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原油100ドル突破、フーシ派攻撃が世界に招く二重海峡危機の深層

by 村上 詩織
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100ドル突破を招いた攻撃と市場の再評価

イエメンのフーシ派は9月8日、サウジアラビア南部の4都市にミサイルやドローンを発射しました。サウジ当局によると73人が負傷し、複数の石油・公益施設で火災が発生、一部の操業が一時停止しました。同日のブレント原油先物は1バレル97.92ドルで引けましたが、9日に100ドルを超え、10日には一時105ドル台へ上昇しました。

この値動きで重要なのは、被害を受けた設備の規模だけではありません。ホルムズ海峡の通航制約を避けるために使われてきたサウジ西岸と紅海の輸出経路まで危険にさらされたことです。市場は一つの攻撃ではなく、二つの海峡が同時に機能不全へ近づく可能性を価格に織り込み始めています。

ホルムズ海峡と紅海が生む二重の供給制約

サウジの迂回路を直撃した攻撃

米国とイスラエルによる2月末の対イラン攻撃以前、ホルムズ海峡には世界の石油供給のおよそ2割が集中していました。ところが9月7日に同海峡を通過した商品輸送船は7隻にとどまったと、Kplerのデータを基にしたReuters配信は報じています。生産能力が残っていても、積み出せなければ市場に届く供給にはなりません。

サウジアラビアは東部の油田地帯から原油を東西パイプラインで紅海沿岸のヤンブーへ送り、ホルムズ海峡を回避してきました。その先で船は紅海を南下し、イエメン沖のバブ・エル・マンデブ海峡を抜けます。つまり紅海側は単なる追加経路ではなく、湾岸供給を支える代替動脈です。

米エネルギー情報局の8月短期エネルギー見通しによると、バブ・エル・マンデブ海峡を通る原油・液体燃料は、紛争前の2025年10〜12月期の日量540万バレルから、2026年4〜6月期には810万バレルへ増えました。ホルムズ側の機能低下を、紅海側へ振り替えていた証拠です。今回の攻撃は、その迂回余地そのものを狭めます。

攻撃対象にはアブハ、ジザン、ナジュラン、ハミスムシャイトが含まれます。AP通信は、南部に日量40万バレルの処理能力を持つジザン製油所があると伝えました。ただし、持続的な生産減少量は9月10日時点で公表されていません。「施設が攻撃された」という事実と、「何バレルが市場から消えたか」は分けて評価する必要があります。

在庫減少で薄くなる価格の安全網

通常、地政学的な緊張だけなら、実際の供給が続くにつれて上乗せされたリスク分は剝落します。今回は安全網となる在庫がすでに減っている点が違います。IEAの8月石油市場報告では、確認可能な世界の石油在庫は7月だけで6900万バレル減少し、開戦後の累計減少は4億1000万バレルに達しました。7月の湾岸産油量も戦前を日量830万バレル下回りました。

原油だけでなく、精製工程にも詰まりがあります。同報告では7月の世界の製油所処理量が前年同月より約日量500万バレル少なく、軽油やジェット燃料など中間留分の不足が深刻化しました。原油相場が落ち着いても、製品価格がすぐに下がるとは限らない理由です。

一方、高価格は消費を冷やし、産油国以外の増産も促します。IEAは2026年の世界需要が前年比で日量160万バレル減ると見込み、米州の供給増も想定しています。そのため100ドル超が一直線に続くとは断定できません。ただし、需要減で均衡する過程は、家計の買い控えや企業の減産、景気減速を伴います。市場が「均衡」しても、社会的な負担が軽いとは限りません。

原油高が家計と弱い立場へ広げる負担

燃料から食料・教育費へ連なる波及

原油高の最初の影響は給油所に表れますが、負担はそこで止まりません。ディーゼル価格はトラック輸送、農機、漁船、建設機械の費用に入り、航空燃料は旅客運賃と貨物運賃に波及します。包装材や化学製品の原料価格も上がるため、食料、日用品、住宅補修まで値上げの範囲が広がります。

日本では円相場も増幅器になります。日本銀行の8月27日の講演資料によると、7月の輸入物価指数は契約通貨ベースで前年同月比17%上昇し、主因は原油と石油化学製品でした。円安が重なれば円建ての仕入れ負担はさらに膨らみます。価格補助で店頭の急騰を抑えても、財政負担やサービス価格への波及まで消えるわけではありません。

所得に占める光熱・交通・食費の割合が高い世帯ほど、同じ値上げでも痛みは大きくなります。公共交通の乏しい地域で働く人、移動を避けにくい労働者、送金を続ける移民世帯は、燃料消費を簡単に減らせません。家計が食費や通学費を優先すれば、教材、通信環境、進学準備など将来への支出が後回しになり、教育機会の格差にもつながります。

輸入国とイエメン市民の二重負担

高所得国は備蓄放出や補助金で衝撃を和らげられますが、財政余力の小さい輸入国は同じ手段を取りにくい状況です。外貨で買う燃料が上がると、通貨安、電力不足、食料輸送費の上昇が連鎖します。燃料補助を維持すれば教育や保健の予算を圧迫し、打ち切れば生活費が跳ね上がるという難題です。

紛争の現場であるイエメンでは、空爆、地上戦、港湾の不安定化が市民生活と援助輸送を同時に損なうおそれがあります。サウジ側の負傷者や施設被害とともに、報復攻撃の下で暮らすイエメン市民の安全も捉える必要があります。相場だけを見れば、港で働く人、船員、避難を迫られる家族の損失がこぼれ落ちます。

海上輸送の担い手も危険を引き受けます。米海事局によると、2023年11月から2025年10月までにフーシ派による商船への攻撃は100件を超え、60カ国超に影響しました。国際海事機関が2024年1月以降に確認した紅海の事案も61件です。多国籍の船員が負う生命リスクを、単なる物流費として扱うべきではありません。

フーシ派とイランの支援関係は、個々の作戦への指揮命令と同義ではありません。攻撃主体の責任、外部支援、サウジ側の報復を分けて検証することが停戦への前提です。国連安全保障理事会でも、紅海の航行安全とイエメン和平の悪化は一体の問題として議論されています。

IMFは消費者支援を脆弱層に絞り、期限を設けるよう提言しています。一律の価格抑制は即効性がある半面、所得の高い多消費世帯にも恩恵が及び、節約を促しにくくなります。低所得世帯への現金給付、公共交通、学校給食、小規模事業者の省エネ投資を組み合わせる方が、生活防衛と需要抑制を両立しやすい設計です。

年末相場を左右する三つの分岐点

第一は、両海峡の「通航量」です。声明や攻撃回数だけでなく、ホルムズ海峡の実通過隻数、ヤンブーからの積み出し量、バブ・エル・マンデブ海峡の航行状況を追う必要があります。ただしIEAの監視ツールが注意するように、妨害電波、船舶自動識別装置の偽装、送信停止があり、単日の数字には誤差があります。

第二は、攻撃を受けた施設の復旧と海上保険です。設備が早期復旧しても、保険会社が危険度を下げず、船主が船員を送り込めなければ、利用可能な輸送能力は戻りません。逆に持続的な停戦と安全航行の実績が積み上がれば、100ドルに含まれる地政学的な上乗せは縮み得ます。

第三は、在庫と政策余力です。備蓄放出は時間を買えますが、IMFが指摘するように在庫の深い国と乏しい国で耐久力は異なります。インフレを抑える利上げは需要を冷やす一方、住宅ローンや企業融資の負担を増やします。年末までの原油高を決めるのは軍事衝突だけでなく、物流、在庫、金融政策が同時に耐えられるかです。

読者が追うべき価格以外の危機指標

100ドルという節目は分かりやすいものの、それだけで供給危機の深さは測れません。確認すべきは、両海峡の通航量、湾岸の実出荷量、世界在庫、軽油の精製マージン、戦争保険料、そして停戦協議と援助輸送の継続性です。原油先物が下がっても、軽油や食料輸送費が高止まりすれば家計の危機は終わっていません。

家計は燃料価格の短期予想に賭けるより、移動費と光熱費の複数シナリオを予算に置くことが現実的です。企業や自治体は調達先の分散に加え、低所得世帯、外国人労働者、通学者へ負担が偏っていないかを点検すべきです。市場の沈静化と、人々の生活再建は別の時計で進むという視点が欠かせません。

参考資料:

村上 詩織

移民・難民・教育格差

移民・難民・教育格差など、社会の周縁に置かれた人々の声を丁寧に取材。制度と現実のギャップを浮き彫りにする。

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