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米国債務膨張と制裁強化で揺らぐドル覇権と世界経済の不安を読み解く

by 石田 真帆
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米国リスクを見直す世界経済

世界経済にとって、米国は長く「最後に頼れる市場」でした。危機時にはドルが買われ、米国債は安全資産として保有され、米国の金融制裁は国際秩序を守る強力な道具と見なされてきました。しかし2026年の論点は、ドル覇権が突然崩れるかどうかではありません。むしろ、米国の財政運営と制裁外交に対する警戒が、各国の準備資産、貿易決済、投資配分に少しずつ織り込まれ始めた点にあります。

CBOやOECDの見通しは、米国の成長力がなお強い一方で、財政赤字と債務比率が高止まりする姿を示しています。さらに、トランプ政権下で関税、制裁、対外圧力が経済政策と安全保障政策の境界を曖昧にしています。国際安全保障の視点で見ると、これは単なる金融市場のテーマではなく、米国主導秩序への信頼をめぐる問題です。

債務膨張が変える米国債の安全神話

赤字予測に映る利払い負担の重さ

米国債が安全資産であることと、米国財政が無条件に信頼されることは同じではありません。CBOは2026会計年度の連邦財政赤字を1.9兆ドル、GDP比5.8%と見込み、2036年には赤字が3.1兆ドル、GDP比6.7%へ拡大すると予測しています。公衆保有の連邦債務は2026年末にGDP比101%、2036年には120%へ上昇する見通しです。

問題は、赤字そのものよりも利払いが構造化している点です。債務残高が大きい状態で長期金利が高止まりすれば、新規発行分だけでなく借り換え分にも高い金利が反映されます。CBOは2025年成立のPublic Law 119-21について、2025〜2034年に債務サービスを含めて累積赤字を4.1兆ドル押し上げると試算しました。時限的な税制措置を恒久化すれば、影響は5.0兆ドルに広がるとされています。

OECDも米国の一般政府ベースの財政赤字が2026年にGDP比8%へ拡大し、一般政府総債務のGDP比が2025年の126%から2027年に131%へ上がると見ています。これは、景気が深刻な不況に陥っていない局面としてはかなり重い財政負担です。AI投資や消費の底堅さが成長を支えても、財政の余力が同じ速度で回復するわけではありません。

9月16日のFOMCは、フェデラルファンド金利の誘導目標を0.25ポイント引き上げ、3.75〜4.00%としました。声明は経済活動が堅調である一方、インフレがなお高いと説明しています。高金利はインフレ抑制には必要ですが、米国政府にとっては利払い費を通じた財政圧力でもあります。ここに、金融政策と財政政策の緊張があります。

海外保有者の変化と日本の重み

米国債市場の深さは、今も他国の追随を許しません。ただし、誰がどの価格で米国債を買うのかという構造は変わりつつあります。米財務省のTICデータによれば、2026年7月末の外国勢による米国債保有額は9兆2481億ドルでした。国別では日本が1兆1039億ドルで最大、英国が9983億ドル、中国本土が6180億ドルです。外国公的部門の保有は3兆7731億ドルでした。

この数字は「海外勢が米国債を捨てている」という単純な物語を示すものではありません。TIC統計は保管地ベースの限界があり、第三国カストディ経由の保有は真の所有者を正確に示さない場合があります。それでも、中国の保有額がかつてのピークから大きく低下し、日本や英国、オフショア金融拠点の存在感が相対的に重要になっていることは、米国債市場の需要構造が以前より価格に敏感になっている可能性を示します。

日本にとっても、この変化は他人事ではありません。日本の金融機関、保険会社、年金資金は、為替ヘッジコストや国内金利との比較を見ながら米国債を保有しています。米国の財政不安が長期金利を押し上げ、同時に円金利も上向く局面では、米国債の魅力は「安全だから買う」から「利回りと為替リスクを見て買う」へ変わります。これは米国にとって、同盟国の資金も無限ではないという現実を突きつけます。

制裁の常態化とドル離れの現実味

OFAC更新が示す金融制裁の日常化

米国の制裁は、軍事力を使わずに相手国や企業へ圧力をかける手段として発展してきました。OFACの最近の更新を見ると、2026年9月だけでもイラン、キューバ、ベラルーシ、ロシア、ベネズエラ関連の措置やライセンス変更が相次いでいます。OFACのRecent Actionsは3159件を表示しており、制裁が例外的な危機対応ではなく、日常的な政策運用になっていることが分かります。

イラン制裁のページには、ホルムズ海峡通行をめぐる制裁リスク、石油精製、海運、航空、金融取引に関する注意喚起や一般ライセンスの停止が並んでいます。制裁対象は国家だけではなく、銀行、海運、航空、暗号資産、保険、物流へ広がります。企業にとっては、取引相手そのものよりも、その先にいる金融機関、船舶、所有構造、決済通貨まで調べる必要が生じます。

GAOは、米国が近年さまざまな外交目的で制裁を一段と活用してきた一方、制裁効果を包括的に測定することは難しいと指摘しています。対象国は迂回策を探し、デジタル資産も制裁執行上のリスクになります。制裁は短期的には強い圧力を生みますが、長期的には相手国だけでなく第三国にも「米国の金融網に依存しすぎる危うさ」を意識させます。

外貨準備に広がる分散の論理

ドル離れはしばしば過大に語られます。Atlantic CouncilのDollar Dominance Monitorは、ドルが外貨準備、貿易決済、国際取引でなお圧倒的な地位を占め、外貨準備ではドルが58%、ユーロが20%程度だと整理しています。代替通貨には、市場の深さ、法制度、流動性、資本規制、政治的信頼という壁があります。中国人民元も、資本移動の自由度や制度信頼の面でドルを直ちに置き換える段階ではありません。

それでも、各国の準備管理者が「集中リスク」を意識し始めた意味は大きいです。BISに掲載されたスリランカ中央銀行総裁の講演は、現在の準備運用環境を地政学的分断、制裁、金融分断、商品価格変動、金利サイクルの変化が重なる世界だと説明しています。ドル市場の流動性は比類なく、危機時に売却できる資産としての強みは維持されています。しかし同時に、管轄リスク、制裁リスク、決済リスク、カウンターパーティーリスクを準備資産に組み込む必要があるという認識が広がっています。

その象徴が金です。World Gold Councilによれば、2026年第2四半期の中央銀行による金の純購入は289トンに達し、上半期の純需要は345トンでした。同会議の調査では、準備管理者の89%が今後12カ月で世界の中央銀行の金保有が増えると見込み、45%が自らの機関でも金保有を増やすと答えています。さらに74%が、今後5年で世界準備に占めるドル比率は低下すると見ています。

これはドル崩壊ではなく、保険の購入です。各国はドルを使い続けながら、金、ユーロ、地域通貨、決済インフラ、デジタル通貨実験を組み合わせ、米国の政策変更に対する耐性を高めようとしています。安全保障の世界でいう「単一依存の脆弱性」が、外貨準備にも持ち込まれているのです。

金利と物価が増幅する信認低下リスク

米国への警戒を強める要因は、債務と制裁だけではありません。物価、関税、エネルギー、地政学が互いに影響し、米国の政策予測を難しくしています。IMFは2026年7月の世界経済見通しで、世界成長率を2026年3.0%、2027年3.4%としつつ、ディスインフレが停滞し、紛争再燃や金融市場の再評価が下振れリスクになると指摘しました。世界は米国の成長力に頼りつつ、その政策変動にも備えています。

OECDは米国について、AI関連投資が下支えする一方、中東情勢に伴うエネルギーショック、関税、移民政策、連邦政府部門の縮小が不確実性を高めていると分析しています。米国の平均実効関税率は司法判断後に低下したものの、10%のグローバル関税や別の通商法による再導入リスクが残るとされています。これは輸入企業だけでなく、米国市場に依存する同盟国企業にも影響します。

信認は、財政指標だけで決まりません。Pew Research Centerの36カ国調査では、米国に好意的な見方は中央値37%、非好意的な見方は57%でした。トランプ大統領の国際問題対応に信頼を示す割合は中央値23%にとどまり、米国を信頼できるパートナーと見る割合も多くの国で低下しています。カナダでは2022年に83%が米国を信頼できるパートナーと見ていたのに対し、2026年は35%でした。

外交的な信頼低下は、すぐに米国債売却へ直結するわけではありません。しかし、危機時の協調、制裁の国際的支持、貿易交渉、通貨スワップ、軍事同盟の費用分担には影響します。ドル覇権は金融制度だけでなく、同盟国が「米国の判断は最終的には予測可能だ」と信じる政治的土台にも支えられてきました。その土台が細れば、リスクプレミアムは静かに上がります。

日本企業と投資家が備える監視軸

日本の読者に必要なのは、米国離れを急ぐことではありません。むしろ、米国が依然として中心であるからこそ、その中心に集中するリスクを見える化することです。投資家は米国債入札の需要、TIC統計における日本・中国・英国の保有動向、CBOの利払い見通し、FOMCのインフレ認識を継続的に確認する必要があります。

企業は、ドル建て資金調達と制裁コンプライアンスを一体で点検すべきです。取引相手の国籍だけでなく、銀行、船舶、保険、最終受益者、暗号資産利用の有無まで確認する体制が重要です。特に中東、ロシア、中国関連の取引では、米国の二次制裁や一般ライセンスの変更がサプライチェーンを突然止める可能性があります。

世界経済は米国を見限っているのではなく、米国依存に保険をかけ始めています。ドルと米国債はなお基軸ですが、債務膨張と制裁の常態化は、その基軸通貨国に求められる自制と予測可能性を問い直しています。日本企業と投資家にとっては、米国を中心に据えながらも、為替、金利、制裁、準備資産の分散を同時に見る複眼が不可欠です。

参考資料:

石田 真帆

国際安全保障・欧州情勢

欧州・中東の安全保障問題を中心に、軍事と外交の接点から国際秩序の変動を伝える。

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