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米外食で広がるシードオイル離れ、牛脂とバター復権の新潮流分析

by 黒田 奈々
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米外食で強まるシードオイル離れ

米国の外食・食品市場で、「ノーシードオイル」という言葉が単なる栄養論争を越え、メニュー開発とブランド演出のキーワードになっています。大手チェーンはフライヤーの油を牛脂に戻し、サラダチェーンはアボカド油やオリーブ油を前面に出し、スナック企業も油脂の選び方を投資家向け資料で説明するようになりました。

背景にあるのは、ロバート・F・ケネディJr.が象徴するMAHA運動、超加工食品への不信、そしてSNSで広がった「昔ながらの脂」への再評価です。ただし、健康イメージの強い言葉ほど科学的な意味は曖昧になりがちです。この記事では、企業の動き、消費者心理、価格と供給、栄養学の評価を分けて整理し、米国の食文化で何が起きているのかを読み解きます。

牛脂とバター復権を動かす消費者心理

MAHA運動が変えた食品ブランドの語り口

シードオイル離れが注目される理由は、食の選択が政治文化と結びついたからです。2025年2月13日の大統領令14212で、米政府は「Make America Healthy Again」委員会を設置しました。対象は子どもの慢性疾患、食生活、環境要因、企業影響など幅広く、同年4月にはHHSとFDAが石油由来の合成着色料を段階的に減らす方針も発表しました。

この流れの中で、シードオイルは「超加工食品」「人工的な添加物」「安い大量生産」の象徴として語られやすくなりました。科学的には油脂の種類と食品全体の質を分けて見る必要がありますが、生活者の感覚では、原材料名に並ぶ「大豆油」「キャノーラ油」「ひまわり油」が、加工度の高さを示す記号として読まれています。

IFICが2025年2月に公表した米成人1,000人調査では、回答者の4分の3が「seed oils」という言葉を少なくとも見聞きしたことがあり、28%が積極的に避けていると答えました。一方で、72%は避けていません。つまり市場全体が一斉に反シードオイルへ傾いたというより、声が大きく購買意欲も高い層が、企業に無視しにくい圧力をかけている構図です。

企業が採用する「昔ながら」のブランド記号

この圧力に最もわかりやすく反応したのが外食チェーンです。Steak ‘n Shakeは、フライドポテト、トッツ、オニオンリング、チキンテンダーを店舗で100%牛脂調理にしたと説明しています。さらに、冷凍前の下揚げに使われていた植物油も、サプライヤーと協力して取り除いたとしています。同社は一部バーガーやサンドイッチの油脂も、シードオイル入りのバター風ブレンドからウィスコンシン産バターへ切り替えました。

Sweetgreenは別の方向から同じ流れを取り込みました。2025年1月にシードオイルフリーを打ち出した新メニューを発表し、3月にはアボカド油を使ったRipple Friesを全国展開しました。サラダやボウルのブランドがフライを出すこと自体が象徴的です。従来なら「揚げ物」は健康ブランドの外側に置かれがちでしたが、油を変えることで、快楽性と健康感を同じ皿に載せようとしています。

True Food Kitchenも2025年2月、46店舗・18州で全メニューを100%シードオイルフリーに移行すると発表しました。2022年からアボカド油とオリーブ油だけでの調理を進め、いったん98%まで減らした後、100品目以上のメニュー全体に広げたという説明です。こうした事例が重なると、消費者にとって「どの油で調理しているか」は、オーガニックや抗生物質不使用と同じく、店の価値観を示すサインになります。

スナック売り場へ移る油脂の差別化競争

小売の棚でも、油脂の選択は静かな差別化要因になっています。PepsiCoは2024年、Siete Foodsを12億ドルで買収すると発表しました。Sieteはメキシコ系米国文化を背景にしたグレインフリー食品で知られ、同社にとっては「better-for-you」領域を補強する買収です。

さらにPepsiCoは2026年2月の投資家向け説明で、Miss Vickie’s、Baked Lay’s、Lay’s Kettleの一部をアボカド油またはオリーブ油で作る商品群として示しました。同じ資料では、Sun ChipsとSieteが2025年に合計で16%超の小売売上成長を示し、約10億ドルの小売売上に近づいたことも説明されています。油脂の選択は、ニッチな健康食品店だけでなく、巨大スナック企業のポートフォリオ戦略にも入り込んでいます。

Whole Foods Marketの2026年トレンド予測でも、牛脂の復権が大きく扱われました。牛脂は高温調理に向く、風味が強い、動物を丸ごと使う発想に合う、といった文脈で語られています。ここで重要なのは、牛脂やバターが単に「健康に良い」として売られているのではなく、ノスタルジー、職人性、反大量生産、SNS映えする食の物語をまとっている点です。

供給網と価格が迫るメニュー再設計

大豆油の強さを支える圧倒的な規模

企業がシードオイルを避けるほど、最初にぶつかるのは価格です。米国で植物油が広く使われてきたのは、安いからだけではありません。安定供給、保存性、風味の中立性、揚げ油としての扱いやすさ、そして既存サプライチェーンとの相性が強いからです。

USDAのERSによると、米国の主要油糧作物の中で大豆は約90%を占めています。2024年の作付面積は推定8,710万エーカーで、イリノイ、アイオワ、インディアナの3州だけで米国生産の37%超を担いました。2022年の農業センサスでは、米国で大豆を栽培する農場は270,851戸でした。大豆油は、単一の食材というより、農業、畜産飼料、輸出、バイオ燃料をつなぐ巨大インフラの一部です。

そのため、メニューから大豆油やキャノーラ油を外すことは、単に厨房のボトルを取り替える作業ではありません。フライヤーの油、冷凍ポテトの下処理、パンやバンズ、ソース、ドレッシング、調味済み肉、工場のライン洗浄、アレルゲン表示、原価計算まで見直す必要があります。Steak ‘n Shakeが下揚げ工程まで変更し、「かなりのコスト」を伴ったと説明しているのは、この構造をよく示しています。

牛脂・バター・アボカド油の原価圧力

代替油脂も決して安定した万能解ではありません。USDAの2026年5月のOil Crops Outlookでは、米国の植物油・動物脂価格はバイオディーゼル需要の強さで高止まりしやすいとされています。中央イリノイの大豆油価格は、2025/26年度の1ポンド63セントから、2026/27年度に70セントへ上がる見通しです。

一方、バターは乳製品市況に左右されます。USDAのNational Dairy Products Sales Reportでは、2026年5月9日終了週のGrade AAバター平均価格は1ポンド1.68ドルでした。牛脂も副産物市場の制約を受けます。USDAのTallow & Protein Reportでは、2026年5月11〜15日のシカゴ向け牛由来bleachable tallowが100ポンドあたり91ドル前後で示されました。これは食用グレードそのものではありませんが、牛脂が独立した価格指標を持つ需給商品であることを示します。

小売向けのプレミアム感はさらに強く出ます。Steak ‘n Shakeが販売する14オンスのグラスフェッド牛脂は17.99ドルです。外食チェーンはこの価格で仕入れるわけではありませんが、消費者が「良い油脂」として受け取る商品ほど、調達、品質管理、ストーリー作りのコストが上がることは明確です。

メニュー開発を左右する味と包摂性

牛脂はフライの香りやコクを強めますが、すべてのブランドに合うわけではありません。ビーガン、ベジタリアン、宗教上の食制限、牛肉を避ける消費者にとって、牛脂は選択肢を狭めます。バターも乳成分を含むため、アレルギーや乳製品回避の課題があります。健康訴求を広く届けたいチェーンほど、牛脂よりアボカド油やオリーブ油を選びやすくなります。

ただし、アボカド油やオリーブ油も万能ではありません。風味が出やすく、価格が高く、商品によっては「アボカド油使用」と「アボカド油だけで調理」を消費者が混同しやすい面があります。FoodNavigator-USAは2026年、スナックメーカーがアボカド油をクリーンラベル、機能性、プレミアム感の軸として採用していると報じました。これは、油脂が栄養成分であると同時に、棚で目立つためのパッケージ言語になったことを意味します。

外食にとっても、油脂の切り替えは味の再設計です。牛脂はポテトや肉料理と相性が良い一方、サラダ、魚、アジア系ソースでは重く感じられることがあります。バターは香りの訴求力が強い一方、焦げやすさや保管管理の課題があります。結局、企業は「何を使わないか」だけでなく、「その油脂で料理が本当においしくなるか」を問われます。

健康訴求が抱える科学的なねじれ

ノーシードオイルの訴求で最も注意すべき点は、「シードオイル不使用」と「健康的」が同義ではないことです。AHAは、シードオイルを避ける必要はなく、オメガ6脂肪酸を含む油脂も健康的な食事の一部になり得ると説明しています。別のAHA資料でも、一価不飽和脂肪酸や多価不飽和脂肪酸を、飽和脂肪やトランス脂肪の代わりに取ることを勧めています。

2025年版米国食事ガイドライン諮問委員会の系統的レビューも、バターを不飽和脂肪酸中心の植物油やスプレッドに置き換えるとLDLコレステロールが下がる、という結論を強いエビデンスとして示しました。WHOも、ひまわり油、大豆油、キャノーラ油、オリーブ油などに含まれる不飽和脂肪を、脂肪の多い肉やバターなどの飽和脂肪より望ましいとしています。

一方で、消費者の不信にも理由はあります。シードオイルはポテトチップス、冷凍食品、ドレッシング、ファストフードなど、超加工食品に多く使われています。問題が油そのものではなく、揚げ物の頻度、精製炭水化物、塩分、糖分、過剰摂取、長時間加熱された油にある場合でも、生活者の経験では「シードオイル入り食品を減らす」と食生活全体が改善することがあります。

ジョンズ・ホプキンス公衆衛生大学院やハーバード公衆衛生大学院も、シードオイル批判では油脂単体と食品全体を分ける必要があると整理しています。AICRは、牛脂やラード、バターは飽和脂肪が多く、日常的な主役に据えることは研究全体と整合しにくいと説明しています。したがって、牛脂フライをたまに楽しむことと、家庭や外食で常用する油脂をすべて飽和脂肪へ戻すことは、分けて考えるべきです。

健康訴求が強まるほど、表示の透明性も問われます。「seed oil-free」と表示していても、カロリー、飽和脂肪、ナトリウム、添加糖が少ないとは限りません。「アボカド油で作った」と書かれていても、配合比や全工程での使用油脂がわかるとは限りません。企業が消費者の不安に応えるなら、単語の強さだけでなく、原材料、栄養成分、調理工程をどこまで開示できるかが次の競争軸になります。

読者が食品表示で注視すべき論点

シードオイル離れは、米国の食文化が「低脂肪」から「良い脂」へ移ったことを示す象徴的な現象です。牛脂やバターの復権は、懐かしさ、職人性、反加工食品、政治的アイデンティティを一度に表現できるため、外食やスナックの世界では強い物語になります。

ただし、読者が見るべきなのは「使っていない油」だけではありません。食品表示では、使用油脂の種類、飽和脂肪量、揚げ物の頻度、総カロリー、塩分、原材料全体の短さを合わせて確認する必要があります。レストランでは、牛脂、バター、アボカド油、オリーブ油のどれが自分の食生活や制限に合うかを考えることも重要です。

企業側にとっては、ノーシードオイルは差別化の入口であり、同時に原価上昇と説明責任の始まりです。今後は「牛脂なら健康」「植物油なら悪」という単純な対立ではなく、油脂の選択をどこまでおいしさ、透明性、価格、科学的根拠に接続できるかが、米国の食品ブランドの信頼を左右します。

参考資料:

黒田 奈々

カルチャー・エンタメ

エンタメ・アート・スポーツを横断的にカバー。ポップカルチャーの潮流とビジネスの交差点から、文化の「いま」を切り取る。

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