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大卒者が裏切られたと感じる理由、雇用減速と学位価値のギャップ

by 村上 詩織
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はじめに

米国の大学卒業者の不満は、景気が少し悪いからという単純な話ではありません。むしろ問題は、社会が長く売り込んできた「大学に行けば安定した中間層の入口に立てる」という約束と、卒業後の現実が食い違い始めたことにあります。授業料を払い、学位を取り、インターンや課外活動もこなしたのに、就職は細り、採用ルールは変わり、AIまで迫ってくる。この三重苦が「裏切られた」という感覚を生みます。

しかも厄介なのは、学位の価値が完全に消えたわけではない点です。BLSの2024年データでは、学士号保有者の失業率は2.5%で、高卒の4.2%より低く、週給中央値も1,543ドルで高卒の930ドルを上回ります。それでも不満が強いのは、長期的な平均値と、卒業直後の実感が一致しないからです。この記事では、そのズレがどこで広がっているのかを整理します。

残る学位プレミアムと壊れた初期キャリア

数字が示す長期価値と短期悪化

まず押さえるべきは、四年制大学の経済的リターン自体はまだ消えていないことです。BLSの「Education pays」は、学位が依然として所得と失業率の両面で優位に働くことを示しています。GallupとLumina Foundationの2026年調査でも、現役学生の約9割が、学位は必要な技能を身につける助けになり、就職にも役立つと答えています。卒業生側でも、4年制卒の80%が学位はキャリア目標の達成に重要だったと評価しました。

ところが、直近の入口はかなり詰まっています。ニューヨーク連銀の最新集計では、2025年第4四半期の最近の大卒者失業率は5.7%、不完全就業率は42.5%で、2020年以来の高水準でした。NACEも、2026年卒の採用計画は前年比1.6%増にとどまり、雇用主の評価は「good」から「fair」へ後退したと報告しています。つまり、学位の平均的な便益は残っていても、最初の一歩を踏み出す局面だけが急に悪くなっています。

このズレは感情面に直結します。Axiosが紹介したGallup分析では、2026年1月調査で「今は良い仕事を見つける好機だ」と答えた大卒者は27%にとどまり、大卒でない人の44%を大きく下回りました。高学歴ほど将来への見通しが暗いのは、期待水準が高いからだけではありません。専門職の採用が細り、白襟職の入口が狭まっていると感じているからです。

初職の重みが増した構造変化

最近の大卒者にとって、初職は以前よりはるかに重要です。ニューヨーク連銀の不完全就業率は、学位を持っていても「学位を必要としない仕事」に一度入る人が多いことを意味します。Gallupも、最近の学士課程卒業者の71%は6カ月以内に良い仕事を得たとしていますが、逆に言えば約3割はそこに乗れなかったことになります。就職の立ち上がりでつまずくと、その後の賃金とキャリア形成に長く影響するため、本人の受け止めは景気循環以上に深刻になりやすいです。

親世代から見れば「大学を出れば得をする」は今でも概ね正しいです。しかし当事者の時間感覚では、4年かけて投資した直後の数カ月こそ最も重要です。そこで求人が弱く、インターン経験まで求められ、職務経験者と競わされるなら、統計上の長期便益だけでは納得しにくいです。裏切られた感覚は、この時間軸のズレから生まれています。

借金と採用ルール変更とAI不安の重なり

学費負担と返済圧力の持続

期待と現実の落差を広げる第二の要因は、負担の重さです。College Boardによると、2025-26年度の平均授業料は公立4年制州内で1万1,950ドル、私立非営利4年制で4万5,000ドルでした。2024-25年度の教育ローン借入総額は1,026億ドルで、借入のある2023-24年度学士課程修了者の平均借入額は2万9,560ドルです。学費の実質負担や借入額は10年前より改善した面もありますが、卒業時点で無視できる水準ではありません。

返済局面の不安も強まっています。ニューヨーク連銀の2026年2月時点データでは、学生ローン残高は1兆6,600億ドルに達し、90日超延滞の比率は9.6%でした。パンデミック期の猶予終了後、延滞が信用情報に再び反映され始めたことが背景です。仕事の立ち上がりが遅れるだけでなく、返済不能の不安まで早い段階で迫るなら、「学位は投資だった」という物語は急に説得力を失います。

採用の評価軸変更とAIによる入口圧縮

第三の要因は、採用のルールが在学中に変わっていることです。NACEによれば、2026年卒向け採用で技能ベース採用を使う雇用主は70%に増えましたが、卒業年次学生でこの言葉を理解していたのは4割未満でした。さらにGPAで足切りする企業は2019年の73%から2026年には42%へ低下しています。学生から見ると、良い成績を取り、学位を得るという従来の努力が、そのまま採用で報われにくくなった構図です。

そこへAIが加わります。IMFは、先進国では求人の10件に1件が少なくとも1つの新しい技能を要求し、エントリーレベル職はAIへの露出が高いと指摘しました。AI関連スキルには賃金プレミアムがある一方、AIに脆弱な職種では雇用水準が5年後に3.6%低い地域もあるとされます。問題は、AIがすぐ大量失業を起こすかより、企業が若手育成の手前で採用を絞りやすくなることです。新卒にとっては、職を奪われる不安以上に、経験を積む最初の階段が消える不安の方が大きいです。

注意点・展望

よくある誤解は、「だから大学はもう割に合わない」という結論です。公開データを見る限り、それは言い過ぎです。BLSの所得差は依然として大きく、Gallupでも現役学生と卒業生の多数は、自分の学位は価値があると答えています。問題は学位の価値がゼロになったことではなく、価値が発現するまでの待ち時間と不確実性が急拡大したことです。

もう一つの誤解は、AIだけが原因だという見方です。実際には、採用の減速、技能ベース採用への転換、学生ローン返済再開、白襟職の求人減少が先にあり、その上にAI不安が乗っています。AIは怒りの唯一の原因ではなく、既に弱っていた移行プロセスをさらに不透明にする増幅器です。

今後の焦点は、大学が学位そのものの価値を語るだけでなく、技能の翻訳、就業経験、職種ごとのキャリア接続をどこまで提供できるかです。企業側も、即戦力だけを求め続ければ、数年後に中堅人材の供給が細るという副作用を抱えます。裏切られた感覚を和らげるには、教育と採用の間にある空白を埋める制度設計が欠かせません。

まとめ

大卒者が「裏切られた」と感じるのは、大学の価値が完全に崩れたからではありません。学位プレミアムは残っているのに、卒業直後の雇用市場だけが悪化し、借金の重みと採用基準の変更とAI不安が同時に押し寄せているからです。長期の統計と短期の実感の落差が、怒りの正体です。

今の米国で起きているのは、反大学の単純な波ではなく、大学から仕事への接続不全です。この接続不全が解消されない限り、卒業者の不満は失業率の上下だけでは収まりません。問われているのは、学位の価値ではなく、学位を仕事へ変える仕組みの再設計です。

参考資料:

村上 詩織

移民・難民・教育格差

移民・難民・教育格差など、社会の周縁に置かれた人々の声を丁寧に取材。制度と現実のギャップを浮き彫りにする。

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