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トランプ再選後の燃費規制緩和が揺さぶる米EV政策と産業競争力

by 石田 真帆
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燃費規制緩和が示す米車政策の転換点

トランプ大統領は2026年9月26日、米国の新たな燃費基準を承認したと表明し、バイデン政権期のEV普及策を「EV義務化」と位置づけて終わらせる姿勢を鮮明にしました。対象となるのは、企業平均燃費規制であるCAFEを中心とする自動車政策です。

この動きは、単なる自動車燃費の技術論ではありません。家計の車両価格、ガソリン消費、気候政策、州の権限、米国製造業の競争力が同時に動く政策転換です。特に、米国がEVと電池で中国との競争を意識するなか、短期の「安い車」と長期の産業基盤のどちらを優先するのかが問われています。

重要なのは、今回の緩和が一つの規則変更にとどまらない点です。CAFE基準の引き下げ、EPAによる温室効果ガス規制の撤回、EV税額控除の終了、カリフォルニア州規制への攻撃が重なり、米国のクリーンカー政策全体が再設計されています。

34.5mpg基準が変えるメーカー戦略

CAFEの仕組みとEV除外の意味

CAFEは、メーカーごとに販売車両全体の平均燃費を一定水準以上にする制度です。個々の車をすべて同じ燃費にする規制ではなく、乗用車、SUV、ピックアップなどの販売構成を含めた平均値で管理します。メーカーは内燃機関の改良、ハイブリッド投入、軽量化、販売車種の調整などで対応できます。

バイデン政権下の2024年規則では、2031年モデルの小型車全体で約50.4mpgの業界平均を見込んでいました。これに対し、トランプ政権側の提案は2031年に約34.5mpgへ下げる内容です。数字だけを見れば約16mpgの差ですが、実際には商品計画そのものを変えるほど大きな差です。

運輸省とNHTSAは、2025年末に示した「Freedom Means Affordable Cars」構想で、EVやメーカー間のクレジット取引を基準設定から外す方針を掲げました。乗用車については2023年から2026年まで年0.5%、2027年に0.35%、2029年から2031年に0.25%という小幅な改善を想定しています。ライトトラックも同じく緩やかな改善ペースです。

この設計は、EVを燃費規制達成の中心に置いた過去数年の政策思想からの離脱です。政権は「消費者が望む車をメーカーが作れるようにする」と説明します。一方で、規制が弱まれば、メーカーは大型SUVやピックアップの販売利益を維持しやすくなり、EVや高効率ハイブリッドへの投資圧力は下がります。

価格低下論と燃料費増加論の綱引き

政権側の主張は明快です。厳しい燃費基準は高価な技術投入を迫り、新車価格を押し上げるため、緩和すれば平均で約1,000ドルの車両価格低下につながるという説明です。運輸省の資料は、5年間で1,090億ドルの規制コスト削減、安全面でも古い車から新しい車への買い替えを促す効果を強調しています。

ただし、車の総費用は購入時の価格だけで決まりません。燃費が悪ければ、保有期間を通じてガソリン代が増えます。環境団体や消費者団体は、NHTSA案により平均的な運転者の生涯燃料費が約1,400ドル増えると批判しています。初期費用が下がっても、長距離通勤者や商用利用者ほど燃料費の影響を強く受けます。

AP通信の検証も、燃費規制を弱めれば自動的に車両価格が大きく下がるとは限らないと指摘しています。近年の新車価格には、金利、関税、半導体、原材料、人件費、車両の大型化、高機能化が複合的に影響しています。規制緩和はメーカーの選択肢を広げますが、その利益がどこまで消費者価格に反映されるかは別問題です。

さらに、米議会は2025年の財政調整法で、CAFE違反に対する民事罰を実質ゼロにしました。CRSの整理では、罰則はCAFE順守を促す主要な仕組みでした。基準を下げるだけでなく、違反時の金銭的痛みもなくなれば、制度の拘束力は大きく弱まります。

メーカーにとっては、短期的に規制対応コストが下がる一方、長期の不確実性は残ります。自動車の開発サイクルは長く、2030年代前半の製品計画はすでに動いています。次の政権や裁判結果で規制が再強化されれば、いったん遅らせた投資を急いで取り戻す必要が出ます。

クリーンカー連邦体制の解体連鎖

EPA撤回と罰則ゼロ化の二重効果

今回のCAFE緩和は、EPAの温室効果ガス規制撤回と一体で理解する必要があります。EPAは2026年2月、2009年の「危険性認定」を撤回し、自動車やエンジンに対する温室効果ガス排出基準を取り消しました。危険性認定は、二酸化炭素などが公衆衛生や福祉を脅かすと判断し、クリーンエア法に基づく規制の土台になってきたものです。

EPAは、この撤回により自動車メーカーの測定、報告、認証、排出基準順守の義務を外し、1.3兆ドル超の負担を削減すると主張しています。政権の論理は、気候政策をEPAが自動車規制で進めることは議会の明示的な授権を超える、というものです。これは環境行政を技術規制から法解釈の問題へ移す戦略でもあります。

ただし、法的には大きな争点があります。連邦最高裁は2007年のマサチューセッツ対EPA判決で、温室効果ガスがクリーンエア法上の大気汚染物質に当たり得ると判断しました。今回の撤回に対しては、州や都市、環境団体が相次いで訴訟を起こしています。AP通信によれば、24州、10都市、5郡がEPAの撤回に異議を申し立てています。

このため、企業側には規制緩和の恩恵と同時に、裁判リスクが残ります。行政が「規制しない」と決めても、裁判所が手続きや法解釈を問題視すれば、再び規制の土台が復活する可能性があります。特に米国の環境政策は、連邦政府、州政府、裁判所の三者が拮抗するため、単一の大統領令だけでは安定しません。

カリフォルニア規制を巡る州連合の反撃

もう一つの焦点はカリフォルニア州です。同州は長年、連邦より厳しい排ガス規制を設ける特別な地位を持ち、多くの州がその基準を採用してきました。2025年6月、トランプ大統領はカリフォルニア州のAdvanced Clean Cars IIなどに関するEPA免除を議会決議で取り消す措置に署名しました。

カリフォルニアの規則は、2035年までに新車販売をゼロエミッション車へ移行させる内容を含みます。連邦政府はこれを「全国的なEV義務化」と批判し、州が実質的に全米市場のルールを決める構図を問題視しました。自動車メーカーにとっても、巨大なカリフォルニア市場と追随州の存在は無視できません。

一方、カリフォルニア州は連邦政府の対応を違法だとして提訴しました。AP通信は、同州が米国自動車市場の約11%を占め、約十数州が同様の規則を採用していると報じています。つまり、この争いは一州の環境政策ではなく、全米の自動車市場設計を巡る権限闘争です。

EV税額控除の終了も重なります。IRSは、2025年9月30日より後に取得した新規EV、中古EV、商用クリーン車について、主要な税額控除を認めないと説明しています。購入補助、排出規制、燃費基準、州規制という四つの政策装置が同時に弱まることで、EV市場の需要支援は大きく細ります。

それでも、米国市場が直ちに内燃機関一色へ戻るわけではありません。カリフォルニアの訴訟、各州の独自政策、企業のグローバル販売戦略、充電インフラ、電池コスト低下が残ります。規制緩和は方向転換の強いシグナルですが、産業構造は一夜で反転しません。

中国EV台頭下で広がる競争力リスク

米国の燃費規制は、もともと1970年代の石油危機を背景に、エネルギー安全保障の道具として発展しました。現在もその性格は消えていません。EIAによれば、米国のガソリン消費は2025年時点で交通部門のエネルギー消費の約56%、石油消費量の約46%を占めます。軽量車両は国内ガソリン消費の約91%を占めるため、燃費基準は石油需要に直接関わります。

EPAの整理では、交通部門は米国の温室効果ガス排出の最大級の源泉です。2022年の交通部門内訳では、ライトトラックが37%、乗用車が20%を占め、両者だけで過半を超えます。燃費改善が鈍れば、ガソリン価格の変動や国際石油市場の混乱が家計に伝わりやすくなります。

安全保障の観点では、論点は石油だけではありません。IEAの「Global EV Outlook 2026」は、中国が2025年の世界EV生産の約75%を占め、中国のEV輸出が過去最高の250万台超に倍増したと分析しています。中国は電池セル生産でも80%超のシェアを持ち、材料加工を含むサプライチェーンで圧倒的な存在です。

米国が国内規制を緩めれば、デトロイト勢は短期的に大型車や内燃機関車で利益を守りやすくなります。しかし、世界市場では別の競争が進みます。IEAは、欧米以外の市場で中国からの輸入EVが2025年に販売の55%を占めたとしています。東南アジア、中東、ラテンアメリカでは、中国メーカーが価格と供給力で存在感を強めています。

ここに米国政策のねじれがあります。国内ではEV圧力を弱め、対外的には中国EVの台頭を警戒する構図です。関税や輸入規制で米国市場を守ることはできますが、同盟国や新興国市場で中国車が標準になれば、米国メーカーの量産経験、部品網、ソフトウェア、電池調達力は相対的に弱まります。

欧州や日本、韓国にとっても影響は小さくありません。米国がクリーンカー政策を後退させれば、欧州の脱炭素規制や中国の産業政策との距離が開き、同盟国間で自動車標準が割れる可能性があります。安全保障とは軍事だけでなく、エネルギー、製造、標準、供給網の総合戦です。燃費規制の緩和は、その戦線の一部を国内政治の論理で動かす判断です。

読者が注視すべき燃費規制の次局面

今後の焦点は三つです。第一に、最終規則の本文です。2031年の34.5mpg水準、クレジット取引の扱い、SUVやクロスオーバーの分類変更がどこまで提案通り残るかが、メーカー戦略を左右します。

第二に、訴訟の進展です。EPAの危険性認定撤回、カリフォルニア州の免除取り消し、CAFE規則の手続きには、いずれも行政手続法やクリーンエア法を巡る争点があります。裁判所の判断次第で、規制緩和は固定されることも、再び揺り戻されることもあります。

第三に、家計と企業の実際の行動です。消費者は新車価格だけでなく、ローン金利、燃料費、保険料、再販売価値を合わせて見る必要があります。投資家や事業者は、ピックアップ依存度、ハイブリッド投入速度、EV投資の継続性、中国勢との競争条件を点検すべきです。

トランプ政権の燃費規制緩和は、米国の自動車産業を短期的に楽にする政策です。しかし、石油価格、気候リスク、州との法廷闘争、中国EVの輸出攻勢を考えると、負担を将来へ移す側面もあります。次に見るべきは、規制緩和で生まれた余力を米メーカーが単なる大型車販売に使うのか、それとも次世代技術への再投資に回すのかです。

参考資料:

石
石田 真帆

国際安全保障・欧州情勢

欧州・中東の安全保障問題を中心に、軍事と外交の接点から国際秩序の変動を伝える。

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