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月へ向かう初のカナダ人飛行士、冷える米加関係で増す象徴性

by 坂本 亮
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通商摩擦下でも前進するカナダのアルテミス2参加と二重の意義

2026年4月1日に打ち上げ機会を迎えるアルテミス2で、カナダ宇宙庁のジェレミー・ハンセン氏は初めて月へ向かうカナダ人になります。しかも今回は、単に「カナダ人宇宙飛行士がNASAの大舞台に乗る」という話ではありません。米国とカナダの関係が通商と安全保障を巡ってぎくしゃくする中で、それでも宇宙協力が前進していることを示す出来事でもあります。

3月28日のロイターは、カナダの企業が米加メキシコ協定の見直し不安で発注停滞に苦しんでいると報じました。1月26日にはトランプ大統領がカナダに100%関税を示唆する場面もありました。その一方で、月へ向かうミッションでは米加協力が予定通り進んでいます。この記事では、なぜカナダがアルテミス2に座席を得たのか、その意味がなぜ今いっそう大きいのかを整理します。

カナダが月ミッションに加わる制度的な土台

「好意」ではなく対価としての搭乗枠

カナダの参加は、米国の厚意で実現したものではありません。2020年12月16日、NASAとカナダ宇宙庁はゲートウェイ計画に関する正式協定を結びました。NASAの発表によると、カナダは月周回拠点ゲートウェイ向けに次世代ロボットアーム「Canadarm3」と各種ロボティクス・インターフェースを提供します。その見返りとして、カナダには二つの月ミッション搭乗機会が与えられました。

この枠の最初の具体化が、ジェレミー・ハンセン氏のアルテミス2搭乗です。カナダ宇宙庁の説明では、同氏はカナダ人として初めて、そして非米国人としても初めて月ミッションに参加します。4人の乗組員が約10日かけて月の遠方を回り、深宇宙でオリオン宇宙船の生命維持、誘導、通信系統を検証する計画です。つまり、ハンセン氏の席は象徴ではなく、カナダが将来の月インフラに出資した結果として得た戦略的ポジションです。

この点は非常に重要です。国際宇宙協力では、共同開発への貢献が将来の搭乗権や技術アクセスにつながります。アルテミス2はその典型で、カナダは有人飛行の「参加国」ではなく、月インフラの実装国として扱われています。米加関係が揺らいでも、この制度的な結び付きがすぐには消えない理由がここにあります。

Canadarm3が持つ産業政策としての重み

カナダが月探査で得ようとしているものは、国威発揚だけではありません。カナダ宇宙庁によると、Canadarm3はゲートウェイの保守、点検、モジュール移設、船舶捕捉、宇宙飛行士支援まで担う中核システムです。2029年以降の投入が想定され、カナダ国内から運用される予定です。

2024年6月27日には、カナダ政府がMDA Spaceに対し9億9980万カナダドルを投じ、Canadarm3の詳細設計、製造、試験を進めると発表しました。政府資料では、10年間で1,000人超の雇用維持・創出効果も見込まれています。要するに、アルテミス2でハンセン氏が飛ぶ意味は、テレビ映えする歴史的快挙にとどまりません。オンタリオ州ブランプトンを中心とする宇宙ロボティクス産業の長期案件と結び付き、カナダが月経済で席を確保する試みの一部なのです。

冷え込む米加関係の中で増す政治的意味

関税摩擦とUSMCA見直し不安

月ミッションの明るい話題と対照的に、地上の米加関係は楽観できません。カナダ財務省の整理では、2025年に米国が自動車、鉄鋼、アルミニウムに対する関税を維持したため、カナダ側もこれらの分野では対抗措置を続けています。多くの品目の対抗関税は2025年9月に外れましたが、基幹産業に関わる摩擦は残ったままです。

その上で、2026年1月26日にはトランプ氏が、カナダが中国と取引を深めれば100%関税を課すと警告しました。CFRは、この発言が単なる通商問題ではなく、カナダの外交余地そのものに圧力をかけるシグナルだったと伝えています。さらに3月28日のロイターでは、オンタリオ州ウィンザーの企業がUSMCA再検証を前に発注縮小や値下げ圧力に直面している様子が報じられました。米国と最も深く結び付く製造業地帯ほど、政治ノイズの影響を強く受けています。

こうした状況でアルテミス2が予定通り進むことは、宇宙協力が二国間関係の「最後の安定装置」の一つになっていることを示します。貿易では対立しても、宇宙では長期契約と技術相互依存が働くため、関係を完全には切り離しにくいのです。だからこそ、ハンセン氏の飛行は科学ニュースであると同時に、摩擦下でも維持される同盟機能の可視化でもあります。

協力継続が示す同盟の深層

米加関係は、関税率や首脳発言だけで決まるものではありません。防衛、NORAD、サプライチェーン、エネルギー、研究開発といった深い制度層があります。宇宙協力もその一つです。NASAとカナダ宇宙庁のゲートウェイ協定は、数年単位ではなく10年単位の開発と運用を前提にしています。短期的な関税摩擦があっても、ここを簡単に壊せば両国とも自分の損失が大きい構造です。

一方で、安心はできません。Canadarm3の納入は早くても2029年で、アルテミス計画そのものも長い工程を抱えています。もし米加関係の悪化が予算や産業協力、輸出管理の分野にまで波及すれば、宇宙協力も無傷ではいられません。アルテミス2は「関係悪化でも協力は続く」と示す一歩ですが、「関係悪化でも何も影響しない」と保証する出来事ではありません。

カナダにとっての国内的リターン

国家ブランドと技術主権の強化

カナダ宇宙庁は、アルテミス2を国民を鼓舞し、世界の宇宙産業におけるカナダの存在感を高める機会と位置付けています。3月26日のミッション告知では、打ち上げと飛行中の複数イベントを国内向けに大きく展開する計画が示されました。宇宙飛行士一人の搭乗にこれだけ力を入れるのは、国内政治的にも産業政策的にも、月ミッションが「投資回収の瞬間」だからです。

実際、カナダの強みは有人輸送そのものではなく、宇宙ロボティクスです。シャトル時代のCanadarm、ISSのCanadarm2とDextreに続き、Canadarm3で月へ事業領域を広げられれば、カナダは地球低軌道から月周回圏までロボティクスのブランドを延伸できます。ハンセン氏の飛行は、その技術主権を一般国民に見える形に翻訳する役割を果たします。

米加宇宙協力への過信とCanadarm3・関税動向の三注目点

このテーマで誤解しやすいのは、「初のカナダ人月飛行士」という見出しだけで、米加協力の強さを楽観しすぎることです。実際には、今回の飛行は2020年の制度合意とCanadarm3投資の成果であり、感情的な友好ムードだけで成立しているわけではありません。逆に言えば、今後の米加関係がさらに悪化した場合、次の搭乗機会やゲートウェイ関連案件は政治の影響を受ける可能性があります。

今後の注目点は三つです。第一に、アルテミス2が予定通り成功し、カナダ国内で宇宙投資への支持を広げられるかです。第二に、2029年以降を見据えたCanadarm3の工程が遅れず進むかです。第三に、USMCA見直しや対中政策を巡る米加対立が、宇宙産業のサプライチェーンや技術移転へ波及するかです。ハンセン氏の飛行は祝賀の瞬間ですが、同時に長期協力の耐久試験でもあります。

ハンセン氏の飛行が映す米加協力の現在地と長期投資の試練

ジェレミー・ハンセン氏のアルテミス2参加は、カナダ宇宙史の節目であるだけでなく、米加関係の現在地を映す出来事でもあります。地上では関税と通商不安が続く一方、宇宙では2020年から積み上げた制度協力が生きており、カナダは出資国として月探査の座席を確保しました。

だからこそ、この飛行の本当の意味は「初めて」だけではありません。Canadarm3、ゲートウェイ、産業雇用、国家ブランドまで含めた長期戦略が、政治的逆風の中でも前に進めるかどうか。その試金石として、4月1日のアルテミス2はカナダにとって想像以上に重い一歩になります。

参考資料:

坂
坂本 亮

テクノロジー・サイエンス

宇宙開発・AI・バイオテクノロジーなど最先端の科学技術を、社会的インパクトの視点から読み解く。技術と倫理の交差点を追い続ける。

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