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米中関税強化で広がる迂回輸出と過少申告通関不正の新局面を読む

by 三浦 愛子
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はじめに

米国の対中関税が強化されるなかで、表向きの貿易統計だけでは実態を読み切れなくなっています。対中輸入は確かに大きく減っていますが、その一部は生産移転だけでなく、第三国経由の迂回輸出や過少申告、原産地偽装といった通関不正で説明しなければ整合しにくい動きも目立つためです。関税が高くなるほど、正規ルートで納税する企業と、抜け道を探す事業者のコスト差は広がります。

この問題は、単なる貿易摩擦の余波ではありません。米政府はデミニミス免税の停止や通関監視の強化を進め、CBPも2025年に大規模な摘発実績を公表しました。つまり、いま起きているのは「関税をかけたら輸入が減った」という単純な話ではなく、物流経路、申告実務、企業リスクが同時に組み替わる局面です。本記事では、米中関税強化の数字の読み方、不正の典型手口、今後の実務上の論点を整理します。

関税強化で変わる数字の見え方

対中輸入急減と第三国シフト

米商務省経済分析局(BEA)によると、2025年の米国の対中モノ貿易赤字は2024年比で934億ドル縮小し、2025年の対中輸入は1304億ドル減って3084億ドルになりました。表面上は「中国依存の後退」が明確です。ただし同じ統計では、対ベトナム赤字が547億ドル拡大して1782億ドル、対台湾赤字が730億ドル拡大して1468億ドルとなっており、供給網が別のアジア拠点へ急速に移ったことも同時に示しています。

この変化には、実際の生産移転と、名目上の輸出先変更が混在しています。セントルイス連銀は、2025年の関税後に中国などの供給者が輸出価格を引き下げても、米企業がより高コストの代替調達先へシフトしたため、輸入価格全体では別の圧力が生じたと分析しました。つまり統計上の「中国減」は、そのまま製造拠点の完全移転を意味しません。完成品の最終組立だけを第三国で行う、書類上の原産地を変える、物流経路だけを迂回させるといったケースまで含めて見ないと、数字の意味を取り違えます。

デミニミス封鎖と新たな抜け道

米政権は2025年4月、中国・香港からの800ドル以下小口貨物に認められてきたデミニミス免税を終了し、5月2日から適用を止めました。さらに2026年2月には、全世界向けにデミニミス停止を継続する大統領令も出ています。小口直送を使う越境ECが関税回避の温床になっていたとの認識が、制度変更を後押ししました。

もっとも、抜け道が完全に消えたわけではありません。小口免税が塞がれると、今度は原産地証明の操作、価格の過少申告、品目分類の付け替え、複数荷口への分散といった別の手法へ圧力が移ります。関税が高いほど、1件ごとの不正利得も大きくなるためです。制度改正は必要ですが、それだけでは不十分で、検査能力とデータ照合を伴わなければ実効性は上がりません。

不正の手口と企業リスク

迂回輸出と過少申告の典型例

CBPは2025年8月、1月20日から8月8日までのEAPA調査で4億ドル超の未払い関税を把握し、89件で合理的疑いを認定したと公表しました。最大案件では、23の米輸入業者と中国系シェル企業のネットワークが、インドネシア、韓国、ベトナムを経由して迂回輸出を行ったとして、2億5000万ドル超の徴収対象を特定したとしています。ここから見えるのは、不正が単独業者の小細工ではなく、物流、書類、現地法人を組み合わせた組織的スキームへ進化している点です。

個別事案でも、典型パターンははっきりしています。CBPの2025年案件では、中国産の感熱紙をマレーシア経由で入れた例、中国産キサンタンガムをインド経由で申告した例、中国産MSGをマレーシア経由で通した例が示されました。いずれも共通するのは、実質的な原産地が中国であるにもかかわらず、第三国で産品が変質したかのように見せ、反ダンピング税や追加関税の対象外に装う構図です。

過少申告も深刻です。輸入価格を意図的に低く書けば、従価税の負担は直接下がります。さらに品目分類を変えて税率の低いHSコードへ寄せれば、見かけ上は「合法的な通関」に見せやすくなります。問題は、米国内の買い手が「海外業者が全部処理してくれる」と考えても、連帯して調査対象になり得ることです。安い見積もりの裏側に、民事罰や貨物差し止め、追徴課税が潜んでいます。

正規企業にも及ぶ実務負担

不正の拡大は、ルールを守る企業にも重い負担をかけます。第一に、納税を適正に行う企業ほど価格競争で不利になります。第二に、CBPの審査が厳格化すると、正規輸入でも原産地証明、部材比率、インボイス整合性の立証が一段と重要になります。第三に、調達先が中国から東南アジアへ変わっていても、実質的な付加価値移転が乏しければ疑義を持たれます。

したがって企業の実務は、単なる調達先分散から一歩進める必要があります。工場所在地だけでなく、主要部材の出所、加工工程、価格設定の根拠、輸送ルート、販売契約まで通しで説明できなければなりません。通関不正は「税務」だけの話ではなく、サプライチェーン・ガバナンスの問題になっています。

注意点・展望

注意したいのは、対中輸入減のすべてを不正で説明してはいけない点です。ベトナムや台湾へのシフトには、実際の投資移転や調達先分散も確実に含まれます。その一方で、関税差が大きい環境では、不正を誘発する経済的インセンティブも強烈です。正しい見方は「合法的な再編」と「違法な迂回」が同時進行している、というものです。

今後の焦点は三つあります。第一に、デミニミス停止が各国向けに広がるなかで、小口物流から通常通関へ貨物が戻り、検査密度がどう変わるかです。第二に、米国が第三国経由の原産地審査をどこまで厳しくするかです。第三に、米企業側が安値調達を優先する姿勢を改め、取引先監査と通関証跡の管理をどこまで深められるかです。関税戦争の次の主戦場は、税率表そのものよりも、申告の信頼性と供給網の透明性になりつつあります。

まとめ

米国の対中関税強化は、輸入量を減らしただけではありません。中国からベトナムや台湾への数字の移動、デミニミス停止後の物流再編、CBPが摘発した組織的な迂回輸出と過少申告が重なり、統計の読み方そのものを難しくしています。表面的な国別シェアだけでは、実態を見誤ります。

読者が押さえるべきポイントは、関税が高いほど不正の誘因も高まること、そして不正のコストは最終的に正規企業へも跳ね返ることです。今後の米中貿易を見るうえでは、関税率の上下だけでなく、どの国でどれだけ付加価値が生まれ、誰がその証拠を示せるのかという点が、ますます重要になります。

参考資料:

三浦 愛子

米国経済・金融市場

米国経済の構造変化を、金融市場・財政政策・産業動向の三軸で分析。ウォール街と実体経済のギャップを見抜く。

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