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全米で拡大する不法占拠問題、州法改正と住宅市場のひずみを読む

by 三浦 愛子
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はじめに

米国で不法占拠を巡る議論が一段と熱を帯びています。ここでいう不法占拠は、長年の取得時効を争う古典的な土地紛争だけではありません。空き家、差し押さえ物件、改修待ちの公営住宅、相続や売却の途中にある住宅など、所有と使用の切れ目に生じる隙を突く短期的な居座りが、法執行や住宅市場の新たな摩擦になっています。

注目を集めているのは、被害の舞台が極端に分かれている点です。アトランタでは大型邸宅が占拠される一方、ニューヨーク市の公営住宅では空室が長く放置され、無断占拠の温床になっていました。高額住宅と低所得者向け住宅という対照的な現場で同じ問題が起きていることは、不法占拠が単なる治安問題ではなく、住宅供給の詰まりと管理コストの上昇を映す現象であることを示しています。

本稿では、2024年から2026年にかけて各州で進んだ制度変更を確認しつつ、なぜ今この問題が全米で可視化されたのかを整理します。州法の強化だけでなく、空室率、改修負担、賃貸審査の不正、そして住宅不足まで視野に入れることで、表面的な事件報道では見えにくい構造が見えてきます。

高級住宅と公営住宅で進む不法占拠の可視化

アトランタの大型住宅が映す所有移転期の脆弱性

高級住宅の不法占拠が強い注目を集める理由は、被害額の大きさだけではありません。所有者が住んでいない期間、差し押さえや売却で管理主体が曖昧な期間、改修前の空白期間が狙われやすいという、市場の移行局面の弱さを可視化するからです。2024年10月、アトランタの地元局Atlanta News Firstは、Fulton Countyの保安官部門が15,000平方フィートの邸宅から複数の不法占拠者を退去させたと報じました。現場ではドローンも使われ、通常の立ち退きより高い警戒態勢が取られています。

この事例が象徴的なのは、被害が必ずしも荒廃した住宅に限定されない点です。価格が高く、面積が大きく、周囲から見れば「安全そう」に見える物件でも、所有者不在の時間が長ければ侵入の標的になります。高級住宅は維持費も固定資産税も大きく、占拠期間が延びるほど経済的損失は膨らみます。住宅の資産価値だけでなく、売却の遅延、保険対応、補修費用、近隣の治安不安まで含めると、損失は単純な家賃換算では測れません。

さらに、全米の空き物件が一様に急増しているわけではない点も重要です。ATTOMの2025年第1四半期レポートによれば、全米の空き住宅は約137万戸で、住宅ストック全体の1.3%、言い換えれば76戸に1戸でした。差し押さえ中のいわゆるゾンビ物件は7,094戸にとどまり、空き家一般よりずっと小さい規模です。つまり、全国で大量の空き家が野放しになっているというより、所有移転や改修待ちといった「短い空白」が集中攻撃を受けているとみる方が実態に近いです。

NYCHA空室が示す公営住宅の管理コスト

同じ問題は、公営住宅ではまったく違う顔で現れています。ニューヨーク市調査局の2026年3月の報告書によれば、NYCHAの約15万戸の住宅のうち、2025年5月時点で約14万戸が入居中で、約6,700戸が空室でした。この報告書では、2022年1月から2025年5月までにNYPDが548戸のNYCHA住宅を無断占拠者から回収したとしています。うち60戸は調査局とNYPDの共同対応で、81人が逮捕されました。

ここで見逃せないのは、無断占拠の背景が「放置」だけではないことです。NYCHAの空室の多くは、鉛やアスベスト対策を含む法定改修の途中にあります。安全基準を満たすために改修を急げば費用がかさみ、費用を抑えれば空室期間が延びるという板挟みが生じます。その結果、空室は供給不足を和らげるどころか、鍵管理や巡回の負荷を増やし、無断占拠や違法行為の拠点として使われるリスクを高めます。

民間の高級住宅と公営住宅は、一見すると無関係です。しかし共通するのは、住宅が「使われていない時間」に最も脆くなることです。所有権の移転、補修、相続、差し押さえ、入居者入れ替えといった市場や行政の手続きの遅さが、実際には不法占拠の余地を広げています。可視化された事件の多くは、住宅不足そのものというより、住宅を市場や制度の中で循環させる仕組みの目詰まりを示しているのです。

州法改正を促した市場構造と制度のずれ

取得時効との混同と各州の法改正

不法占拠問題を理解する上で、取得時効との混同は大きなノイズです。Cornell Law SchoolのLIIによれば、取得時効が成立するには占有が継続的で、公然で、排他的で、かつ所有者の許可なく行われている必要があります。しかも州ごとに期間は異なり、例としてカリフォルニア州は5年、ニューヨーク州は10年です。LIIはさらに、賃借人は賃貸物件について取得時効の占有者にはなれないと整理しています。短期の侵入や偽造書類による居座りと、長期間の取得時効を同じ「squatter’s rights」で語ると、制度理解を誤ります。

それでも政治が動いたのは、現場では警察が即応しにくく、民事と刑事の境界が曖昧だったからです。ジョージア州のHB 1017、いわゆるGeorgia Squatter Reform Actは2024年に成立し、不法占拠を独立の違反として扱いやすくしました。法文では、占拠者は警察からの通告後3営業日以内に適法な入居を示す書類を提示しなければならず、示せなければ逮捕対象になり得ます。加えて、所有者側の宣誓供述書が示された後、反対宣誓がなければ3日経過後に退去執行へ進む流れが明確化されました。

ただしジョージア州の制度も、正規の賃借人を不法占拠者扱いしない線引きを残しています。Athens-Clarke Countyの公式説明では、現占有者が現在または過去の適法な賃借人である場合、通常の立ち退き手続きが必要で、法執行機関は新制度で退去させられないと明記しています。この留保は重要です。制度強化の本丸は、契約関係がない侵入者に迅速対応することであって、賃料不払いの通常紛争を全面的に刑事化することではありません。

フロリダ州も2024年3月27日、HB 621を成立させました。州法82.036では、所有者が住宅への不法侵入、退去命令への不服従、現・元入居者ではないことなど一定の条件を満たせば、保安官に即時退去を求められる仕組みを導入しています。ニューヨーク州でも2024年にRPAPL第711条が改められ、「tenant」にsquatterは含まれないと法文上明確化されました。州ごとの差はあるものの、近年の立法は共通して、まず不法占拠者と賃借人を分けることに注力しています。

2025年のテキサス州も同じ方向です。SB 1333に基づくChapter 24Bでは、所有者または代理人が、当該人物が現・元賃借人でも家族でもなく、退去命令にも従っていないと示せば、保安官やconstableに即時退去を求められます。加えてSB 38は、立ち退き訴訟の審理時期を申立て後10日から21日の間に収める枠組みを定め、反訴や第三者請求の持ち込みも制限しました。制度全体として、民事紛争の長期化が空室の再流通を妨げる事態を抑え込もうとしています。

供給不足と審査不正が生む新たな誘因

もっとも、制度変更だけで問題は収まりません。なぜなら、住宅市場の需給が侵入や書類偽装の誘因を残しているからです。米国勢調査局の2026年第1四半期統計では、全米の持ち家空室率は1.1%、賃貸空室率は7.3%でした。売買向け住宅の空室が極めて低い一方で、賃貸市場は地域差の大きい供給調整局面にあります。低空室は物件確保競争を激しくし、所有者側には「長引く占拠を避けたい」という圧力を、入居希望者側には「多少無理をしてでも住まいを確保したい」という圧力を生みます。

その圧力は、賃貸審査の不正という形でも現れています。NMHCの2024年調査では、回答企業の93.3%が過去12カ月に何らかの不正を経験し、70.7%が不正申請や不正支払いの増加を報告しました。過去3年の立ち退き申立ての平均23.8%が、不正申請と家賃不払いに関連していたという結果も出ています。増加地域としてAtlantaを挙げた回答者が多かった点は、ジョージア州で制度改正の政治圧力が強まった背景と整合的です。

さらに、住宅不足そのものも制度の緊張を高めています。National Low Income Housing Coalitionの2025年版「The Gap」によれば、米国では超低所得世帯向けに手頃で利用可能な賃貸住宅が710万戸不足し、100世帯当たり35戸しかありません。超低所得の賃借人の4分の3は、所得の半分超を家賃に充てる「重い家賃負担」に置かれています。この環境では、住宅を失った後に短期間でも居住場所を確保しようとする圧力が高まり、空室の再流通が遅い地域ほど無断占拠の火種が生まれやすくなります。

要するに、現在の不法占拠問題は二層構造です。表層では、所有者保護を急ぐ州法改正があります。深層では、安価な住宅の不足、改修費の高騰、賃貸審査の不正、そして空室再流通の遅さが問題を押し上げています。法律だけを強くしても、改修待ちの公営住宅や売却前の空き物件が長く市場から外れたままであれば、次の侵入余地は残ります。逆に供給政策だけでは、偽造書類や即時侵入に対処できません。いま州政府が直面しているのは、治安政策と住宅政策を切り離せなくなった現実です。

注意点・展望

ここで注意したいのは、強い対策ほど誤認リスクも高まることです。テキサス州のSB 38を巡る2025年5月のTexas Tribune報道では、当初案より後退した後も、住宅擁護団体はなお賃借人保護が削られると批判していました。実際、現・元賃借人を除外する条文があっても、現場で書類が不完全な入居者や相続人、サブリース利用者をどう見分けるかは簡単ではありません。不法占拠対策が、脆弱な入居者の権利縮小に転化しない設計が不可欠です。

もう一つの誤解は、「空き家が多いから起きる」という単純な説明です。ATTOMや国勢調査の数字を見る限り、全国ベースで住宅が大量に放置されているわけではありません。むしろ、改修前、売却前、差し押さえ後、公営住宅の再入居前といった移行期間の管理不全が問題です。したがって、監視カメラや施錠強化だけでなく、改修予算の迅速執行、相続や差し押さえ手続きの簡素化、自治体と警察の情報連携が同時に問われます。

今後の焦点は二つです。第一に、ジョージア、フロリダ、ニューヨーク、テキサスの新制度が、実際に退去日数や再占拠率をどこまで下げるかです。第二に、住宅供給不足と公営住宅の改修遅延にどこまで資金と行政能力を振り向けられるかです。不法占拠は目立つ事件ほどセンセーショナルに扱われますが、持続的に効くのは、住宅を空けないことではなく、空いた住宅を早く安全に再流通させることです。

まとめ

米国の不法占拠問題が拡大して見える背景には、高級住宅への侵入そのもの以上に、住宅市場の切れ目が増えたことがあります。所有移転や改修待ちの物件、公営住宅の長期空室、賃貸審査の不正、超低所得層向け住宅の不足が重なり、制度の遅さが損失を大きくしています。

州法改正はこの摩擦を縮める第一歩ですが、万能ではありません。取得時効と短期の侵入を切り分けた上で、正規の賃借人保護を維持しつつ、空室管理と住宅供給の改善を進められるかどうかが次の勝負になります。今後この問題を見る際は、事件の派手さよりも、どの物件がどれだけ長く市場から外れていたのかに注目すると、本質が見えやすくなります。

参考資料:

三浦 愛子

米国経済・金融市場

米国経済の構造変化を、金融市場・財政政策・産業動向の三軸で分析。ウォール街と実体経済のギャップを見抜く。

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