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インド外食業を襲うLPG危機と厨房再設計で迫られる生存戦略

by 安藤 誠
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ホルムズ海峡混乱とインド外食のLPG危機

中東情勢の悪化が、インドの食堂やレストランの厨房を直撃しています。問題の核心は、原油価格の上昇そのものではなく、インドの調理用エネルギーが液化石油ガスに大きく依存し、その輸入の多くがホルムズ海峡を通る構造にあります。政府は家庭向け供給を最優先に切り替えたため、ホテルや屋台、チェーン店が使う業務用LPGが急に細り、現場では営業継続そのものが課題になりました。

この問題は一時的な燃料不足では終わりません。都市ガス網がある店とない店で対応力に差がつき、電化やメニュー再設計が前倒しされているからです。本稿では、外食産業の脆弱性と現場の適応策、危機後に残る構造課題を整理します。

危機を深めた供給構造

輸入依存と家庭優先の政策転換

インドのLPG消費は年間約3,130万トンで、そのうち約87%が家庭向けです。一方、国内生産は1,280万トン規模にとどまり、需要の6割超を輸入に頼っています。OnmanoramaやNDTV、PIBによると、その輸入の85〜90%はサウジアラビアなど西アジア発で、ホルムズ海峡経由です。海峡の混乱が起きた時点で、外食向けの燃料は数量でも物流でも代替しにくい構造でした。

政府対応は明確でした。2026年3月8日以降、精製所に対してプロパンやブタンなどをLPGプールへ最大限回すよう指示し、増産分は家庭用に優先配分しました。PIBによれば、この措置で国内LPG生産は約25%増え、議会答弁では3月中旬時点で28%増、3月下旬にはEconomic Timesが約40%増の水準に達したと伝えています。政府は病院や教育機関を優先対象に置き、レストランやホテルは配分審査の対象へ移しました。

厨房が止まりやすい業務用LPGの弱点

業務用厨房は、家庭用より燃料消費が大きく、在庫も積みにくいのが特徴です。Moneycontrolによると、大型店では1日に6〜10本、多い店では10〜12本の19キロ業務用シリンダーを使います。しかし安全規制があるため、十分な先行在庫を抱えることはできません。供給が1日止まるだけでも、営業短縮や休業判断に直結します。

価格上昇も同時に起きました。Moneycontrolは、19キロ業務用シリンダー価格が、1カ月前の約1,650ルピーから3月上旬には2,100〜2,300ルピーへ上昇したと報じています。粗利の薄い食堂やクラウドキッチンには即効性のある打撃で、燃料不足は物価問題ではなく雇用問題でもあります。

外食産業が進める適応策

メニュー再設計と厨房オペレーションの変更

最初に進んだのは燃料節約型の営業です。南インドの店では連続火力が必要なドーサ、ウタパム、炒飯、揚げ物の提供を絞り、ワンポット料理や短時間調理の品目へ寄せる動きが広がりました。これは限られたシリンダーをピーク時間帯に集中配分するオペレーション変更です。

同時に、設備を持つチェーン店ほど電気調理へ寄せています。オーブン、コンベクション、電気グリドル、IHを使いやすいメニューへ切り替え、火力依存の高い品目を間引く形です。大手チェーンが有利なのは、厨房の工程標準化が進み、代替しやすいからです。対照的に、屋台や小規模食堂は、特定の火力と調理器具に依存しており、設備転換コストを吸収しにくい状況です。

PNGと電化が分ける勝者と敗者

今回の危機で明確になったのは、都市ガス網につながる店の強さです。Moneycontrolは、PNG接続済みの店舗では大きな供給障害が出ていないと報じました。PNGRBの2025年9月時点統計でも、商業向けPNG顧客は4万6,972件まで増えていますが、これはインド全体の外食・小売の裾野から見れば十分ではありません。都市部の一部チェーンや商業施設内店舗は守られても、多くの路面店はLPG依存のままです。

電化にも前進材料はあります。EESLのNational Efficient Cooking Programmeは、2023年11月に開始され、家庭やアンガンワディなどの施設向けに1,200ワット級IH配布を軸に普及を進めています。国会答弁資料では、IHは従来調理より25〜30%のコスト優位を見込みうると説明されています。ただし、レストラン厨房への転用は簡単ではありません。長時間煮込み、強火炒め、大型鍋の同時運用では、契約電力、鍋材質、厨房レイアウトの見直しまで必要になるからです。電化は代替策ですが、即効薬ではありません。

是正策と今後の構図

調達多角化と配分正常化の段階

3月後半に入ると、政府は全面抑制から部分正常化へ動き始めました。PIBの議会答弁では、当初20%だった業務用LPG配分を段階的に見直す方針が示され、Times of India と Economic Times は3月27日から28日にかけて、州向け業務用配分が危機前水準の70%まで引き上げられたと報じています。追加枠は鉄鋼や自動車向けが中心ですが、3月21日以前にはレストラン、ダーバー、ホテル、工場食堂、フードサービスを優先対象として50%まで回復させる措置も取られていました。

供給側では、代替輸入も動きました。Times of India によると、アルゼンチンは2026年1〜3月にインド向け5万トンを輸出し、2025年通年の2.2万トンをすでに上回りました。米国産LPGの輸入も1〜2月で約48万トンに達しています。Economic Times は、米国、ロシア、豪州などから計約80万トンのLPGカーゴが確保済みだと報じました。これは危機時の応急措置としては有効ですが、輸送距離が長く、価格も物流も不安定になりやすいため、恒常的な解決にはなりません。

LPG総供給と外食厨房不足のズレ

この問題で誤解しやすいのは、政府が「LPG不足はない」と説明していても、外食向けには深刻な不足が起き得る点です。家庭向けを守る政策は合理的ですが、その裏側で市場価格の業務用LPGは配分対象から外れやすくなります。統計上の総供給が足りていても、飲食店の厨房では営業停止が起こりえます。

今後の注目点は三つあります。第一に、ホルムズ海峡依存をどこまで下げられるかです。IEAは、2025年に湾岸諸国から日量150万バレル相当のLPGが輸出され、料理・暖房向け需要が特にインドでリスクにさらされると指摘しました。第二に、PNG接続の拡大を州政府がどこまで加速できるかです。第三に、外食事業者がIHや電気厨房を「非常時の補助設備」として持てるかです。今回の危機は、燃料の安さより冗長性の重要さを示しました。

PNG拡大と電化が左右する外食の事業継続

インドの外食産業が直面したのは、単なる業務用ガス不足ではありません。輸入依存、ホルムズ海峡依存、家庭優先配分、PNG未整備という構造問題が一度に表面化した出来事です。その結果、屋台からチェーン店まで、メニュー、設備、調達の再設計を迫られました。

短期的には輸入先の分散と配分回復でしのげても、次の危機を小さくするには、都市ガス網の拡大と厨房の電化オプション整備が不可欠です。今回の混乱は、燃料調達を事業継続計画の中核として捉え直す転機になりそうです。

参考資料:

安
安藤 誠

南アジア・中東情勢

南アジア・中東を中心に、宗教・民族・歴史の深層から国際情勢を分析。長年の現地経験に基づく多層的な視座が持ち味。

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