NewsAngle
NewsAngle

トランプ政権とウィルソン時代の類似性を歴史家が指摘

by 長谷川 悠人
URLをコピーしました

はじめに

トランプ大統領が「自分はもっとも人種差別的でない大統領だ」と主張する中、歴史家たちは約110年前のウッドロウ・ウィルソン大統領との類似性を指摘しています。特にトランプ政権によるDEI(多様性・公平性・包摂性)プログラムの廃止が、ウィルソン政権下で行われた連邦政府の再人種隔離と重なるとの分析が広がっています。

ウィルソンは国際連盟の提唱者として理想主義的な外交で知られる一方、国内では連邦政府機関に人種隔離を導入し、黒人職員を降格・解雇した大統領でもあります。この歴史的な類似性は、現代の米国政治を理解する上で重要な視点を提供しています。

ウッドロウ・ウィルソンの人種政策

連邦政府の再人種隔離

ウッドロウ・ウィルソンは1913年に第28代大統領に就任しました。南北戦争後初めて南部出身の民主党大統領として当選したウィルソンは、就任1年目から連邦政府機関における広範な人種隔離を承認しました。

南北戦争以降、連邦政府機関は比較的人種統合が進んでおり、多くの黒人職員が重要なポストに就いていました。しかしウィルソンは、白人至上主義を信奉する閣僚を多数起用し、彼らに連邦機関の人種隔離を推進させました。その結果、黒人職員は降格や解雇の対象となり、食堂やトイレが人種別に分けられました。

「公正な扱い」の名の下に

注目すべきは、ウィルソンがこの人種隔離政策を「黒人にとっても利益になる」と主張したことです。人種の異なる職員が一緒に働くことで生じる「摩擦」を減らすためだという論理で、差別政策を正当化しました。

また、ウィルソンはホワイトハウスの東の間で、KKK(クー・クラックス・クラン)を英雄的に描いた映画『國民の創生』の上映会を開催しています。プリンストン大学学長時代には黒人学生の入学を認めず、1919年の国際連盟では日本が提唱した人種差別撤廃案にも反対しました。

トランプ政権のDEI廃止政策

大統領令による包括的な措置

トランプ大統領は2025年1月の就任直後、DEI関連プログラムの廃止を命じる2つの大統領令に署名しました。大統領令14151号「急進的で無駄な政府DEIプログラムの終了」は、連邦政府内のすべてのDEI・DEIA関連部署とポスト(最高多様性責任者を含む)の廃止を命じています。

さらに大統領令14173号「違法な差別の終了と能力主義に基づく機会の回復」は、連邦契約業者や補助金受給者にもDEI関連プログラムを運営していないことの証明を義務付けました。連邦機関は1月31日までに、DEIA関連部署の職員削減計画を提出するよう指示されています。

「能力主義」の論理

トランプ大統領はDEI廃止を「能力主義に基づく社会」の実現として位置付けています。DEIプログラムが「逆差別」をもたらし、能力ではなく属性に基づく人事を助長しているという主張です。

歴史家たちが指摘するのは、この「能力主義」のレトリックとウィルソンの「公正な扱い」のレトリックの構造的な類似性です。いずれも、実質的に特定の人種集団の地位を後退させる政策を、中立的で合理的な言葉で包んでいるという点で共通しています。

歴史家が指摘する具体的な類似点

連邦職員への影響

ウィルソン時代に連邦政府の黒人職員が組織的に排除されたように、トランプ政権下ではDEI関連部署の職員が大量に削減されています。いずれのケースでも、連邦政府の人的構成における多様性が政策的に後退させられているという共通点があります。

ウィルソン政権では、黒人職員の「能力不足」を理由にした降格が横行しました。トランプ政権では「DEI採用」という枠組み自体を否定することで、多様性に配慮した採用慣行が全面的に見直されています。

歴史認識をめぐる攻防

もう一つの類似点は、歴史認識に対するアプローチです。トランプ大統領はDEIとともに、黒人史の一部を「分断的」と位置付けています。これは、ウィルソンが人種隔離の歴史を肯定的に解釈し、南部連合に対する同情的な歴史観を持っていたこととも響き合います。

2020年にプリンストン大学がウィルソンの「人種差別的な思考と政策」を理由に公共政策大学院からウィルソンの名前を削除したことは、こうした歴史的再評価の象徴的な出来事でした。

注意点・今後の展望

歴史的な比較には常に限界があります。ウィルソン時代の法的な人種隔離と、現代のDEI政策の廃止は、その法的・社会的な文脈が大きく異なります。1913年当時はジム・クロウ法が南部で広く施行されており、公民権法は存在しませんでした。現在は公民権法をはじめとする法的枠組みが整備されており、直接的な人種隔離は違法です。

しかし、歴史家たちが指摘しているのは、政策の具体的な内容よりも、構造的なパターンの類似性です。すなわち、連邦政府が多様性を後退させる方向に動き、それを中立的・合理的な言葉で正当化するという手法の共通点です。

トランプ政権のDEI廃止に対しては、連邦控訴裁判所が2つの大統領令の効力を認める判断を示していますが、今後さらなる法的挑戦が予想されます。

まとめ

トランプ大統領のDEI廃止政策とウッドロウ・ウィルソン大統領の連邦政府再人種隔離政策の比較は、米国の人種政策における歴史的なパターンを浮き彫りにしています。いずれも「公正」や「能力主義」を掲げながら、実質的に連邦政府の多様性を後退させたという点で共通しています。

この歴史的視点は、現在の政策議論をより深く理解するための重要な手がかりを提供しています。過去の教訓を踏まえつつ、現代の文脈に即した冷静な分析が求められています。

参考資料:

長谷川 悠人

米国政治・外交

米国政治の内幕を、ホワイトハウスから議会まで多角的に分析。政策決定のプロセスと日本への影響を鋭く読み解く。

関連記事

H-1B10万ドル手数料無効判決が映す米国司法と大統領権限の限界

米連邦地裁がトランプ政権のH-1Bビザ10万ドル手数料を無効化。税と手数料の線引き、議会権限、行政手続法、教育・医療現場への影響を整理し、DHSの控訴方針や企業の採用計画に残る不確実性を分析。米国で高度人材を採用する企業と日本企業が読むべき、司法が示した移民政策の転換点と実務上の備えを具体的に解説。

AIモデル監視へ転じたトランプ政権の安全保障戦略と産業界の攻防

トランプ大統領がAIモデルの任意事前評価を求める大統領令に署名しました。30日前アクセス、CAISIの評価体制、AnthropicのMythosが示したサイバーリスク、産業界が避けた義務化の意味を、米中競争と連邦規制の文脈から解説。自主協力に依存する制度が、安全保障権限とAI開発競争をどう組み替えるのかを読み解く。

トランプ反武器化基金とは何か、17億ドル補償が問う米権力分立

トランプ政権がIRS訴訟の決着と引き換えに創設した17億7600万ドルの「反武器化基金」。判決基金を使う仕組み、1月6日事件関係者への波及、議会・裁判所が問題視する権力分立と利益相反を、司法省資料や裁判文書から読み解く。誰が受給し得るのか、なぜ通常の損害賠償と異なるのか、今後の差し止め可能性まで解説。

米大麻産業に歴史的転機 トランプ政権の規制緩和と税制優遇の全貌

トランプ政権が2026年4月、医療用大麻をスケジュールIからIIIに再分類する歴史的決定を下した。280E条項の適用除外により大手事業者には年間数億ドル規模の税制優遇が見込まれ、株価も急騰。ただし娯楽用大麻は依然スケジュールIに留まり、銀行アクセスの課題も残る。米国大麻政策の大転換がもたらす業界変革と今後の展望を解説。

最新ニュース

ベゾス新会社Prometheusが狙うAI設計革命の現実味と課題

ジェフ・ベゾス氏が共同率いるPrometheusは、120億ドル調達と410億ドル評価で物理AIの主役に躍り出た。ジェットエンジンや医療機器の設計を短縮する人工汎用エンジニア構想の可能性、製造データ不足、規制、安全性、雇用への影響まで、製造業AI競争の焦点と、設計プロセスが次のAI戦場になる理由を読み解く。

中国EV部品網が世界の人型ロボット量産を左右する構図と限界点

人型ロボットの量産競争で中国が存在感を強める背景には、EVで蓄積したモーター、電池、センサー、工場自動化の供給網があります。UnitreeやAGIBOTの低価格化、米日欧の調達依存、用途開拓の限界、重要鉱物の集中リスクを整理し、中国抜きのロボット製造が難しい構造と日本企業の実用化の勝ち筋を読み解く。

はしか再拡大で急浮上する治療薬開発市場とワクチン空白の重い現実

米CDCは2026年6月4日時点で2030件のはしかを確認。米州では2025年から翌年第一四半期までに43人の関連死も報告された。承認済み抗ウイルス薬がない現状で、リバビリンや新規化合物の限界、治療薬市場が生まれる条件、ワクチン政策との緊張、早期診断や地域医療備蓄体制の課題、公衆衛生への影響を読み解く。

NOAAエルニーニョ警報が示す世界の洪水熱波ハリケーンリスク

NOAAが2026年6月11日にエルニーニョ勧告を発表し、北半球の冬にかけて強まる見通しを示した。海面水温、63%の非常に強い発生確率、洪水・熱波・ハリケーンへの地域差、米国南部の大雨、太平洋側の台風活発化、アジアの食料供給懸念まで、温暖化下で増幅する災害連鎖と企業・自治体の現実的な実務備えを読み解く。

米医療費ローン案が映すACA高額自己負担と家計債務危機の深層

トランプ政権下で浮上した医療費ローン案は、ACA加入者の保険料上昇と高額控除の痛みを家計債務へ移す発想です。医療債務2200億ドル、成人41%の負担、2026年のブロンズ移行、医療クレジット拡大を基に、補助縮小が低所得層と中間層の消費、信用市場、受診行動、医療制度全体の盲点に及ぼす重い影響を読み解く。