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Microsoft減速で揺らぐ炭素除去市場の実像と次の成長条件

by 坂本 亮
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Microsoft減速で露呈した未成熟市場

炭素除去は、ここ数年の気候テック分野で最も期待を集めてきた領域の一つです。排出削減だけでは相殺しきれない残余排出をどう処理するかという課題に対し、企業マネーが先行して市場をつくり、将来の巨大産業を先取りする構図が描かれてきました。

ところが2026年4月13日、同社が炭素除去クレジットの将来購入を止めるとする報道が出ると、市場は一気に冷え込みました。その後、4月14日から15日にかけてMicrosoft側は「プログラム終了ではない」と軌道修正しましたが、今回の騒動で明らかになったのは、一社の調達判断が業界全体の景況感を左右するほど市場が未成熟だという事実です。

本稿では、2026年4月時点で確認できる報道と一次情報をもとに、今回の動きを単なる「Microsoftの後退」としてではなく、炭素除去市場の需要構造、技術選別、資金調達モデル、政策依存を映し出す出来事として読み解きます。

「撤退」報道の実相

4月13日から15日にかけての情報更新

発端となったのは、2026年4月13日にData Center Dynamicsが報じた「Microsoftが将来の炭素除去購入を停止した」という内容です。同記事は、同社がこれまでに4,500万トン超の炭素除去を購入してきた最大級の買い手であり、その動きは業界にとって重大打撃だと位置づけました。

ただし報道はそこで確定しませんでした。4月14日のS&P Globalと4月15日のData Center Dynamics続報では、Microsoftの最高サステナビリティ責任者メラニー・ナカガワ氏が、炭素除去プログラムは終了しておらず、調達の「ペースまたは量」を見直しているだけだと説明しています。つまり、4月中旬の時点で確認できるのは「全面撤退」ではなく、「大型買い手による調達再点検」です。

市場参加者にとって重要なのは、Microsoftが今後も既存案件を支え、将来の高品質案件をどの程度追加で引き受けるかです。S&P Globalが伝えた通り、同社自身も炭素除去を脱炭素戦略の一要素と位置づけており、排出削減や効率化と切り離してはいません。

前倒し調達とポートフォリオ再点検の可能性

今回の調整を理解するうえで重要なのは、Microsoftがすでにどれだけ大量の将来供給を押さえてきたかです。Microsoftの2025年サステナビリティ報告書では、FY24に約2,192万トンの炭素除去を契約したと示されています。さらに2026年1月の公式解説記事では、FY2025に世界21社と合計4,500万トンの契約を結んだと説明しています。

Fastmarketsの4月14日分析も、同社の長期契約の多くが2020年代後半から2030年代にかけての供給を対象にしており、少なくとも2030年代初頭までの需要をかなり前倒しで確保した可能性を指摘しています。もしこの見立てが正しければ、今回の調整は撤退ではなく、急拡大からポートフォリオ管理への移行と読む方が自然です。

同時に、Microsoftの置かれた事業環境も変わっています。4月13日のData Center Dynamicsは、AI需要の拡大を背景に、同社の排出量が2020年基準から約30%増えたと報じました。他方でMicrosoftは、2025年報告書で24カ国34GWの新規再エネ調達、2026年2月のブログで26カ国40GWの新規再エネ契約と19GWの稼働開始を公表しています。炭素除去だけに依存せず、電力、効率化、設備投資を含めて脱炭素手段を組み替えている局面だと見るべきです。

需要集中が示した市場の脆弱性

Microsoft依存を映した2025年の契約構造

今回の騒動が大きく映った最大の理由は、市場の需要が極端に集中していたからです。CDR.fyiによると、2025年Q2の耐久型炭素除去契約量は1,548万トンでしたが、そのうちMicrosoftだけで1,460万トン、四半期全体の93.8%を占めました。Q3でも状況は大きく変わらず、850万トンのうち790万トン、すなわち93%がMicrosoftによる契約でした。

一見すると買い手は増えています。Q2はMicrosoft以外にも60社超、Q3は67のユニークな買い手が市場に参加しました。しかし数量でみると、Q2の非Microsoft分は90.2万トン、Q3は60.4万トンにとどまります。市場の裾野は広がっていても、大規模プロジェクトの採算を支える「中間層の需要」がまだ薄いのです。

Fastmarketsはこの構造をより直截に示しています。2025年に追跡されたオフテイクの約9割をMicrosoftが占め、他社は数千トンから数万トン規模の購入が中心だと分析しました。言い換えれば、炭素除去市場は多くの関心企業に支えられているのではなく、一握りの先行企業、とりわけMicrosoftの先行投資で形を保ってきた市場です。

高コスト技術と実装速度のねじれ

需要集中は、技術ごとの進み方の差も浮かび上がらせます。CDR.fyiの2025年Q2データでは、契約量の89.6%をBECCSが占める一方、実際のデリバリーではバイオ炭が89.4%を占めました。つまり、市場では大型契約を集める技術と、すでに現場で引き渡しを進めている技術が一致していません。

特に注目されやすいDACは、期待に対して実装がまだ小さい分野です。IEAによれば、世界で稼働するDACプラントは27基、回収量は年間0.01メガトン弱にすぎません。計画中案件は130件ありますが、多くは初期段階にあり、政策支援と需要形成が続かなければ最終投資決定に至らないとされています。

価格面の壁も厚いままです。IEAはDAC由来の除去価格が現在おおむね1トン当たり600ドルから1,000ドルと高止まりしていると指摘しています。こうした価格水準では、品質や耐久性を重視する大企業しか本格的な長期購入に踏み込みにくく、結果としてMicrosoftのようなアンカー買い手への依存が再生産されます。

自走を阻む三つの壁

大型案件を支えるアンカー需要の不足

炭素除去産業の最大の弱点は、供給側より需要側にあります。世界経済フォーラムは2026年1月、耐久型炭素除去の市場形成が長く「安定した需要の欠如」に縛られてきたと整理しました。MicrosoftがHafslund CelsioやStockholm Exergiと結んだ数百万トン規模の契約は、まさにその空白を埋める役割を果たしてきました。

大型プロジェクトは、工場や回収設備、輸送、貯留インフラに先行投資が必要です。その資金調達には、10年から15年級のオフテイク契約が欠かせません。Fastmarketsも、Microsoftのような事前購入がプロジェクトの信用力を高め、資金調達を可能にしてきたと指摘しています。今回の減速報道が重く受け止められたのは、この金融的な連鎖が止まる懸念を呼んだからです。

品質審査と資金配分の厳格化

ただし需要不足だけが問題ではありません。市場には品質基準を厳しくせざるを得ない事情もあります。Microsoftの炭素除去プログラムは、透明性、実務性、耐久性を重視する方針を明示しており、Carbon Directとの共同基準でも、科学的根拠、MRV、環境正義まで含めた高品質要件を整えてきました。

これは市場の健全化には不可欠ですが、同時に案件の選別を厳しくし、契約成立までの時間とコストを増やします。早く数量を積みたい供給側と、品質を落とせない買い手側の間には恒常的な緊張があります。Microsoftの調達見直しは、この緊張関係のなかで「量を積む局面」から「既存ポートフォリオを精査する局面」へ移った兆候とも読めます。

CDR.fyiのQ2レポートで、民間投資が前四半期の24社・1億3,700万ドルから8社・1億2,200万ドルへと細った点も見逃せません。総額の減少以上に、資金が流れる案件数の減少は、投資家がより少数の有望案件へ集中し始めたことを示します。市場の再編は、需要ショックが起きたから始まるのではなく、すでに水面下で進んでいた可能性があります。

政策設計と買い手層拡大の遅れ

長期的にみれば、企業の自発需要だけで市場を支えるのは限界があります。State of CDRは、2050年に必要な炭素除去量を年間7〜9GtCO2と見積もる一方、現在行われている除去は年間約2GtCO2で、その大半は森林などの従来型手法だと示しています。新規性の高い手法は年間130万トンにすぎず、全体の0.1%未満です。

IPCCも、炭素除去は1.5度目標や2度目標のシナリオで重要な要素だと位置づけていますが、同時に手法ごとの成熟度や副作用、コスト、ガバナンスの違いを強調しています。2050年時点のシナリオ中央値でも、DACCSは年0.02Gtにとどまり、BECCSや土地利用系がより大きな比重を占めます。炭素除去を「DACの大量普及」と同一視する理解は、現実の市場構造を見誤ります。

政策面でも、支援はまだ実証中心です。米エネルギー省は2024年12月に最大18億ドルのDAC支援枠を打ち出しましたが、狙いはあくまで商業化への橋渡しです。IEAが指摘する通り、初期案件を量産フェーズへ押し上げるには、実証補助だけでなく、将来需要を可視化する制度設計が必要です。企業の自主購入に過大な役割を背負わせる構図は、Microsoftの一件で限界が露わになりました。

2026年後半の追加契約と中間層需要

今回のニュースを読む際に避けたい誤解は三つあります。第一に、Microsoftが炭素除去から完全撤退したと断定することです。4月14日と15日の公式説明では、終了ではなく調達ペースの調整とされています。第二に、今回の調整をもって炭素除去産業全体が失敗したとみなすことです。むしろ露呈したのは、市場がまだ自走できるほど広く深い需要を持っていなかったという現実です。第三に、炭素除去市場をDAC一本で捉えることです。契約の主力、実装の主力、将来の主力は必ずしも同じではありません。

今後の焦点は三つです。まず、Microsoftが2026年後半にどの程度の追加契約を再開するのか。次に、Googleや金融機関、素材・物流企業などが数十万トンから数百万トン規模の「中間層需要」へ成長するのか。最後に、各国政府が企業の自主的な先行投資を補完する需要制度を作れるのかです。ここが進まなければ、炭素除去は話題先行の先端分野のまま、インフラ産業にはなりきれません。

買い手層・引き渡し・需要創出の三条件

むしろ、炭素除去が必要であることと、市場が産業として自立していることは別問題だと示した出来事でした。IPCCやState of CDRが示す通り、長期的には炭素除去の拡大が不可欠です。しかし現実の市場では、需要の多くを一社が担い、高コスト技術は政策と長期契約に依存し、品質基準は厳格化しています。

したがって、今後の見方として重要なのは「Microsoftが戻るか」だけではありません。買い手層が厚くなるか、契約が実際の引き渡しへつながるか、政策が実証支援から需要創出へ進むか。この三点を追うことで、炭素除去が本当に産業化へ向かうのか、それとも先行投資の反動で再編に入るのかが見えてきます。

参考資料:

坂本 亮

テクノロジー・サイエンス

宇宙開発・AI・バイオテクノロジーなど最先端の科学技術を、社会的インパクトの視点から読み解く。技術と倫理の交差点を追い続ける。

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