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米国学力低下の深層、世代を超える成績後退と格差拡大の重い実像

by 村上 詩織
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米国学力低下が教育政策の争点に戻る背景

米国の学力低下は、もはや「コロナ禍で学校が閉まったから」という単純な説明では足りません。2024年のNAEPと2026年版Education Scorecardは、読解力と数学力の停滞がパンデミック以前から始まり、地域、所得、家庭環境、学校区の支援力を巻き込む長期の問題になったことを示しています。

焦点は、平均点の低下だけではありません。下位層の落ち込み、慢性欠席、読書習慣の弱まり、説明責任制度の変化、学校区ごとの回復差が重なっています。移民家庭や低所得家庭、英語学習者のように制度の隙間に置かれやすい子どもほど、平均値では見えにくい遅れを抱えやすい構図です。本稿では、確認できる統計に基づき、米国のテスト成績低下が何を映しているのかを読み解きます。

NAEPが示す読解力と数学力の長期失速

2013年前後に変わった成績曲線

米国の教育不振を考えるうえで、最初に見るべき指標はNAEPです。NAEPは「全米の通知表」と呼ばれる全国学力調査で、州ごとの試験制度が違っても長期比較がしやすい特徴があります。2024年の4年生・8年生の読解と数学、2024年の12年生の読解と数学、2023年の13歳対象の長期トレンド調査は、いずれも同じ方向を向いています。

13歳を対象にした長期トレンド調査では、2023年の平均点が2020年比で読解4点、数学9点低下しました。10年前との比較では読解7点、数学14点の低下です。この調査は1970年代から続く系列を持つため、単なる一時的な揺れではなく、世代単位の後退を捉える材料になります。

2024年の4年生読解では、全国平均が2022年より2点、2019年より5点低くなりました。NAEP Proficient以上に達した4年生は31%で、2019年より4ポイント低い水準です。NAGBの発表では、4年生読解でNAEP Basicを下回る児童は約40%に達し、8年生読解でも約3分の1がBasicに届いていません。

数学は読解よりやや明るい材料を含みます。2024年の4年生数学は2022年から2点上昇し、一部の州や大都市地区でも改善が見られました。ただし8年生数学は2022年から横ばいで、2022年に記録した8点低下を取り戻していません。2024年時点で8年生の数学と読解について、2019年を上回った州はありませんでした。

高校段階でも弱さは残ります。2024年の12年生数学は2019年より3点低く、読解も同じく3点低下しました。12年生数学でNAEP Proficient以上は22%、Basic未満は45%です。読解ではProficient以上が35%、Basic未満が32%でした。小中学校だけの問題ではなく、高校卒業時点の大学・職業準備にも影を落としています。

下位層ほど深い低下の構図

平均点の低下以上に重要なのは、低い成績層ほど傷が深い点です。13歳の長期トレンド調査では、2023年の数学で全ての選択百分位が2020年から低下しましたが、下位層の落ち込みは12〜14点で、中上位層の6〜8点より大きくなりました。読解でも全ての選択百分位で低下が見られました。

2024年のNAEP概要資料も、8年生読解で10パーセンタイルと25パーセンタイルの点数、Basic未満の割合が1992年の初回調査以来で最も厳しい水準になったとしています。これは、学校が平均的な生徒に合わせて回復しているように見えても、最も支援を必要とする層が置き去りになる危険を示します。

この構図は、英語学習者や障害のある生徒、経済的に不利な生徒にも重なります。2024年の8年生数学では、ヒスパニック系、経済的に不利な生徒、障害のある生徒、英語学習者などで低下が報告されています。移民家庭の子どもにとって、言語支援、家庭との連絡、補習へのアクセスが弱い場合、学力低下は単なるテスト点ではなく進路選択の制約になります。

重要なのは、格差を「家庭の努力不足」に還元しないことです。慢性欠席、交通、健康、住宅不安、学校との言語的距離、保護者が子どもの遅れを把握しにくい情報環境が重なると、学習機会は日々削られます。テスト成績の低下は、授業の中だけでなく、学校に来るまでの条件を含めた教育アクセスの問題です。

学校区データが映す回復格差と欠席問題

高貧困地区を支えた連邦支援

Education Scorecardは、NAEPと州テストを結びつけ、学校区単位で比較できるようにした調査です。2025年版では、2019年、2022年、2024年の州テストとNAEPを合わせ、43州の8,719の地理的学校区を分析しました。対象は3〜8年生の児童生徒で、約3,500万人規模のデータに基づきます。

2025年時点の分析では、2024年春の平均的な米国児童生徒は、数学と読解でパンデミック前よりなお約半学年分遅れているとされました。3〜8年生の17%は数学で2019年を上回る地区に在籍し、11%は読解で回復した地区に在籍していました。両方で回復した地区にいる児童生徒は6%にとどまります。

所得による回復差も明確です。最も高所得の地区は、最も低所得の地区に比べ、数学と読解の両方で回復している可能性が約4倍高いとされました。具体的には14.1%対3.9%です。一方で、連邦のパンデミック支援金は高貧困地区の損失を小さくする役割を果たしました。2025年版Scorecardは、最貧困地区で援助が数学・読解ともに学年換算で10%分の損失を防いだと推計しています。

2026年版のEducation Scorecardは、さらに2013年前後からの「学習後退」に焦点を移しました。スタンフォード大学Educational Opportunity Projectの研究ページは、数学と読解の改善が2013年に失速し、その後に平均点が低下し始めたと説明しています。パンデミックは大きな打撃でしたが、既存の後退を一気に可視化した出来事でもありました。

2022年から2025年にかけては、数学で多くの州が改善し始めた一方、読解の回復は鈍いままです。報道で紹介された同Scorecardの分析では、ルイジアナだけが2019年水準に両科目で戻った州とされ、2013年水準へ戻った州はありません。つまり「回復」は始まっていても、基準年をどこに置くかで評価は大きく変わります。

中所得地区に残る支援の空白

2026年版で注目されるのは、回復がU字型になっている点です。高所得地区はもともとの財政基盤が強く、低所得地区は連邦支援を厚く受けました。その一方で、連邦支援の対象になりにくく、独自財源も十分ではない中所得地区が相対的に遅れました。これは「貧困地区だけが遅れている」という単純な見方を修正します。

学校区単位で見る利点は、州平均や全国平均が隠す差を見えるようにすることです。ある州の平均が横ばいでも、同じ州内に大きく回復した地区と、さらに落ち込んだ地区が並びます。補習、夏季学習、個別指導、教材の質、教員定着、家庭連携の有無が、似た条件の地区でも異なる結果を生みます。

NWEAの2026年調査も同じ方向を示します。同調査は、MAP Growthのデータを用い、5百万人超の児童生徒と9,326校を分析しました。2024年秋時点で、数学か読解のいずれかで2019年秋水準に戻った学校は約3分の1、両方で戻った学校は7校に1校にとどまりました。しかも、高貧困校や歴史的に不利な立場に置かれてきた児童生徒を多く抱える学校ほど、完全回復の割合は低い一方、パンデミック後の伸びは大きいとされています。

もう一つの制約が慢性欠席です。米教育省は慢性欠席を、年間授業日の10%以上、目安として約18日以上欠席することと定義しています。全米の慢性欠席率は2021〜22年度に約31%へ上がり、2022〜23年度も28%でした。20州では、2022〜23年度に30%超の児童生徒が少なくとも3週間相当の学校を休んでいます。

School Pulse Panelの2025年6月時点の概要では、2024〜25年度末に公立学校の児童生徒の31%が学年相当より遅れていると学校側が報告しました。同時に85%の公立学校が何らかの個別指導を実施し、平均出席率は91%でした。支援策は広がっていますが、欠席が多い子どもほどその支援に届きにくいという逆説があります。

移民家庭や難民背景のある家庭では、欠席の理由が一つではない場合があります。通学手段、保護者の勤務時間、住宅移動、医療アクセス、学校通知の言語、制度への不信が重なることがあります。学校が欠席を罰として処理するだけでは、学力回復に必要な関係づくりを失います。出席支援は、学習支援と同じくらい中心に置くべき政策課題です。

読解改革とオンライン化が左右する次の数年

読解力の低迷に対して、米国各州では「科学的読解指導」と呼ばれる改革が広がっています。音韻認識、フォニックス、語彙、流暢性、読解理解を体系的に扱う考え方で、従来の全語法的な読み方への反省から支持を広げました。2026年版Scorecardを紹介した報道では、2022〜2025年に読解が改善した7州とワシントンD.C.はいずれも包括的な読解改革を導入していたとされています。ただし、研究者は因果関係の断定には慎重です。

一方で、学校外の時間の変化も無視できません。Pew Research Centerの2025年ファクトシートでは、米国の13〜17歳のうち「ほぼ常時」オンラインだと答えた割合が、2014〜15年の24%から2024年に46%へ上がりました。スマートフォンへのアクセスも2014〜15年の73%から2024年には95%です。これが直接テスト低下を生んだと断定することはできませんが、読書時間、睡眠、集中、家庭学習の習慣をめぐる環境が大きく変わったことは確かです。

注意すべきは、オンライン化も読解改革も、所得や言語背景によって影響が違う点です。家庭で読書を支える大人がいるか、補習へ参加できる移動手段があるか、学校からの説明を母語で受け取れるかで、同じ政策の効果は変わります。制度改革は全国平均を動かすだけでなく、最も情報に届きにくい家庭へ届く形で設計される必要があります。

今後の焦点は、各州が導入した読解改革やスマートフォン規制、補習策を検証し、成果が出ている地区の実践を横展開できるかです。連邦の緊急支援は終了し、学校区は通常予算の中で回復策を続けなければなりません。短期の点数回復だけでなく、欠席減少、学年相当の読解到達、英語学習者への支援、教員の継続配置を一体で見る必要があります。

保護者と自治体が確認すべき学習回復の指標

米国のテスト成績低下は、パンデミックの後遺症であると同時に、パンデミック前から続いた教育制度の警告です。NAEPは読解と数学の広い低迷を示し、Education Scorecardは学校区ごとの回復差を示しました。NWEAとSchool Pulse Panelは、回復が始まっても完全ではなく、支援の届き方にばらつきが残ることを示しています。

保護者と自治体が見るべき指標は、州平均だけではありません。自分の学校区が2019年水準、さらに2013年水準からどれだけ離れているか、下位層と英語学習者の成績がどう変わったか、慢性欠席が減っているか、個別指導や夏季学習が実際に参加できる形で提供されているかが重要です。

学力回復は、テスト対策だけでは進みません。出席できる環境、読み書きを支える家庭連携、質の高い教材、十分な補習、言語支援を重ねて初めて、数字は持続的に変わります。平均点の下にいる子どもの姿を見落とさないことが、米国教育の「世代を超える低下」を止める出発点です。

参考資料:

村上 詩織

移民・難民・教育格差

移民・難民・教育格差など、社会の周縁に置かれた人々の声を丁寧に取材。制度と現実のギャップを浮き彫りにする。

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