資の失敗を帳消しにする万能薬ではありませんが、損失を吸収するキャッシュ創出力として機能します。

金融サービスも同様です。自動車ローンやリースは景気悪化時に信用リスクを抱える一方、販売支援と利益の安定化に寄与します。2026年3月期末の現金及び現金同等物は5兆1184億円あり、営業キャッシュフローも1兆1352億円の流入でした。赤字決算でも直ちに資金繰り不安へつながらないのは、この流動性と事業ポートフォリオがあるためです。

ただし、株主還元の持続性は別問題です。2026年3月期の年間配当は1株70円で、2027年3月期も70円を見込んでいます。2027年3月期の親会社帰属利益予想は2600億円、予想配当性向は104.8%です。これは、配当維持に対する強い姿勢を示す一方、回復が遅れれば自己資本や手元資金への依存が高まることを意味します。金融市場は、赤字そのものよりも、黒字回復の質と還元原資の持続性を見ます。

HEVとSDVへ振り直す資本配分

ホンダは2025年の事業説明会で、次世代HEVを移行期の中核パワートレインと位置付けました。2027年以降に13車種の次世代HEVを世界で投入し、2030年にHEV販売220万台を目指す計画です。次世代e:HEVでは、2018年投入システム比で50%超、現行世代比で30%超のコスト低減を狙うとしています。EVより価格受容性が高く、既存の生産・販売網を活用しやすいHEVは、利益率回復の現実的な選択肢です。

重要なのは、HEV回帰が単なる内燃機関への後退ではない点です。ホンダは次世代ADASを2027年ごろから北米と日本の主要EV・HEVに広げ、中国ではMomentaと連携して現地向けADASを開発する方針を示しました。さらにHonda 0 Series向けに開発してきたSDV、車載OS、半導体、ソフトウェア技術は、HEVにも転用可能な領域があります。電池やEV専用車台への投資は削っても、知能化技術への投資は残すという整理です。

その意味で、ホンダの課題は「EVをやめるか」ではなく「固定費を需要規模に合わせること」です。3月の投資家向けQ&Aで三部社長は、LG Energy Solutionとの電池合弁について、長期的な電池供給確保の投資として位置付け、HEV用電池やエネルギー貯蔵への活用可能性も検討すると説明しました。カナダ計画も2年間凍結中ながら、関係者との協議は継続するとしています。既存資産をどこまで転用できるかが、追加損失を抑える鍵です。

投資家が見落としやすい三つの不確実性

第一の不確実性は、米国EV市場の底です。AxiosはIEAの見通しとして、世界のEVとプラグインハイブリッド販売は2026年に2300万台、全体の約28%へ増える一方、米国では補助金終了後に販売が落ち込んでいると報じました。つまり、世界のEV化は止まっていないものの、ホンダが最も大きく賭けた北米の普及速度が遅れています。米国の販売シェアが再び上向くか、低い水準で安定するかで、投資回収の見方は大きく変わります。

第二の不確実性は、関税と現地生産の採算です。AP通信は、米国の自動車・部品関税が当初25%から15%へ下がったものの、ホンダの収益を圧迫したと報じています。関税が長期化すれば、北米生産を増やす必要が出ます。しかし、EV需要が弱いまま現地生産能力を増やすと稼働率が下がり、固定費負担が増えます。逆にHEVへ生産を振り替える場合も、電池、モーター、部品調達の再設計が必要です。

第三の不確実性は、中国勢との競争です。ホンダの資料は、中国市場で顧客価値が燃費や室内空間だけでなく、ソフトウェアや知能化機能へ移っていることを示しています。中国EVメーカーは価格、開発速度、車載ソフトの面で攻勢を強めており、日本勢の従来の品質優位だけでは差別化が難しくなっています。HEVで北米収益を立て直す間に、中国とグローバルEV市場でブランドの存在感を落とすリスクも残ります。

次の決算で確認すべき回復シグナル

ホンダのEV公約が崩れた本質は、脱炭素目標そのものの失敗ではなく、政策支援と需要拡大を前提にした投資速度の過剰さです。初の通期赤字は象徴的ですが、より重要なのは、損失処理後の自動車事業がどの程度の利益率で回復するかです。2027年3月期の営業利益予想5000億円は、投資家にとって最初の検証ラインになります。

見るべき指標は三つです。EV関連損失が会社計画内で収まること、HEV販売と次世代システムのコスト低減が粗利を押し上げること、二輪と金融に依存しすぎず自動車事業単体で黒字化することです。加えて、配当70円を維持するだけでなく、営業キャッシュフローと研究開発投資の両立が確認できれば、市場はホンダの戦略修正を前向きに評価しやすくなります。逆に追加減損や北米モデル計画の再延期が続けば、三部体制への視線は一段と厳しくなります。

参考資料:

三浦 愛子

米国経済・金融市場

米国経済の構造変化を、金融市場・財政政策・産業動向の三軸で分析。ウォール街と実体経済のギャップを見抜く。

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