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欧州再エネ投資が電気代を下げない複雑な理由

by 坂本 亮
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はじめに

風力や太陽光の発電コストはこの15年で劇的に下がりました。太陽光パネルの均等化発電原価(LCOE)は85%低下し、陸上風力も半減以上のコスト削減を達成しています。2025年には風力と太陽光がEU全体の発電量で化石燃料を初めて上回り、電力の約3割を供給するまでに成長しました。

しかし、この「安い再エネ」が消費者の電気料金を下げるかといえば、話はそう単純ではありません。2026年のドイツでは家庭用電気料金が1kWhあたり約35〜38セントと、米国の2倍以上の水準にとどまっています。さらに2026年3月、ホルムズ海峡の事実上の封鎖により天然ガス価格が急騰し、再エネ大国であるはずの欧州各国が再びエネルギー危機に直面しています。

なぜ再エネ投資が電気代の引き下げに直結しないのか。その構造的な理由を読み解きます。

メリットオーダー制度という「見えない壁」

限界費用ゼロの再エネが価格を決められない仕組み

欧州の卸電力市場では「メリットオーダー」と呼ばれる価格決定方式が採用されています。これは、需要を満たすために必要な発電所のうち、最も高コストな電源の発電費用が市場全体の電力価格を決定する仕組みです。

風力や太陽光は燃料費がほぼゼロのため、メリットオーダーでは最初に投入されます。しかし、風が吹かない時間帯や夜間など、再エネだけでは需要を満たせない場面では天然ガス火力発電所が稼働します。そして、このガス火力の発電コストが、すべての発電事業者に支払われる卸電力価格を決定してしまうのです。

つまり、発電量の9割を安価な再エネが担っていても、残り1割を担うガス火力が全体の価格水準を引き上げる構造になっています。

国ごとに異なるガス依存度

この影響の大きさは国によって大きく異なります。スペインでは2026年初頭、ガス火力が電力価格を決定する時間帯は全体のわずか15%にとどまりました。2019年以降に風力・太陽光の容量を40GW以上追加したことで、ガスに頼る場面が大幅に減ったためです。

一方、イタリアではガス火力が電力価格を決定する時間帯が約89%にも達しています。再エネの導入量だけでなく、電源構成全体のバランスが電気料金に直結することを示す好例です。

送電網が追いつかない「インフラの壁」

再エネの電気が届かないという現実

再エネ発電所がいくら安い電気を生み出しても、その電気が消費地に届かなければ意味がありません。欧州では送電網の整備が再エネの導入ペースに追いついておらず、深刻なボトルネックが生じています。

ドイツでは2024年、再エネ由来の電力の約3.5%が送電網の混雑により消費者に届きませんでした。送電混雑の管理コストは同年で29億ユーロに達しています。EU全体では2024年に10TWhを超える電力が出力抑制(カーテイルメント)され、その経済的損失は約72億ユーロと推計されています。

接続待ちの巨大な行列

さらに深刻なのは、約1,700GWもの再エネ・ハイブリッドプロジェクトが送電網への接続待ちの状態にあることです。これはEUの2030年エネルギー目標達成に必要な容量の3倍以上に相当します。加えて、500GWの稼働準備が完了したプロジェクトも、送配電網の未整備により待機を余儀なくされています。

EU全域の送電系統運用者団体ENTSOEは、2026年時点で180の新規送電プロジェクトと51の蓄電プロジェクトを計画しています。しかし、2030年までに国境間送電容量を倍増させる必要があるとされており、インフラ投資の遅れが再エネの恩恵を消費者に届ける最大の障壁となっています。

イラン戦争が露呈させたガス依存の脆弱性

ホルムズ海峡封鎖の衝撃

2026年3月、米国・イスラエルによるイラン攻撃とその報復により、世界の石油供給の約20%が通過するホルムズ海峡がほぼ全面的に封鎖されました。ブレント原油は1バレル120ドルを突破し、3月の平均価格は103ドルに達しました。

欧州への影響は特に深刻です。オランダTTFガス先物価格は3月中旬までに60ユーロ/MWhを超え、ほぼ倍増しました。EUの推計では、ガス価格が70%、石油価格が50%上昇し、化石燃料の追加輸入コストは130億ユーロに上るとされています。

再エネがあってもガスから逃れられない理由

EUのエネルギーの58%は石油と天然ガスに依存しており、そのほぼ全量を輸入に頼っています。化石燃料の年間輸入額は約4,000億ユーロに達します。

電力部門で再エネの比率が高まっても、暖房や産業用途ではガスへの依存が続いています。さらに前述のメリットオーダー制度により、ガス価格の高騰は電力価格にも波及します。カタールからのLNG供給が途絶し、欧州向けのLNG貨物がアジアに振り向けられる中、冬季の貯蔵タンクを再充填するための調達コストも膨らんでいます。

欧州中央銀行(ECB)は、紛争が長期化すればスタグフレーション(低成長と高インフレの併存)を招き、ドイツやイタリアなどエネルギー多消費国は2026年末までに景気後退に陥る可能性があると警告しています。

消費者の電気料金を押し上げる「隠れたコスト」

再エネ賦課金と送電網使用料

再エネの発電コスト自体は安くても、消費者が支払う電気料金には多くの「上乗せ」が含まれています。ドイツでは再生可能エネルギー法(EEG)に基づく賦課金が長年にわたり電気料金を押し上げてきました。現在、EEGの賦課金は連邦予算から年間170億ユーロが拠出される形に移行していますが、その財源は結局、税金として国民が負担しています。

送電網使用料も大きな負担です。家庭用の電気料金に占める送電網関連コストの割合は約27%に達します。ドイツ連邦政府は2026年に送電網使用料の補助として65億ユーロを投じ、一般家庭で年間約160ユーロの節約効果を見込んでいますが、根本的な解決には至っていません。

マイナス価格という「もったいない」問題

皮肉なことに、再エネの普及が進んだ結果、電力が余りすぎて価格がマイナスになる事態も頻発しています。ドイツでは2025年に570時間以上のマイナス価格が記録され、前年比25%増加しました。スウェーデン、オランダ、スペイン、ベルギー、フランスでもそれぞれ500時間を超えるマイナス価格が発生しています。

蓄電設備が不足しているため、晴天で風の強い日に余った電気を貯めておくことができず、発電事業者が「お金を払ってでも電気を引き取ってもらう」状況が生まれています。蓄電池市場は成長しているものの、2024年のEU全体の蓄電容量は10.8GWにとどまり、必要量には遠く及びません。

注意点・展望

成功モデルは存在する

すべてが悲観的というわけではありません。スペインは2019年以降に再エネ容量を倍増させた結果、2024年初頭の卸電力価格が再エネ拡大前と比べて約40%低くなったと推計されています。フランスは原子力発電を軸に安定した低コスト電力を供給し、1kWhあたり10〜12セントという低水準を維持しています。

重要なのは、再エネを導入するだけでなく、電力市場の設計、送電インフラの整備、蓄電技術への投資を同時に進めることです。

EU電力市場改革の行方

EUは2024年7月に発効した電力市場設計改革で、差金決済取引(CfD)方式を新規再エネ投資に義務付けるなど、ガス価格と電力価格の連動を弱める施策を打ち出しています。2026年初頭にはさらなる電力市場統合に関する白書が公表される予定で、EU首脳会議でもガス価格と電力価格の切り離しが議題に上っています。

ただし、制度改革には時間がかかります。送電網の増強には数年から十数年を要し、蓄電池の大規模導入もまだ途上です。再エネの恩恵が消費者の電気料金に本格的に反映されるまでには、もうしばらくの時間と投資が必要です。

まとめ

風力・太陽光の発電コストが劇的に下がったにもかかわらず、欧州の電気料金が高止まりしている背景には、メリットオーダー制度によるガス価格との連動、送電インフラの整備遅れ、蓄電容量の不足、そして再エネ関連の賦課金や税負担という複合的な要因があります。2026年のイラン戦争によるエネルギー危機は、こうした構造的な脆弱性を改めて浮き彫りにしました。

再エネへの投資は長期的にはエネルギー安全保障の強化と電気料金の安定化に寄与しますが、その恩恵を消費者が実感するには、電力市場制度の改革、送電網への大規模投資、蓄電技術の普及が不可欠です。「再エネは安い」という事実と「電気代が下がらない」という現実の間にある複雑なギャップを埋めるには、発電以外の領域での構造的な変革が求められています。

参考資料:

坂本 亮

テクノロジー・サイエンス

宇宙開発・AI・バイオテクノロジーなど最先端の科学技術を、社会的インパクトの視点から読み解く。技術と倫理の交差点を追い続ける。

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