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米軍事費1.5兆ドル要求の衝撃 予算構造と国内削減の実相

by 長谷川 悠人
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はじめに

トランプ政権が2026年4月3日に示した2027会計年度予算要求の最大の特徴は、国防費を1.5兆ドルへ押し上げる一方で、非国防裁量支出を大きく削る点です。Associated Press配信を掲載したMilitary.comによると、これは近年で最大級の軍事予算要求であり、同時に国内プログラムの削減を伴う案です。

ただし、この数字だけでは実像は見えません。今回の要求は通常の歳出要求に加え、別建ての和解法案を通じた資金計上を前提としており、財政見通しもかなり楽観的です。予算書面をそのまま読むだけではなく、どの財布から出すのか、どこを削って帳尻を合わせるのか、そして議会が本当に飲むのかを分けて考える必要があります。

1.5兆ドル要求の中身

見かけの総額と実際の積み上げ

財政監視団体CRFBは4月3日、今回の予算が2027年度の国防費を1.5兆ドルへ増やし、その内訳として新たな和解法案で3500億ドル、基礎的な国防裁量支出の増額で2510億ドルを見込んでいると整理しました。つまり、1.5兆ドルは通常予算だけで積み上げた数字ではなく、議会で別ルートの立法を通す前提を含んだ総額です。

この点は政策評価で非常に重要です。大統領予算は行政の優先順位を示しますが、成立額ではありません。CRFBは同じ文書で、今回の予算には公式の総合的な財政見通しが乏しく、債務や赤字の全体像を十分に示していないと批判しました。数字の大きさが先に出ている一方で、実行経路はまだ政治交渉に委ねられているということです。

何を優先し、何を削るのか

AP系報道やNPRの4月3日報道によると、政権は兵器調達、軍需産業基盤、ミサイル防衛構想「Golden Dome」、艦艇建造、兵員待遇の改善などを重視しています。その一方で、非国防裁量支出は730億ドル、率にして10%削減する設計です。CRFBもこの730億ドル削減を、国防増額の一部相殺として明記しています。

ここで見落とされがちなのは、今回の構図が単なる「軍拡」ではなく、「軍事優先へ予算配分を再設計する」試みだという点です。White HouseのGovInfo版予算書は、2027年度予算が2026年4月3日に正式提出されたことを示しています。つまり、今回の論点は総額だけでなく、どの行政機能を連邦が引き受け、どこを州・地方や民間へ押し戻すのかという統治モデルの転換でもあります。

なぜ波紋が大きいのか

世界水準と比べても突出する規模

SIPRIによると、2024年の米国軍事支出は9970億ドルで、世界全体の37%を占めました。NATO加盟国全体でも2024年の軍事支出は1兆5060億ドルです。もちろんSIPRIの実績値と、2027年度の米政府予算要求を単純比較することには限界がありますが、それでも今回の1.5兆ドルという数字が、単独の米国でNATO全体の直近支出総額にほぼ並ぶ規模であることは、異例さを示すには十分です。

背景には、イラン情勢の緊迫化だけでなく、対中競争、核戦力近代化、弾薬備蓄の拡充、造船能力の立て直しがあります。SIPRIは、2024年の米支出増のかなりの部分が軍事能力と核戦力の近代化に向けられたと指摘しています。今回の要求は、その流れをさらに一段押し上げるものと読めます。

財政との両立に残る大きな疑問

問題は、これだけの増額を既存の財政事情と両立できるのかです。CRFBが紹介したCBOの2026年2月見通しでは、政府債務残高は2036年にGDP比120%へ達し、年間財政赤字は同年に3兆ドルを超える見込みです。支出全体は今後10年平均でGDP比23.8%と、過去50年平均の21.2%を上回るとされました。利払い費も2025年の9700億ドルから2036年には2.1兆ドルへ膨らむ見通しです。

こうした基準線に対し、CRFBは今回の予算が2036年の債務比率を94%程度まで下げるように見せている一方、その前提として今後10年間の実質成長率3%という強気の想定を置いていると指摘しました。要するに、軍事費の大幅増と財政健全化を両立させる説明が、実体よりも成長前提に依存しているということです。

注意点・展望

最大の注意点は、今回の要求額をそのまま「成立予算」と見なさないことです。米国の予算は議会が決めます。しかも今回は、通常の歳出法案だけでなく、和解法案による3500億ドル分の上乗せが前提です。予算編成上は一体に見えても、政治過程では別々に争われます。したがって、国防費総額だけが独り歩きすると、実際の成立額や執行時期を見誤りやすくなります。

もう一つの注意点は、非国防削減が「無駄の削除」だけで済むとは限らないことです。NASAや環境、教育、研究、災害対応などは、連邦政府の役割をどこまで残すのかという価値判断に直結します。国防の増額が必要かどうかと、国内行政のどこを削るかは本来別論点ですが、今回の予算は両者を一つの政治パッケージに束ねています。

今後の見通しとしては、共和党内でも財政保守派と安全保障タカ派の利害が完全には一致していません。民主党は国内削減の大きさを攻撃材料に使うでしょう。成立過程では、国防総額は増えても、1.5兆ドルという象徴的数字はそのまま通らない可能性があります。

まとめ

トランプ政権の1.5兆ドル国防費要求は、単なる大型予算ではなく、軍事優先の国家運営へ支出構造を組み替える提案です。実態としては、通常予算と和解法案を合算した政治的な目標額であり、730億ドルの非国防削減とセットで提示されています。

注目すべきは、金額の大きさ以上に、その政治的な意味です。軍需産業基盤やミサイル防衛を拡充しつつ、国内プログラムの後退を受け入れるのか。さらに、その選択を膨らむ債務とどう両立させるのか。今後の議会審議では、軍事力の必要性そのものだけでなく、連邦政府の役割をどう再定義するのかが問われることになります。

参考資料:

長谷川 悠人

米国政治・外交

米国政治の内幕を、ホワイトハウスから議会まで多角的に分析。政策決定のプロセスと日本への影響を鋭く読み解く。

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