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PolymarketとKalshi、米国予測市場覇権争いの深層

by 三浦 愛子
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予測市場の主導権争いが金融市場化する理由

PolymarketのShayne Coplan氏とKalshiのTarek Mansour氏の対立は、スタートアップ創業者同士の感情的な競争として語られがちです。しかし本質は、ニュース、政治、スポーツ、経済指標を「取引できる価格情報」に変える市場インフラの主導権争いです。

予測市場では、参加者が将来の出来事について「はい」「いいえ」の契約を売買します。価格は市場参加者の集合的な見通しを映すため、世論調査やアナリスト予想とは異なるリアルタイムの確率情報として利用されます。両社の競争が重要なのは、この仕組みが賭け事にとどまらず、金融データ、ヘッジ、メディア配信、個人投資家向け取引の境界を揺さぶっているためです。

規制で分かれたKalshiとPolymarketの勝ち筋

連邦認可を先に得たKalshiの正攻法

Kalshiの最大の武器は、早い段階で米商品先物取引委員会(CFTC)の制度内に入ったことです。CFTCは2020年11月、KalshiEX LLCを指定契約市場(DCM)として認可しました。これによりKalshiは、イベント契約を「商品デリバティブ市場」の枠組みで扱う企業として出発できました。

この規制上の位置取りは、Mansour氏の対外メッセージと直結しています。NPR系の報道では、同氏が競合を名指しせず「規制外の海外型プラットフォーム」と対比する姿勢が描かれています。これは単なる挑発ではなく、米国内の個人投資家、ブローカー、機関投資家に対して「合法性と監督」を売り込む戦略です。

Kalshiは、選挙契約をめぐってCFTCと争った過去もあります。2024年の連邦控訴審では、CFTCが議会支配に関する契約の取引を止めるために求めた緊急停止が認められませんでした。裁判所は、選挙の公正性への懸念を重く見ながらも、差し迫った回復不能な損害の立証が足りないと判断しました。

この判断は、予測市場にとって象徴的でした。政治を対象にした契約が金融市場として扱われ得る余地を広げた一方、選挙やスポーツのような社会的影響の大きいテーマでは、CFTC、州当局、議会がそれぞれ異なる論理で介入する構図も生みました。

ただし、DCM認可はすべての商品が自動的に安全と見なされる免罪符ではありません。取引所は市場監視、参加者管理、清算、リスク開示、商品提出の実務を継続的にこなす必要があります。Kalshiの優位は「認可済み」という看板だけではなく、その看板を支える運営能力をどこまで証明できるかにかかっています。

海外起点から米国回帰を狙うPolymarket

Polymarketは、Kalshiとは逆の経路で成長しました。暗号資産を使ったグローバルな取引体験を先に広げ、後から米国規制への回帰を進めるモデルです。CFTCは2022年1月、Polymarketを運営するBlockratizeに対し、未登録のイベント型バイナリーオプション市場を提供したとして140万ドルの民事制裁金を科しました。

この処分により、Polymarketは米国ユーザーへの提供を制限せざるを得なくなりました。それでも2024年の米大統領選を通じて、同社の市場価格は政治ニュースの現場で頻繁に参照されるようになりました。法的な制約を抱えながらも、流動性とブランドを先に獲得した点がPolymarketの強さです。

転機は2025年7月のQCEX買収です。PolymarketはCFTC認可済みのデリバティブ取引所QCX LLCと清算機関QC Clearing LLCを含む持ち株会社を1億1200万ドルで買収しました。CFTCの登録情報でも、QCX LLCは「Polymarket US」としてDCMに指定されています。

さらにCFTCは2025年9月、QCXとQC Clearingに関するイベント契約の一部報告・記録要件についてノーアクションの立場を示しました。これにより、Polymarketは「米国に戻る」という物語を制度面から補強できました。Kalshiが先に規制の城を築いたのに対し、Polymarketはグローバルな需要を武器に、認可済みインフラを買う形で接近したわけです。

この違いは、両社のブランドにも影響します。Kalshiは「規制された米国取引所」という信頼を前面に出し、Polymarketは「世界が何を考えているかを映す場」という情報価値を訴えます。どちらも正しい面がありますが、金融機関がデータを買う場面では前者が強く、ニュース消費者が熱量を持って集まる場面では後者が強くなります。

収益拡大を急がせる資本と流動性の圧力

企業価値を押し上げた取引量期待

この競争を激しくしているのは、予測市場が急速に大きな金融ビジネスへ見え始めたことです。Kalshiは2025年6月、1億8500万ドルのシリーズC資金調達と20億ドル評価を発表しました。その後、TechCrunchは2026年5月、Kalshiが10億ドルのシリーズFを実施し、評価額が220億ドルに達したと報じています。

同報道によれば、Kalshiの年換算売上高は15億ドルを超えるとされ、同社は米国の予測市場活動の大部分を占めるとも説明しています。未上場企業の評価額は公開市場の株価とは違い、流動性や収益の持続性が十分に検証されているわけではありません。それでも、投資家がこの市場に高い成長倍率を付けていることは明確です。

Polymarket側にも強い資本の追い風があります。ニューヨーク証券取引所の親会社であるIntercontinental Exchange(ICE)は2025年10月、Polymarketへの戦略投資を発表し、最大20億ドルの投資枠と約80億ドルの投資前評価額を示しました。ICEは同時に、Polymarketのイベント駆動型データを機関投資家へ配信する役割も担うと説明しています。

2026年3月には、ICEがPolymarketに6億ドルの追加直接投資を完了したと発表しました。取引所運営会社が予測市場データを金融機関向け商品として扱い始めたことは、予測市場が「面白い賭け」から「市場データ資産」へ移行していることを示します。

金融市場の目線では、ここで重要なのは取引手数料だけではありません。価格データ、API配信、ニュース連携、清算インフラ、マーケットメーカー誘致が一体になると、予測市場は単独アプリではなく市場配管に近づきます。ICEの関与は、Polymarketのブランド価値をウォール街のデータ端末やリスク管理の文脈へ接続する試みです。

同じことはKalshiにも当てはまります。取引量が増えるほどスプレッドは縮まり、価格の信頼性が増し、さらに参加者が増える循環が生まれます。これは株式市場や先物市場でよく見られる流動性のネットワーク効果です。創業者同士の舌戦が過熱する背景には、初期の市場シェア差が長期の価格決定力へ転化しやすいという金融市場特有の力学があります。

スポーツ契約が変えた市場構造

収益面で最も大きな争点は、スポーツ関連契約です。スポーツは頻度が高く、結果が明確で、個人投資家の参加意欲も強い分野です。政治イベントよりも日常的な売買が発生しやすく、プラットフォームの手数料収入を積み上げやすい特徴があります。

一方で、スポーツ契約は州の賭博規制と正面からぶつかります。カジノやスポーツブックは州ごとの免許、税制、責任あるギャンブル対策の下で運営されています。予測市場がCFTC登録を根拠に全米へスポーツ契約を提供するなら、既存の州規制を迂回しているのではないかという批判が出ます。

2026年7月21日には、米下院農業委員会の小委員会がスポーツイベント予測市場の顧客保護と市場公正性をテーマに公聴会を開きました。証人には金融規制の弁護士、米国賭博業界団体、インディアンゲーミング協会、監視技術企業の関係者が並びました。論点は、単に「取引か賭博か」ではありません。市場監視、未成年者保護、依存症対策、州税収、部族ゲーミング権益まで広がっています。

この公聴会の重みは、スポーツが予測市場の利用者獲得装置になっている点にあります。経済指標や政策決定の契約は金融的な説明がしやすい一方、スポーツやエンタメは投機的な参加を引き寄せやすくなります。顧客単価を高める商品ほど、規制当局にはギャンブルに見えやすいというねじれがあります。

この広がりは、KalshiとPolymarketの競争をより複雑にします。金融市場としての正当性を訴えれば訴えるほど、監視義務は重くなります。娯楽として普及すればするほど、ギャンブル規制との距離は縮まります。収益成長を急ぐほど、規制コストと評判リスクも同時に増える構造です。

州規制と市場濫用が迫る再設計圧力

CFTCは2026年6月、イベント契約に関する規則案への意見募集を発表しました。提案は、テロ、暗殺、戦争、ゲーミング、連邦法または州法に反する行為に関わる契約をどう評価するかを整理し、公共の利益に反するかを契約ごとに審査する枠組みを示すものです。90日間の審査手続きも含まれています。

同時に、CFTCは州当局との主導権争いにも踏み込んでいます。2026年4月には、ウィスコンシン州がKalshi、Polymarket、Crypto.com、Robinhood、Coinbaseを相手に州法違反を主張したことを受け、CFTCが同州を提訴しました。CFTCは、DCMで取引されるイベント契約は連邦の管轄に属すると主張しています。

州側も後退していません。ネバダ州ゲーミング管理委員会の公表タイムラインでは、2025年以降、Kalshiへの停止要求、RobinhoodやCrypto.comへの警告、PolymarketやKalshiに対する州裁判所での差し止めが連続しています。2026年5月には、Polymarketに対して禁止対象のイベント契約提供を差し止める動きも記録されています。

もう一つの圧力は、市場濫用です。米司法省は2026年5月、Google従業員が社内の非公開情報を使ってPolymarket上のGoogle関連市場で取引し、120万ドル超の利益を得たとして起訴したと発表しました。これは申し立て段階ですが、予測市場が証券市場と同じように内部情報の悪用リスクを抱えることを示しています。

予測市場が金融市場を名乗るなら、価格形成の公正性、本人確認、取引監視、アフィリエイト広告の管理まで問われます。これは単なるコンプライアンス費用ではありません。信頼が損なわれれば、価格情報そのものの商品価値が下がるからです。

特に政治や企業イベントの契約では、非公開情報を持つ参加者が価格を動かす可能性があります。市場価格がニュースの見出しに使われるようになるほど、その価格を操作する誘因も強まります。両社に求められるのは、違反者を後から摘発する姿勢だけではありません。上場する契約の設計段階で、操作しやすい結果指標や情報格差の大きいテーマをどう絞るかという判断です。

投資家が読むべき予測市場の次の焦点

PolymarketとKalshiの「不仲」は、業界が未成熟な証拠であると同時に、勝者総取りに近い市場構造を映すシグナルです。流動性が集まる場所には参加者がさらに集まり、メディアや金融機関は最も参照される価格を使います。この循環を先に作った企業が、予測市場の標準になりやすいのです。

投資家が見るべき焦点は三つです。第一に、CFTCと州当局の権限争いがどこで決着するか。第二に、スポーツ契約が収益の柱として維持できるか。第三に、内部情報や広告問題に耐える市場監視体制を作れるかです。

両社の創業者同士の対立は注目を集めますが、企業価値を決めるのは感情ではありません。規制上の居場所、流動性、データ販売力、監視技術の四つがそろった企業だけが、予測市場を持続的な金融インフラへ変えられます。

参考資料:

三浦 愛子

米国経済・金融市場

米国経済の構造変化を、金融市場・財政政策・産業動向の三軸で分析。ウォール街と実体経済のギャップを見抜く。

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