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野生動物取引が広げる感染症リスク 生体市場と合法流通の構造問題

by 坂本 亮
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はじめに

野生動物の売買が感染症リスクを高めるという認識は、COVID-19以降に広く共有されるようになりました。ただし、これまでは「危ないだろう」という一般論が先行し、どの取引が、どの程度、どんな経路で危険を増幅するのかは、十分に定量化されていませんでした。2026年4月に科学誌『Science』関連で公表された研究は、この空白をかなり具体的に埋めています。

重要なのは、問題が違法市場やいわゆるウェットマーケットだけで完結しないことです。新研究は、生体販売や違法取引が特に危険だと示しつつ、合法取引や動物製品を含む広いサプライチェーン全体でも、人と野生動物の接触回数そのものが病原体共有を押し上げると示しました。完成品の店頭販売より、捕獲、保管、解体、輸送、混載、再販といった上流工程が感染機会の中心になるという見方です。

本稿では、研究の中身を起点にしながら、WHO、CDC、CITES、UNEP、WOAH、世界銀行などの公開資料を組み合わせ、なぜ生体市場が特に危険なのか、なぜ合法流通も論点から外せないのか、そして今後の政策が「全面禁止」か「放任」かの二択では済まない理由を整理します。

新研究が可視化した取引と病原体共有の相関

40年データで見えた41%と6.4%の差

今回の研究が注目される最大の理由は、40年分の合法・違法な野生動物取引データと、19万件超の哺乳類と病原体の関連データを結び付け、取引と人獣共通病原体の共有を定量化した点にあります。AAASの要約によると、世界の取引に関わった2,079種の哺乳類のうち、41%が人と少なくとも1つの病原体を共有していました。これに対し、非取引種では6.4%にとどまりました。取引される野生哺乳類は、非取引種より1.5倍、人に感染しうる病原体を持つ可能性が高いという計算です。

ここで誤解してはいけないのは、この数字が「売られている動物はすべて危険」という意味ではないことです。研究が示しているのは、野生動物取引が病原体の越境移動や種間接触の機会を増やす構造を持っているという点です。つまり、取引は単なる物流ではなく、病原体にとっても移動インフラになりうるということです。

しかも研究チームは、対象が一部の珍しい違法品に限られない点を強調しています。ペット、食肉、毛皮、鱗、角、狩猟トロフィー、伝統医療、研究用途まで、合法・違法の双方を含む幅広い用途が分析対象です。University of Lausanneの発表では、こうした取引が哺乳類全体の4分の1に及ぶと整理されています。問題は例外的な裏市場ではなく、かなり大きな市場全体の設計にあるわけです。

生体取引と違法取引が押し上げる危険度

さらに重要なのは、リスクが均一ではないことです。AAASの要約では、生体市場に出る種と、程度はやや下がるものの違法取引に関わる種は、製品としてのみ取引される種や合法取引のみの種より、多くの病原体を抱えていました。WHOも2021年のQ&Aで、生きた野生哺乳類が市場に持ち込まれ、そこで飼養、屠殺、解体される環境は、労働者と客の双方に特有の危険を生むと説明しています。

研究のもう一つの核心は「市場にいる時間」です。研究チームは、ある種が市場に10年長く存在するごとに、人と共有する病原体が平均で1つ増えると報告しました。これは、危険が単発の取引だけで決まるのではなく、長期にわたる需要、流通、再流通、飼育、再販の積み重ねによって増幅されることを意味します。

この点は政策論にも直結します。単に国境で違法品を摘発するだけでは不十分で、生体輸送、長期保管、異種混載、販売後の飼育まで含めた「接触の総量」をどう減らすかが焦点になります。感染症リスクは、動物そのものよりも、人間が設計した流通の密度と長さに宿るというのが、新研究の読みどころです。

生体市場が特に危ない理由

密集・混在・体液接触が重なる高リスク接点

WHO、OIE、UNEPが2021年に出した暫定ガイダンスは、各国当局に対し、食用や繁殖目的の「捕獲された生きた野生哺乳類」の取引停止と、そうした動物を扱う市場区画の閉鎖を緊急措置として求めました。背景には、野生動物、とりわけ捕獲個体が未知の感染を抱えたまま市場に入り、唾液、血液、尿、粘液、糞便、汚染面を通じて人へ伝播しうるという認識があります。

WHOのQ&Aでは、動物由来の新興感染症は人の新興感染症全体の7割超を占めるとされます。CDCも別の基礎資料で、既知の感染症の6割超が動物由来であり、新規または再興感染症の4分の3は動物に由来すると説明しています。つまり、野生動物市場は特殊なニッチではなく、感染症全体の大きな母集団に接続しているのです。

なぜ生体市場が危険なのか。理由は単純で、病原体にとって都合の良い条件が重なるからです。本来は接点の少ない種が狭い空間に集められ、長距離輸送でストレスを受け、衛生管理が不十分な場所で人と近接します。市場は、野生と都市、捕獲地と消費地、動物と人間を一度に接続する「濃い接点」になります。研究が生体取引を特に危険視したのは、この環境が病原体の宿主交代を後押ししやすいためです。

2003年米国mpox流行が示す越境連鎖

この構図は理論だけではありません。CDCによると、2003年の米国では、ガーナから輸入された約800匹、9種の小型哺乳類の貨物が発端となり、感染した個体の近くで飼養されたプレーリードッグがペットとして販売され、6州で47件のmpox確定・可能性例が報告されました。人から人への接触だけで広がった例ではなく、輸入、保管、異種接触、ペット販売という流通経路が流行を成立させたケースです。

この事例が示すのは、感染源が「最終消費地」に現れる頃には、既に複数の接点が連鎖しているという事実です。捕獲地、輸出国、輸入業者、卸施設、小売り、飼育者のどこか一つが問題なのではなく、その連結全体がリスクをつくります。違法取引だけでなく、合法な通関や合法な飼養施設を経由しても、異種混在が起きれば病原体は新しい宿主に乗り換えられます。

この経験を踏まえると、「市場を清潔にすれば十分」という発想には限界があります。衛生改善は必要ですが、それだけで異種混載や長距離輸送のリスクは消えません。野生動物取引の感染症対策は、食品衛生だけでも、密輸対策だけでも足りず、物流設計そのものへの介入が要るということです。

合法流通や動物製品まで論点が広がる背景

完成品より上流工程にある感染機会

今回の研究で興味深いのは、動物製品も分析対象に入れつつ、危険の中心は最終商品の使用場面ではないと整理している点です。研究チームは、象牙の鍵盤を弾いたり毛皮を着たりする行為そのものの感染確率はほぼない一方、狩猟、剥皮、運搬、保管といった上流工程に病原体接触が集中すると説明しています。これは、合法な製品取引も「完成品は低リスクだから無関係」とは言えないことを意味します。

CDCの輸入規制も同じ発想で設計されています。米国では、非ヒト霊長類、アフリカ由来げっ歯類、コウモリなどのトロフィーや製品について、感染性を失わせた証明がなければ制限対象になります。野生動物由来のブッシュミートは持ち込み自体が禁止され、Ebolaとの関連も明記されています。完成品と未処理品を区別しながら、サプライチェーンの上流に感染性が残る前提で制度が組まれているわけです。

したがって、合法な毛皮、薬用素材、装飾品、研究用サンプルの議論では、「店頭で危ないか」だけを問うのは不十分です。どの段階で捕獲されたのか、どう加工されたのか、どの国境をどう越えたのか、途中で生体や未処理品が混在していないかという観点が不可欠です。合法性は行政上の分類であって、生物学的な安全性を自動的に保証するラベルではありません。

CITESと公衆衛生の制度ギャップ

では、既存の国際制度はこの問題をどこまで捉えているのでしょうか。CITESのTradeViewは、同条約が現在およそ38,700種の動植物の国際取引を規制している一方、年次報告や可視化データには、CITES掲載種の国内取引、違法取引、条約対象外の種の取引が含まれないと明記しています。つまり、現行の代表的な国際データ基盤は、国際合法取引の一部を把握する仕組みであって、公衆衛生上の全リスクを覆う監視網ではありません。

この制度ギャップは、新研究の示唆ときれいに重なります。University of Lausanneの発表でも、CITESは主として絶滅防止を目的としており、病原体監視は中心目的ではないと指摘されています。さらに2017年のレビュー論文は、国際野生動物取引が年3,000億ドル超の産業で、個体、動物製品、植物を含め数十億単位の移動がある一方、野生動物の疾病監視と報告は機会依存的だと述べました。市場規模に比べ、感染症監視の制度はまだ薄いのです。

このため、政策の焦点は「CITESがあるから十分」でも「全部禁止すれば解決」でもありません。必要なのは、保全制度、税関、獣医衛生、公衆衛生、研究機関をまたぐ監視の再設計です。WOAHも2024年に、ヒト病原体の6割超が人獣共通である一方、家畜に比べて野生動物監視は限定的だと警告しました。野生動物取引を感染症問題として扱うなら、絶滅危惧種の保護と病原体監視を別々の縦割りにしておく余地は小さくなっています。

注意点・展望

この論点で避けたい誤解は三つあります。第一に、すべての野生動物利用が同じ危険だとみなすことです。WHOの緊急勧告が特に対象にしたのは、食用市場での捕獲生体の野生哺乳類であり、飼養管理された家畜や加工済み製品まで一律に同じではありません。第二に、合法取引なら安全だと考えることです。合法性と安全性は別で、取引過程にどれだけ高リスク接点があるかが本質です。第三に、違法取引だけ潰せば足りると考えることです。研究は、合法市場や製品流通を含む広い接触網が病原体共有を支えていると示しました。

今後の対策は、需要抑制、代替生計支援、国境検疫、野生動物監視、トレーサビリティ強化を組み合わせる方向になるはずです。UNEPは、野生動物の利用拡大や環境劣化を含む7つの傾向が人獣共通感染症の増加を押し上げていると整理し、10の実践策を提案しました。IPBESも、自然劣化とパンデミックリスクの結び付きを明示し、事後対応ではなく予防への転換を求めています。

費用面でも、予防は非現実的ではありません。世界銀行は、One Healthに沿った予防コストを年間103億〜115億ドルと見積もる一方、パンデミック管理コストは年301億ドル規模としています。流行後に医療と経済で払う代償に比べれば、監視と高リスク接点の削減はむしろ安い投資です。野生動物取引を保全問題と公衆衛生問題の両方として扱えるかどうかが、次の大型流行を防げるかの分岐点になります。

まとめ

新研究が示したのは、野生動物取引が感染症リスクを高めるという直感を、初めて広域データで裏づけたことです。取引に関わる野生哺乳類は非取引種より人と病原体を共有しやすく、特に生体市場と違法取引で危険が高まりました。しかも危険は市場の一瞬ではなく、長いサプライチェーンのなかで累積します。

したがって、論点は「市場を閉じるか否か」だけではありません。どの取引形態が高リスクなのかを切り分け、生体輸送、異種混載、未処理品、違法流通、監視の空白を重点的に減らす必要があります。野生動物取引を生物多様性の話にとどめず、感染症インフラの問題として読み直すことが、今回の報道を最も実務的に理解する方法です。

参考資料:

坂本 亮

テクノロジー・サイエンス

宇宙開発・AI・バイオテクノロジーなど最先端の科学技術を、社会的インパクトの視点から読み解く。技術と倫理の交差点を追い続ける。

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