サウジ原油スエズ迂回、二重海峡危機とアジア市場に迫る供給不安
二つの海峡不安で変わるサウジ原油地図
サウジアラビアの原油輸出が、再び迂回を迫られています。2月末に始まった米・イスラエルとイランの戦争でホルムズ海峡の通航が大きく制約され、リヤドは東西パイプラインで原油を紅海側のヤンブーへ送る比重を高めました。
ところが7月、イランと連携するイエメンのフーシ派がサウジ船舶への海上封鎖を宣言し、紅海南端のバブエルマンデブ海峡も危険水域になりました。サウジ原油は、東のホルムズを避けるために西へ逃れ、その西の出口も脅かされたため、今度はスエズ運河とアフリカ南端回りを組み合わせる複雑な航路へ押し出されています。
この問題は、単なる遠回りではありません。パイプライン能力、港湾集中、タンカーの喫水、保険、買い手の在庫が一つにつながる供給網の問題です。中東の軍事リスクが、どのようにアジアの精製所とガソリン価格へ伝わるのかを整理します。
ヤンブー集中と東西パイプラインの限界
ホルムズ依存を下げた陸上回廊
サウジにとって東西パイプラインは、危機時の「逃げ道」でした。東部油田地帯から紅海沿岸のヤンブーへ原油を横断輸送し、ペルシャ湾からホルムズ海峡を通らずに輸出できるからです。Saudi Aramcoは8月4日の半期決算で、東西パイプライン、貯蔵設備、輸出ターミナルを活用して生産と輸出の継続性を保ったと説明しました。
米EIAの8月版Global Energy Security Dataでは、ホルムズ海峡を通る原油・石油製品は2025年第4四半期の推計日量2160万バレルから、2026年第2四半期には同490万バレルへ落ちています。同じ表でバブエルマンデブは同810万バレル、スエズ運河・SUMED回廊は同580万バレルに増えており、湾岸産油国の物流が西側へ押し出された構図が読み取れます。
ただし、EIA自身も2026年のホルムズ周辺データには注意を付けています。船舶のAIS信号が安全上の理由などで切られたり操作されたりし、通航量の推計が頻繁に修正されるためです。つまり、数字は「市場が見ている現実」に近いものですが、実際の物理的なバレル数を完全に示すものではありません。
それでも方向性は明確です。サウジはホルムズ依存を下げるため、紅海側のヤンブーに輸出機能を集めました。S&P Globalによると、2026年第2四半期にヤンブーから積み出された原油は日量390万バレル前後で、前年の2倍超に増えました。その約8割がスエズ以東、つまりアジア向けでした。
この動きは、リヤドの長年の危機対応としては合理的です。ホルムズはイランが圧力をかけやすい海峡であり、湾岸の石油・LNG輸送が集中します。東西パイプラインは、その弱点を国内インフラで薄める設計です。しかし、輸出の出口をヤンブーに寄せれば、今度は紅海側の港湾とバブエルマンデブが新しい急所になります。
紅海回廊を揺らした封鎖宣言
転機は7月20日のフーシ派による海上封鎖宣言でした。Reutersが伝えた声明では、フーシ派はサウジに対する「海上禁輸」を即時に始めるとし、サウジ主導連合によるイエメン封鎖への対抗措置だと主張しました。サウジ側はこれを否定し、商船保護の措置を取ると反発しました。
翌21日には、サウジ原油を積んだ複数のタンカーが紅海で進路を変えました。The Nationalは、中国向けに約200万バレルを積んだXin Long Yang、インド向けに約70万バレルを積んだRodosなどがバブエルマンデブ方面を避け、スエズ運河へ向かったと報じています。Windwardの船舶データでは、サウジ関連タンカー計5隻がUターンしたとされています。
この時点で重要なのは、海峡が完全に閉じられたかどうかではありません。海運会社、保険会社、買い手の精製会社が「通る価値があるリスクか」を再計算し始めたことです。フーシ派がすべての船を止める能力を持たなくても、数隻への攻撃や脅迫メールだけで、チャーター判断は変わります。
The Nationalによると、バブエルマンデブを通るサウジ原油の積み出しは2週間で36%減り、6月末のピーク日量950万バレルから7月13日の週には同610万バレルに落ちました。また、ヤンブーの輸出ターミナルは6月時点でサウジの海上原油輸出の92%を扱ったとされます。これは強みであると同時に、単一障害点でもあります。
イエメン政治の文脈では、フーシ派は単なる代理勢力としてだけでは理解できません。サウジとの長い戦争、港湾封鎖をめぐる国内向けの物語、イランとの戦略的連携が重なっています。紅海の封鎖宣言は、イラン戦争の外縁にあるイエメン戦線を、世界の石油市場へ再接続する試みです。
スエズ迂回が増幅する船腹不足と価格圧力
大型タンカーを止める喫水制約
スエズ運河経由は、地図上では単純な迂回に見えます。ヤンブーから北上してスエズ運河を抜け、地中海へ出た後、アフリカ西岸を南下し、喜望峰を回ってアジアへ戻るルートです。バブエルマンデブの危険を避けられる点では、軍事的リスクを下げる選択です。
しかし、商業的にはかなり重い選択です。The Nationalは、ヤンブーから韓国へ向かう航海が、バブエルマンデブ経由なら約24日、スエズ・喜望峰回りなら約54日になるとKplerデータを基に伝えています。Reutersも、ヤンブーからアジアへの平均所要日数は南下ルートで16日、北上してスエズを抜ける迂回では50日になると報じました。
問題は日数だけではありません。満載のVLCCは通常約200万バレルを運べますが、スエズ運河の喫水制約により、満載状態では通航しにくいケースがあります。The Nationalは、満載で通れるのはより小さいSuezmax級が中心で、VLCC1隻分を運ぶにはSuezmax2隻が必要になると指摘しています。
このため、現場では積み荷を軽くしてスエズを通る、エジプト側で一部を陸揚げする、SUMEDパイプラインで地中海側へ送って再び積み増す、といった手順が必要になります。Lloyd’s List Intelligenceの8月6日ブリーフも、ヤンブーで積んだVLCCが積載量を落とすか、アイン・スクナで一部を降ろし、シディ・ケリール側でSUMED経由の原油を積み足す動きを確認しています。
こうした作業は、原油が消えるわけではないものの、輸送効率を落とします。積み替え、待機、港湾調整、品質管理、船舶手配が増え、同じバレルを届けるためにより多くの時間と資本が拘束されます。サウジの輸出量を守るには、原油そのものだけでなく、船と港湾スロットも確保しなければなりません。
アジア向け日数と在庫の圧迫
タンカー市場にも波及しています。S&P Globalは7月28日、フーシ派の封鎖宣言後、多くの船社がサウジ原油の南向きバブエルマンデブ通航を実質的に避け、スエズ経由でアフリカを一周するルートを選び始めたと報じました。同記事では、スエズ以西で空船として使えるVLCCが74隻に限られるとの指摘もあります。
船腹が不足すると、単に運賃が上がるだけではありません。中東からアジアへ向かう船が長い航海に拘束され、次の積み荷に戻るまでの循環が遅くなります。すると、船主は高い日建て収益を要求し、用船者は追加の燃料費と待機費を織り込みます。原油価格が同じでも、到着原価は上がります。
エジプト側のコストも無視できません。Suez Canal Authorityの2026年6月の通航関連告知を基にしたPortNewsの報道では、7月15日から満載の原油・石油製品タンカーに通常通航料の37%、空船タンカーに27%の一時サーチャージが課されるとされています。危険な南の海峡を避けるほど、今度は北の運河通航料が重くなります。
サウジ原油の多くは長期契約で売られ、月ごとの公式販売価格が基準になります。したがって、スポット市場のように貨物ごとに価格が一気に跳ねるとは限りません。しかし、アジアの精製会社は到着遅延、在庫積み増し、代替原油の調達、製品輸出の採算悪化を同時に管理する必要があります。
IEAの8月Oil Market Reportは、2026年の世界石油需要が日量160万バレル減る見通しだとしました。ホルムズ海峡の閉鎖と高い燃料価格が消費を抑えているためです。同時に、7月の世界供給は日量10150万バレルまで増えたものの、前年同月を630万バレル下回り、湾岸の生産能力はなお830万バレル分が止まっていると分析しています。
在庫面でも余裕は薄くなっています。IEAは、7月の世界の観測可能な石油在庫が6900万バレル減り、戦争開始以降の累計減少が4億1000万バレルに達したとしています。輸送が伸びれば「海上在庫」は増えたように見えますが、それは精製所に届いて使える在庫ではありません。ここが、市場の見かけの供給と実需の痛みがずれる部分です。
7月23日には、S&P Globalがフーシ派によるサウジ関連タンカー攻撃を受け、ICEブレント9月限が1バレル100.69ドルで清算されたと報じました。その後、外交ニュースで相場が下げる局面があっても、物流が元に戻るまでの時間差は残ります。価格が落ち着いても、航海日数と保険料はすぐには平時へ戻りません。
保険と誤認攻撃が残す長期化リスク
サウジの新たな難題は、ミサイルだけではありません。保険が実質的な通航許可証になりつつあります。S&P GlobalがMarsh幹部の発言として伝えたところでは、ホルムズ海峡を通る船舶の追加戦争保険料は船価の7.5〜10%に達し、バブエルマンデブ通航でも0.5%前後へ上がりました。西部サウジ港への寄港だけでも、リスク評価は平時より重くなっています。
Lloyd’s List Intelligenceは、Joint War Committeeが紅海の戦争リスク指定海域を約800キロ北へ広げ、ジェッダやヤンブー寄港にも追加保険料がかかると説明しています。S&P Globalの8月12日の報道では、主要P&Iクラブの一部がバブエルマンデブ関連海域の固定保険カバーを見直し、再保険契約の再交渉が必要になりました。
この環境では、各国の交渉力の差も表面化します。Reutersは、中国がフーシ派と直接接触し、自国向けタンカーの安全通航を求めていると伝えました。大口買い手は個別の安全保証を取りに行けますが、小規模な輸入国や独立系精製会社は同じ政治的回路を持ちません。海峡の安全が国際ルールではなく、個別交渉で決まる方向へ傾けば、市場はさらに分断されます。
もう一つのリスクは誤認攻撃です。AISを切った船、過去の船主情報が残る船、制裁対象油を運ぶ影の船団が混在すれば、攻撃側の識別は粗くなります。サウジ側が護衛や報復を強めれば、2022年以降おおむね凍結していたサウジ・フーシ派間の戦線が再燃する恐れもあります。航路問題は、イエメン内戦の火種を再び世界市場へ接続しています。
日本とアジア需要家が追うべき監視指標
今後の焦点は、原油価格の見出しだけではありません。日本を含むアジアの需要家は、ヤンブーの積み出し量、バブエルマンデブのタンカー通航数、スエズ・SUMED回廊の処理量、VLCCの待機状況、戦争保険料の水準を並べて見る必要があります。どれか一つが詰まるだけで、到着価格と納期は変わります。
サウジにとって、東西パイプラインはホルムズ危機への有効な備えでした。しかし紅海側の出口が脅かされたことで、陸上回廊だけでは十分でないことも明らかになりました。次に注視すべきは、Aramcoが示す新ルート検討の具体化、エジプト経由の積み替え能力、そしてフーシ派の標的範囲がサウジ関連にとどまるかどうかです。
投資家や企業は、ブレント価格だけでなく、アジア向け中東原油の実着コストを追うべき局面です。海峡危機は供給量の問題であると同時に、届くまでの時間を価格化する危機です。
参考資料:
- EIA Global Energy Security Data
- IEA Oil Market Report - August 2026
- Aramco announces second quarter and half year 2026 results
- Yemen’s Houthis declare naval blockade against Saudi Arabia
- Tankers with Saudi crude turn back as Houthis open new front in US-Iran war
- China in touch with Yemen’s Houthis to allow ships to sail through Red Sea, sources say
- Saudi oil loadings drop by 36% as Houthi threats disrupt Bab Al Mandeb passage
- Tankers carrying Saudi oil make U-turn in Red Sea after Houthi threats
- Saudi Arabia shifts to Suez as Houthis drive Bab Al Mandeb oil exports to near zero
- Aramco plans new export routes as Houthi Red Sea blockade squeezes Saudi oil flows
- Red Sea Brief: 6 August 2026
- Houthi threat triggers tanker crunch as Saudi oil reroutes
- Middle East shipping insurance costs rise on Hormuz risks: Marsh
- War risk insurers withdraw cover for Red Sea insurance following deadly incident
- Suez Canal Authority sets 37% tanker surcharge and 12% boxship charge from 15 July
南アジア・中東情勢
南アジア・中東を中心に、宗教・民族・歴史の深層から国際情勢を分析。長年の現地経験に基づく多層的な視座が持ち味。
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