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プライベートクレジット動揺とトランプ規制緩和の政治リスク拡大

by 三浦 愛子
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はじめに

米国のプライベートクレジット市場が、政策と市場の両面から注目を集めています。トランプ政権は2025年8月、401(k)など確定拠出型年金でオルタナティブ資産へのアクセスを広げる大統領令を出し、労働省とSECに制度見直しを指示しました。

しかし足元では、Blue Owlの資金流出対応やBlackstoneの大型償還対応が相次ぎ、市場の流動性や評価の透明性に不安が出ています。FSOCの2025年年次報告も、私募融資市場の急拡大と、半流動型ファンドの増加、Payment-in-Kind条項の広がりを注意点として挙げました。この記事では、なぜこの市場の揺れがトランプ政権にとって「経済問題」だけでなく「政治問題」でもあるのかを整理します。

規制緩和の設計と政権の狙い

401k開放論の制度設計

2025年8月7日の大統領令「Democratizing Access to Alternative Assets for 401(K) Investors」は、確定拠出年金の参加者に代替資産へのアクセスを広げることを米政府の方針として明示しました。対象にはプライベートエクイティだけでなく、私募債務、不動産、インフラ、コモディティ、デジタル資産関連の運用商品まで含まれます。大統領令は、労働長官に180日以内の再検討と指針見直しを求め、SECにも必要な規制修正の検討を促しました。

ホワイトハウスの説明資料では、雇用主提供の確定拠出年金に参加する米国人は9000万人超に上るとされています。州・地方公務員の公的年金や大学基金は長く私募資産を組み入れてきたのに、一般の会社員だけがその恩恵から外れているのは不公平だ、というのが政権の主張です。

SECのMark Uyeda委員も2025年11月と2026年3月の演説で、退職資金の長期性を踏まえれば、私募資産への一定配分は「望ましい場合がある」と主張しました。政権側から見れば、私募資産の開放は規制緩和と中間層の資産形成支援を同時に訴えられる政策です。

なぜ今このテーマを押し出すのか

背景には米国資本市場の構造変化があります。未公開市場の肥大化で、成長企業の資金調達や高利回りの貸し出し機会が上場市場の外へ移っています。ホワイトハウスの研究資料でも、私募資産の一部を確定拠出年金に組み込めば、若年層ほど長期の複利効果を取り込みやすいと論じています。

ただし、ここには大きな政治的賭けがあります。401(k)は米国の中間層にとって最も身近な金融資産の一つです。銀行規制や機関投資家向けの制度変更と違い、損失や償還制限が起きた場合の不満は、運用専門家ではなく一般勤労者から直接噴き出します。市場が平穏な時は「投資機会の民主化」と映っても、動揺時には「危ない商品を退職資金に押し込んだ」と批判されやすい分野です。

市場の揺れが示す構造問題

流動性と評価のねじれ

FSOCの2025年年次報告によると、北米のプライベートクレジットファンド残高は2024年末時点で1.1兆ドルと、2019年末の約5650億ドルからほぼ倍増しました。BDCも2019年の1230億ドルから2024年には4380億ドルへ拡大しています。さらに、過去10年の年率リターンは約9%と、高利回り債やレバレッジドローンを上回ってきた一方、2025年4〜6月期の推計デフォルト率は5.5%で、レバレッジドローンの3.8%、高利回り債の1.3%より高い水準でした。

問題は、こうした高収益が「長期で拘束された資金」と「見えにくい評価」によって支えられてきた点です。私募融資は通常、日々の市場価格がつかず、借り手の財務情報も限定的です。FSOCは、近年は四半期ごとに償還を認める半流動型の商品が増えている点も挙げ、ここに流動性のねじれが生まれうると示唆しました。

このねじれを象徴したのがBlue OwlとBlackstoneの事例です。Reutersによれば、Blue Owlは2026年2月、非上場の私募債務ファンドBlue Owl Capital Corp IIで従来の四半期ごとの償還機会をやめ、純資産価値の30%を順次返す方式へ変更しました。続いて3月には、BlackstoneのBCREDで償還要請が通常上限の5%を超え、7.9%に達しました。同社は上限を7%に引き上げ、社員資金4億ドルも投じて全額対応しました。

トランプ政権にとっての危うさ

ここでトランプ政権のリスクが浮かびます。自ら401(k)への導入を後押ししている最中に、償還制限や評価下落が繰り返されれば、政権が市場の不安を家庭の退職口座に持ち込んだとの批判を受けやすくなります。

エリザベス・ウォーレン上院議員が2月、Blue Owlの件を受けて「危険な投資を米国人の退職口座に押し込むのをやめるべきだ」と主張したのは、この政治的弱点を突いたものです。しかも、トランプ政権は銀行資本規制や市場監督でも「過剰規制の是正」を掲げています。もし私募融資の損失が銀行や保険会社、退職口座へ波及すれば、政権の金融規制哲学そのものが逆風にさらされます。

さらに厄介なのは、私募融資が景気減速局面で一気に悪化する可能性です。FSOC報告は、Payment-in-Kind条項の利用が2025年4〜6月期に4年ぶり高水準へ近づいたと紹介しています。景気が悪化し、借り手企業の借り換えが詰まれば、「見えにくかった傷」が一斉に表面化する恐れがあります。

注意点・展望

注意したいのは、プライベートクレジット全体を直ちに危険資産と決めつけるのは雑だという点です。銀行融資の代替として中堅企業に資金を供給する機能は実際に大きく、長期でロックされた機関資金と相性が良い領域もあります。問題は、透明性が低く流動性の乏しい資産を、いつでも換金できるかのような期待を持つ個人マネーに接続するときです。

今後の焦点は三つあります。第一に、労働省が安全策を伴いガイダンス改定やセーフハーバーを示せるかです。第二に、SECが私募市場への小口アクセスをどう設計するかです。第三に、Blue OwlやBlackstone以外で評価減や償還管理が広がるかです。もし市場不安が沈静化すれば、政権は「一時的な揺れ」と説明できる余地があります。逆に、退職口座向けの商品で問題が顕在化すれば、トランプ政権の金融規制緩和は家計軽視として攻撃されやすくなります。

まとめ

プライベートクレジット市場の揺れがトランプ政権にとって危ういのは、単なる金融市場の波乱ではなく、政権自身が投資機会の拡大を政治成果として掲げているからです。高リターンと分散効果を訴える政策メッセージは、流動性不安や評価の不透明さが露呈した瞬間に逆回転します。

今後を見るうえでは、私募融資市場のデフォルト率、半流動型ファンドの償還動向、労働省とSECの制度設計が重要です。中間層の退職資金を巻き込む制度改革は、うまくいけば金融参加の拡大ですが、失敗すれば政権の象徴的な逆風になります。市場の揺れは、まさにその境界線を試している局面です。

参考資料:

三浦 愛子

米国経済・金融市場

米国経済の構造変化を、金融市場・財政政策・産業動向の三軸で分析。ウォール街と実体経済のギャップを見抜く。

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